18 負けず嫌いな男
「正直、そのレベルの3人パーティでありながら、3階層周辺で燻くすぶっているようでは、ステータスボーナスが1つ付いたところで、踏破は難しいでしょう。セラさんが加わったとしても、犠牲が出る危険性がかなり高いです」
俺の発言をうけて、案の定シンさんは眉間にシワを寄せた。
「この国トップの探索者に向かって、随分と上からな物言いだな」
軽く睨むような視線を向けつつ、彼は言う。スズさんやライカさんも口では何も言わないが、不服そうな表情をしていた。
それに反論したのはセラさんだ。
「事実、彼は強いぞ」
俺の隣に座る彼女は、いつになく真剣な表情をしていた。この世界で俺と戦闘した経験があるのはセラさんのみ。彼女が一番俺の強さについては詳しいだろう。それでも、お遊び程度の感覚だったが。
「なんだ? 随分とエスアールに肩入れするじゃねぇか。もしかしてあの噂は本当だったのか? お前さんが模擬戦で負けたってのは」
観戦者は沢山いたからなぁ。彼が模擬戦のことを知っていても不思議はない。セラさん、有名みたいだったし。
「あぁ、本当だ。私はエスアールに手も足も出ず負けている」
ふふん――と、やや胸を反らしながらセラさんが答える。
いやセラさん。なに堂々と言ってるの。それ、胸張って言うようなことじゃないからな。
「……少しはやるみたいだが、さっき聞いたステータスボーナスとやらのことを考えれば、お前さんとエスアールの能力は大差ないんじゃないか? それだけで、俺たちを見下した発言をしたのなら――こいつには少し痛い目を見てもらわないといけないが」
腕組みをしながら、シンさんが顎で俺を指す。
俺としてはそんなことを言われても、苦笑いを浮かべる他ない。だってシンさん勘違いしてるし。俺、その時プレイヤーボーナスは1つもなかったぞ。
俺が彼の間違いをどう訂正するか考えているうちに、セラさんが先に口を開いた。
「シン。私が負けたのは10日ほど前のことだ。今のエスアールとは違う」
「――はっ。たかだか10日で何ができるって言うんだ」
10日あれば、色々できると思う。わざわざ言わないけどさ。
「信じられないと思うがな……彼、エスアールは、私と模擬戦をする前日まで、職業未選択の状態だったんだぞ。私と模擬戦をしたのは、単純に下級職レベル5の時だった」
セラさんがそう言うと、彼の視線は俺を疑うような眼差しに変わる。
「ありえねぇ。お前さん、騙されてるんじゃねぇか?」
「騙されてなどいない」
バチバチと睨み合うシンさんとセラさん。あんたたちが喧嘩してどうすんだよ。いまそれどころじゃないだろ。
というか話が逸れすぎだ……ここら辺りで軌道修正をしておくか。
「言い方が悪くてすみませんでした。ですが、踏破が難しいことはわかってくれますよね?」
軽く頭を下げてから、迅雷の軌跡へ問う。彼らは俺の言い分が正しいと思ったのか、一様に口を噤む。
彼らのステータスで、Bランクダンジョンに挑むことはそもそも無謀だ。だが、彼らはそれを技量で補い、ダンジョンへアタックしている。王国ナンバーワンの肩書きは伊達じゃないということだ。
彼らもステータスを順調に上げていけば、俺の足元ぐらいには届くようになるかもしれない。
「だったらどうしろって言うんだ。できるって言ったりできねぇって言ったり、話が見えねぇ」
スズさんやライカさんも、彼の発言に頷いた。
彼らの言う通りだ。さすがに回りくどかったか。
「役割分担ですよ」
「……役割分担?」
シンさんは、俺の言葉を不思議そうにしながら復唱した。
「はい。迅雷の軌跡とセラさんには、Bランクダンジョンの1層から5層を踏破していただきたい。全て踏破は難しくとも、それならば可能なはずです」
「……ボスはどうするんだ?」
「俺がやります」
「1人で?」
「はい。俺、パーティ戦闘って苦手なんですよ。1人のほうが戦いやすいですから」
俺が1層から5層を攻略して、万全の迅雷の軌跡とセラさんにボスを任せてもいいが、その場合俺は役立たずの状態になっているだろうから、彼らに万が一のことがあった場合、対処できない。それはあまり分のいい賭けとは言えないだろう。
シンさんは、ジッと俺の瞳を見ている。スズさんやライカさんも同様だ。
やがて、シンさんは深いため息を吐いた。
「……もういい、考えるのに疲れた」
シンさんそう言って、頭をガシガシと掻く。
彼はこの髪をぐしゃぐしゃにする動作が多いな、癖なんだろうか?
