A-88 予感
王都での用事という用事は他になかったので、ASRのメンバーは全員レーナスの近くにある自宅に帰ってきた。
王都のパーティハウスで休んでも良かったけど、あちらはシンやレグルスさんも気軽にやってきたりするし、『事務所』とか『職場』って感じが強めである。なので、よりくつろげる自宅に戻ってきたわけだ。
そこには、新たに生活をともにすることとなったクレセントの姿もある。
セラたちは拒否していないし、そもそも部屋が余っているからな。クレセント本人が気にしないのであれば、何も問題はない。
「『月』のメンバーの一人に、姫スキーって子がいたの覚えてるッスか?」
レーナスに帰ってきて翌日リビングのソファに座り、シリーが入れてくれた紅茶を飲みながらクレセントと二人で談笑をしていた。
「そりゃ覚えてるよ。『月』のメンバーは全員強者ぞろいだったからなぁ……まぁ姫スキーに関していえば個人戦のランカーって印象のほうが強いけど」
あと強いていうのであれば、彼女は俺を慕っていた――というか崇拝しているようなイメージがある。たぶん俺が彼女と同じ職業である『魔王』を使用していたことが理由なんだろうけど……そういえば昔、姫スキーに白蓮の使い方を教えてくれって頼まれたことがあったっけ?
結局なぁなぁで話を濁して逃げてしまったなぁ。
「で、その姫スキーがどうした?」
「姫ちゃんもこっちに来れたら良かったのになぁと思ったんスよ」
「いやいや、そりゃ無理だろ。そもそもクレセントだってあっちで死んだから――」
そう言いかけたところで、俺はひとつの可能性に気付いて言葉を止める。クレセントは、俺の目を真っ直ぐに見ながら、コクリと頷いた。
「姫ちゃん――姫スキーは、私が交通事故で死ぬよりも前に、病気で亡くなりました」
「ご冥福をお祈り――とはいっても俺たちもいちおう死者ではあるんだよなぁ。ゾンビではないつもりだけど」
「それもそうッスね――まぁ自分らにはどうしようもできない部分ッス! それに、あちらで亡くなった人を際限なくこちらに呼ぶわけにも行かないでしょうし、まぁちょっと頭をよぎっただけなんで、そんなに気にしなくていいッスよ」
クレセントはそう言ってから、テーブルの上に置かれたティーカップを手に取り、紅茶を口に入れる。口元は笑っているが、眉はハノ字だ。
まぁクレセントと姫スキーは仲が良かったし、『もし同じ世界に生まれ変われたら』なんて思ったのだろう。……ん? 待てよ?
「あ、あのさ。もしかしてお前、姫スキーと付き合ってた?」
「――ぶふぁっ、な、何を急に言ってるんスか!? 姫ちゃんは女の子っスよ!」
「そ、そうか。いや、あの子って性別よくわかんなかったし――ほらそれに、女の子同士で付き合うって話も聞いたことあるから」
リアルでは直にみたことはないけども。
「違うッス違うッス! あの子は同じ高校の後輩ッスよ! まぁ仲が良かったのはたしかッスけど、恋人とかそういう関係ではないッス!」
自分が噴き出した紅茶をハンカチで拭いながら、クレセントは俺を睨みながらそう説明してくれる。そして「私は普通に男性の方が好きッスよ! あ、『未婚の』ッスからね?」と弁明した。わざわざ付け足さなくても自分が好意を持たれてるとは思ってないわ。
「まぁそれはいいとして――なんでクレセントはこっちに来れたんだろうな?」
そんな疑問をぶつけてみると、クレセントは首を傾げ顎に人差し指をあてる。
「んー……自分はSRさんと違って使命という使命は無かったですし、イデア様の気まぐれじゃないッスかね? あとは、自分とSRさんは関わりがあったということと、個人戦でトップだったってことぐらいッスか?」
「なるほどなぁ」
ふむ……となると、クレセントがこちらに来たのは、彼女に第二の人生を――というわけではなくて、ただ単に俺を楽しませるためだったり? いや、それはいくらなんでも自意識過剰すぎか?
「そうでもないんじゃないかなぁ」
これまでの経緯を振り返りながら頭を働かせていると、階段を下るヒタヒタという足音ともに、ノアが声を掛けてきた。いったいどこから話を聞いていたのかしらないが、会話に混ざれる程度には内容を理解しているらしい。
「というと?」
「うん。イデア様ってさ、僕の世界から神力を得るのもひとつの目的だったとは思うけど、やっぱりお兄ちゃんの魂の幸せを願っていたと思うんだよね。だからお兄ちゃんの考えも、あながち的外れってわけじゃないと思うよ?」
「ふーん……じゃあなに? クレセントがこっちに来たのは、俺が『もっと張り合いがある強いやついないかなぁ』って思ったからってこと?」
「うん。世界を救ったご褒美って感じじゃないかな?」
スケールでかい話だなぁ。自分のことなんだけども。
「じゃあもしかして、俺が姫スキーにも来てほしいなぁって思ったら、イデア様がなんとかしてくれる可能性もあるってことか?」
そんなバカなと思いながらノアに聞いてみると、彼女は俺の言葉に頷き、「あくまで可能性の話だけどね」と口にした。
「マジか……」
向かいのソファに座るクレセントに目を向けてみると――彼女は何かを期待する様に、俺へとキラキラした瞳を向けるのだった。




