A-100 イベントの理由
俺たちに喧嘩を吹っかけてきた酔っ払いの男がギルド長だった。
そんなことがあっていいのだろうかと思いつつ、そういえばリンデールでもレーナスのライレスさんに勝負を挑まれたことがあったなぁと思いだした。
探索者がメインになっている世界とはいえ、血気盛んすぎやしないかと今更ながらに思う。いやおそらく、これまでも思ったことはあったのだろうけど、今回のはとりわけインパクトが強かった。
「まぁそう気を悪くしないでくれよ『覇王様』。ちょっとした退屈しのぎみたいなもんだと思ってくれ」
騙されていたことに対してむくれる俺に対し、ギルド長――ソウビさんは肩を叩きながら言ってきた。探索者たちは、訓練場の隅のほうに腰を下ろしてポーションを飲んだり休憩していたりする。ちなみに、セラに吹き飛ばされたソウビさんもポーションを飲んでいた。
俺もセラもノアも、別に何かを失ったわけじゃないからいいけど……はたしてあそこまで大げさなイベントにする必要があっただろうか。
そう疑問に感じている俺に、先ほど見かけたときとは打って変わってペコペコと腰を低くした受付嬢が事情を説明してくれた。
なんでも、俺たちがやってくる少し前に、ギルドに俺たちが指導にやってくるという情報が伝わっていたらしいのだが、それに反対する探索者が複数いたようだ。
そしてギルドに現在いる探索者の中で、俺たちの戦いを見たことがあるのはソウビさんのみ。彼は生来からめんどうくさがりやらしく、『だったらてめーらの目で確かめてみろや』ということになったらしい。
「それなら普通に模擬戦でもすれば良かったのではないか?」
「すみませんすみませんすみません。すべてはコレが悪いのです!」
セラがジト目を向けつつ言うと、受付嬢はびくりと肩を震わせて、隣にいる上司を迷うことなく売っていた。はたしてそれをコレと呼ばれた上司がどう受け止めるのかと思ったが、
「そっちのほうが盛り上がるだろ!」
あっけらからんとした表情で彼は言うのであった。なるほど、彼が日頃どんな風にふるまい、受付嬢からどんな風に扱われているのかがうっすらと見えてきた気がする。
「まぁいいじゃねぇか。過程はともかく、お前たちの実力はこうしてウチの探索者たちに伝わったんだからよ」
そう言いながら彼は後ろで休んでいる探索者たちを親指で指さす。
彼らもソウビさんから事情はうかがっていたらしいけど……はたしてこれで本当に良いのだろうか? 彼は実力が伝わったというが、戦ったのは最初から最後までセラのみだったし、俺とノアに関しては後ろで見ていただけだ。
結果がわかりきっていたので、声援らしき声援も送っていない。
セラが自己紹介?の時に、『最弱の私が相手をしよう』と言っていたから、それで理解してくれた人もいるとは思うが……いや、さすがにノアは見た目小学生だし、言葉だけで信じてもらうのは難しくないか?
「え? 僕はどうせ見てるだけだし、気にしなくていいじゃん」
心を読むな心を。
「まぁ二人で頑張ってよ。僕は指導とか面倒くさいし、お兄ちゃんたちの働きを見させてもらうね~」
ノアはそう言って手を俺とセラに振ると、ギルドの建物側にある木製のベンチに腰掛けて、プラプラと足を揺らした。ノアが俺たちに付いてきた理由の大部分は、アーノルドというロリコンから逃げるためだろうからなぁ。一人だと暇だし、とりあえずという感じでこちらに来たのだろう。
うぬぼれたことを言わせてもらえば、俺がいるということも理由の一つだろうけど。
ため息を吐きながらそんなことを考えていると、ノアがこちらにニマニマとした視線を向けながら両手で大きな丸を作っていた。だから心を読むんじゃねぇよ。
もう一度深くため息を吐いてから、セラに目を向ける。彼女もまた、ノアとは違った種類の笑みを浮かべていた。そして、俺の耳元でささやくように言う。
「自分がステータスで上回っているのは理解しているが、それでも技量の差はわかる。なんだか嬉しい気分だ」
吐息交じりだったために人知れずドキドキしてしまったが、そんな様子は一切ださないようにして、俺は「訓練の成果だな」と返事をした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺たちの訓練に参加したのは探索者合計二十四名。
一人ひとり稽古をしていたら時間がかかってしまうし、かといって全員まとめてとなると指導がままならない。剣士職が多いけれど、それでもやはり他の職業の人もいるから剣だけ指導するわけにはいかないからな。
というわけで、苦肉の策という訳でもないが、パッと思いついた方法として一番よさそうなものを採用することになった。
剣を武器として使う十三名をセラに任せ、残りの十一人を俺が受け持つことになったのだ。そして、俺のほうにはギルド長であるソウビさんも加わっているから、合計十二名だな。
というかあんたはまとめ役とかしてくれるんじゃないのかよ。
「えー……何を話そうか」
ソウビさんをはじめとして、俺が立つ前には十二名が地べたに座り込んでいる。綺麗に整列したり、姿勢よく座っていないのはご愛敬ということで。ただ、みんな俺の話を聞こうとはしているようだった。
人とかかわることを避けてきた過去があるとはいえ、さすがにこの世界に来てからはかなり慣れた。クレセントや姫スキー――じゃなくて、いまは翡翠か。彼女たちに対しては昔の自分がチラっと出てきてしまったけども。
「俺はこれから毎日来るとかじゃないんで、俺の得意分野を軽くお伝えしようかなと思うんですが、それでいいですか?」
「へぇ、そりゃいい――といっても、エスアールは剣が得意じゃないのか?」
俺の近くであぐらをかいているソウビさんが言う。たしかに剣も得意だけど、それは一番というわけではないし、セラと分けた意味がなくなってしまう。
俺の得意分野と言ったら、アレしかないだろう。
なにしろ俺はASR――AvoidanceのSRと呼ばれた男なのだから。




