Aー105 フェノンとシリー
翌日。俺はフェノンとシリーの二人と出かけることにした。
セラ、クレセント、翡翠、ノアの四人は、四人で探索者ギルドに行くらしい。元ランカーの二人はアーノルドとジルの指導ついでに、探索者たちも見てみたいとのこと。セラとノアは、その付き添いって感じかな。
まぁおそらく、俺と一緒に街を見ることができていないフェノンたちへの配慮なのだろう。
「ふふっ、なんだかこういう雰囲気も久しぶりですね」
俺を見上げて、フェノンがニコニコと笑顔で話しかけてくる。
「リンデールではそこそこ出かけてると思うけど?」
「他国ですと、やはりフェノン様は『王女』という肩書が重いですからね。実際、護衛は付いていますし」
街をブラブラと歩きながら、三人で話す。
フェノンを中心にして、俺が右側、そしてシリーが左側。
はるか後方、それから左右の屋根の上に護衛の人がいるっぽい。必要ないとは思うんだけどなぁ。まぁここでフェノンに何かあったら国際問題になるだろうし、仕方がないことなのだろう。
まぁそれは気にしないようにして、楽しもう。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「日本が恋しくはなりませんか?」
アクセサリーショップを出たところで、フェノンが聞いてきた。
急にどうしたんだろう――と思ったけど、たしかに最近、俺の身の回りでは俺の元の世界の話題が多くなってきているからだろうな。
まずクレセントがやってきて。そして次に翡翠。
そしてこれから先、両親をこちらの世界に呼ぼうと思っているのだから、それなりに話題も地球――日本のものが多くなってくる。
「んー……前に話したことがあると思うけど、前の世界の俺って容姿がよかったわけじゃないし、まともに仕事もできなかったし、友人っていう友人もいなかったしなぁ」
しいて言えば食文化や電子機器関連が、もっとこちらの世界に普及していればいいなぁと思うことはある。スマホとかこっちにはないから、通信の魔道具で話すことぐらいしかできない。そしてその魔道具自体も、貴重だから誰でも持っているというわけじゃないし。
「どっちかというと、いま元の世界に戻されたほうがこの世界が恋しくてたまらなくなると思うぞ。こっちには、大切なものが多すぎる」
セラやフェノン、シリーもノアも。もちろんクレセントたちも。
たぶん地球に戻ってしまったら、俺はレグルスさんとかでさえ恋しくて泣いてしまいそうだ――いや、これはレグルスさんに失礼だな。すんません。
あとなんといっても、ダンジョンが楽しすぎるからな!
しかもその楽しいダンジョンで戦っていれば、老後の心配なんて一切しなくても平気なのだ。自分が優位に立てているというのも、楽しく感じるひとつの要因なのだろうけど、俺はそもそもテンペストが好きだったし、それはあまり関係ないのかもしれない。
この世界は、俺を必要としてくれている――それがすごく嬉しい。
たとえ都合よく作られた世界だったとしても、別にいいじゃないかと思う。
「私もエスアールさんが大切です」
俺の発言を聞いて、シリーが柔らかく微笑む。フェノンが天使のような笑みだとすれば、シリーは聖母の笑みといったところだろうか。ともかく、二人とも可愛いです。
「抜け駆けずるいわよシリー! 私もエスアールさんが大切ですから!」
「す、すみませんフェノン様。そういったつもりではなく――」
「あははっ、気にしなくて良いってばシリー」
この二人も、かなり王女と待女の関係が崩れてきているよなぁ。もちろん、いい意味で。元からそんな雰囲気はあったけど、より一層、砕けている気がする。
おそらくフェノンもシリーも、歩み寄ろうとしているのだろう。同じパーティで活動し、その……たぶん、シリーもフェノンと同じように俺と、結婚することになるだろうし。
ただまぁ、これは俺が口出しすることじゃないだろうし、二人ならば問題ないと思う。
二人のやり取りをぼんやりと眺めていると、グイっとフェノンがこちらを向いた。
「そ・れ・と! 過去のエスアールさんがどんな姿をしていたとしても、気にしませんから!」
「そ、そうです! お仕事をしていなかったとしても、私が働きますので!」
おいおいシリー、それは俺にヒモになれと言っているのか?
さすがにそれは俺の心が平静を保てないので、ご遠慮したい。日本での仕事を思い浮かべると、主に人間関係とかの理由で働きたくないなぁとは思うけど……それでも誰かの脛をかじって生きていきたくはない。
保険金で生活するのは、はたしてすねかじりというのだろうか? そんなどうでもいいことが頭に浮かんだ。
「まぁこの世界では、ダンジョンに潜るのが仕事みたいなもんだし、それはないかなぁ。お金が入らなくてもずっと潜ってそうだ」
「『みたい』じゃなくて、探索者は立派な仕事ですよ」
「ということは俺にとって天職だな、探索者ってやつは」
一日ダンジョンに潜れば、一年過ごせるぐらいの金額を稼げてしまうのだ。正直言ってお金はもういらないぐらいにあるのだけど、安心感はある。
「ふふふっ、私もまさか自分がこんな風に生きることになるとは、夢にも思っていませんでした。ありがとうございます、エスアールさん。この世界に来てくれて」
「私からも、改めてありがとうございます」
そう言って、二人は笑う。優しい笑顔だ。
これからスイーツバイキングに行くらしい。甘いものが好きな二人はウキウキである。
みんなが笑っていてくれることが、俺としても最高に嬉しいんだよ。この世界にやってこれて、本当に良かった。




