Aー113 ノアと両親
両親の名前はそれぞれ、六道祀、六道明志。
母さんも父さんも、この場に転生するまでの間に、この世界の仕組みや現在の状況――まぁ俺の立ち位置とか人間関係なんかをイデア様からある程度聞いていたらしい。
ノアのことも知っていたようだからそうだろうなぁとは思っていたが、きちんと理解するとそれはそれで恥ずかしい。
それに加えてフェノンやセラと結婚していることも知っているようだから……息子としては重婚のことに関して何も言われなくて本当に良かったと思う。これで両親と喧嘩なんてしたくないし。
「それにしても……若いな」
イデア様がいつの間にか席を外してくれていたので、俺は気を緩めてから二人をしげしげと眺める。
さっき母さんが二十五歳になったとか言っていたからなぁ。二人はちょうど俺が生まれたころの年齢ということ――つまり、この姿を俺がリアルタイムで見るのは初めてということになる。
そして二人とも日本の服装ではなく、この世界でもなじみのあるような服を着ているので、これまた新鮮だった。
「今なら修維の兄貴と言っても問題なさそうだな」
「大ありでしょ。いや、この年齢差で親子ってのも問題ありだろうけどさ」
「まぁまぁ、細かいことは良いじゃないの。一緒に過ごせなかった分、こっちで長く一緒にいられるんだから」
まぁそれはそう。というか、俺も若返っているからむしろプラスになっている感じだ。イデア様からのご褒美として受け取っておこう。
そんな風にして、親子の会話は和やかに始まった。
父さんたちが死んだあと、どんな風に過ごしていたとか。仕事を辞めてしまったこととかも含めて、この世界で起きたことも全部。
「というわけで、金ならある」
ちゃんと自分の資金を計算したことがないからわからないけど、表に出していないものも含めると城がいくつか立てれそうな気もするな。
「おぉ……もしかして、俺って息子のすねをかじる感じか?」
「まぁ一生遊んで暮らせるだけのお金はあるから、二人の好きにしていいよ。働きたいって言うなら、たぶん仕事は紹介できると思うし。ダンジョンに潜りたいって言うならそれも協力するよ」
だけどその場合、この二人に死んでもらっては元も子もないので、強制的にパワーレベリングを施し、安全圏のダンジョンに潜ってもらうってことになるだろうけど。
さすがに今度イデア様に作ってもらうことになった『死んでも復活できるダンジョン』では収益が見込めないだろうからなぁ。レベリングも含めて、エンターテインメントとしての役割しか持たないと思う。
「まぁその辺りはゆっくり考えさせてもらおうかしら? この世界のこと、まだ私たちはほんの少ししかわかってないもの」
「そりゃそうか」
ということになった。二人にはしばらく俺の家に滞在してもらい、のんびり住む世界を広げていってもらおう。あと一応、陛下にも言っておくことにしよう。色々と便宜を図ってくれるかもしれないし。やっぱり持つべきものはコネですね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
ひとしきり両親と話したあとは、二人を連れてリビングに向かい、仲間たちに紹介した。
一番反応が面白かったのは、フェノンに対する両親の反応だ。リアルお姫様にうっきうきだった。まぁフェノンは特に、第一王女という肩書だけでなく、お人形さんみたいに可愛いしな。もちろん、セラだって綺麗だ。
そしてそれに対するフェノンはというと、俺をべた褒めしていた。セラもそれに乗っかったので、俺としては逃げ出したい気分である。いやほんとに、『エスアールさんが、私の人生です』なんて言ってたし。嬉しかったけども。
「なんだか悪いことをしちゃったかしら……? 遠慮なんてしなくていいのに」
挨拶を終えてから、わりとすぐに迅雷の軌跡とテンペストの二人組は俺の家から退散した。気を遣ってくれたらしい。
ノアも今は姿を見せていないし、しばらくはシリー、セラ、フェノンの三人と俺の両親が話すような形になった。もちろん、俺も含めて。
そして、その日の夜。
自室にて親子水入らずの状態で話していると、部屋がノックされた。入ってきたのは、ずっと姿を見せていなかったノアである。
「……どうした? そんな顔して」
てっきりいつものヘラヘラしたような表情で現れると思っていたが、彼女は口をつぐんだまま俺に真っすぐな視線を向けたのち、父さんと母さんのほうを見る。
「あなたが、ノア様で間違いないですね」
窓から外を眺めていた母さんは、部屋に入ってきたノアに近づきながら声を掛ける。
一メートルほどの距離まで近寄ったところで、彼女も言葉を返した。
「そう――僕がノア。この世界の元管理者――そして、六道修維をこの世界に呼んだ元神だよ」
「そうですか……では、失礼します」
いったい母さんは何を失礼するんだろうか――そうぼんやりと考えながら二人を眺めていると、母さんの手が動く。そして、それからすぐにパン――と乾いた音が室内に響いた。
ノアの頬を、母さんが叩いたのである。いつのまにか父さんも母さんの隣に立っていて、軽くノアに向かって頭を下げていた。
「――え? いやいやいやいや、いきなり何やってんの母さん!?」
元とはいえ、相手は神様だぞ? いや、クソガキ呼ばわりしている俺が言うのもアレだけどさ。
慌てて二人の間に入ろうとしたが、それはノアが手で制して防いできた。
「いや、いいよお兄ちゃん――いや、六道修維くん。僕は、二人の息子を利用したようなものだからね。それも、数々の地獄を歩ませてきた」
俺を見ながら苦笑してそう言ったノアは、父さんと母さんに向き直る。
「彼をこの世界に呼んだのは、僕にとっての最善だった。一縷の望みだった。最後の希望だった――だから、後悔はしていない。だから、僕のことは好きなだけ憎むといい」
一見すると大人二人と子供の会話なのだけど、内容が重すぎる。そのことはもう別に気にしなくていいんだって。必要なことだったと、俺も理解しているんだから。
どうにかして両親をなだめよう、ノアが苦しんできた日々のことを伝えれば、二人も理解してくれるはずだ。
「あの、母さん、父さん。俺は別に平気だよ――だから、そんなにこいつを悪く思わないでやってくれないかな。そりゃ苦しんだ時もあったけど、そのおかげで今があるんだから」
これだけは断言できる。あのまま地球で暮らしていたとしても、ここまでの幸せは得られなかったと。父さんと母さんに再会できたのも、この世界だからこそ叶えられたことなのだし。
俺の言葉を聞いた両親は、同時に顔を見合わせる。そして、二人してクスリと笑った。
「いやまぁ、これは親としてのけじめというかなんというか……俺は反対したんだけどな。さすがに神様相手にヤバくね? みたいにさ」
「そうねぇ。でも、『あなたの息子に地獄を見せました』に対して『はいそうですか』とは言えないでしょう? ノア様もごめんなさいね」
「ふふっ、なに謝ってるのさ。二人は謝る必要なんてないんだよ」
両親と同じように、ノアも笑みを浮かべる。
なんだか理解が追いつかないが……丸く収まっているらしい。俺の性格は母さん似だということを聞いたことがあるから、なんだかとても複雑な気分だなぁ。