「エスアールの言うことが、全て真実だったとしよう。お前さんは俺たちの誰よりも強く、ボスも1人で倒せるとしよう。だがな――全然目的が見えねぇ。俺たちに貴重な情報まで与えて、いきなりふらっと現れたお前さんが王女様を救いたい? そうじゃねぇだろ。もっとわかりやすい、自分本位の理由があるはずだ」
先ほどまでとは違う雰囲気で、彼は問いかけてきた。
ここでもし、俺が答えを間違えれば、彼らは協力してくれない。直感でそう思った。
王女様を救いたいのは事実なんだが、そう答えたら彼は納得しないだろう。別の理由を言わないと。
……うーん。
俺の本心を答えたら、彼らはどう反応するだろうか。
いっそのこと、取り繕って適当に綺麗な言葉を並べるか?
いや無理だわ。俺、嘘つくの苦手なんだよな。
「――嫌いなんですよ」
「ん? なんだって?」
あまり言いたくないことだったので、つい小声になってしまい、シンさんにまで言葉が伝わらなかったようだ。
今度ははっきりとした口調で、声を大きくして言った。
「だから、負けるのが嫌いなんですよ!」
シンさんと同じく、俺も考えるのに疲れてしまった。
もうどうにでもなれだ。羞恥心など捨ててしまえ!
「負けるのが嫌い?」
「ええそうです。この世界で、俺が負けるとか――ふざけんなって話です。それが人であろうと、状況であろうと関係ない。王女様の命を救いたいのはもちろんですが、彼女の命を救えない自分が許せない。この程度の逆境で諦められるはず……ないだろ。逃げてのうのうと生きるぐらいなら、死んだほうがマシだ。ましてやそれがBランクダンジョンの踏破? ――はっ! ありえんだろ。俺は全てを奪われても、落ちぶれるつもりはないっ!」
言い終えると、室内はしん――と静まりかえった。
……ふう。言いたいこと言ったらスッキリした。
最後のほうはつい熱がこもって砕けた口調になってしまったが、今更だろう。それに、余計なことまで口走ってしまった気がするけど、気のせいだということにしておこうか。
ピクリとも動かない5人を無視して、俺はカップに入っていた残りの紅茶を一気に飲み干した。味も香りも感じない。
最初に動きがあったのは、スズさんだった。
「――ぷ」
彼女は俯いて、身体を小刻みに震わせている。
「そこは嘘でも王女様を救う一心で――と言ってほしかったがな」
苦笑しながらそう言ったのはセラさんだ。
彼女はその後「まぁ救うことができればなんでもいいんだがな」と自己解決し、クッキーに手を伸ばしていた。
テーブルに肘を突き、頭を抱えながら大きなため息を吐くレグルスさん。そして、ニヤニヤした表情でこちらを見るライカさん。シンさんはスズさんと同じく、俯き、震えていた。
「――くくっ。何を言い出すかと思えば、ただの負けず嫌いかよ」
「だから最初に言ったじゃないですか。負けるのが嫌いって」
「確かに言ってたな」
そう言うと、彼は再び身体を震わせる。笑いを堪えているみたいだ。よく見ると、スズさんも笑ってるように見える。
渾身の演説を笑われてしまい、居心地の悪い空気を味わっていると、シンさんが「わかったよ」と目尻を指で拭いながら言った。
「俺たちはどうせ行き詰まって、途方に暮れてたんだ。泥舟にでもなんでも乗ってやる」
「豪華客船と思ってもらって大丈夫ですから」
タイタ〇ックじゃないからな!
俺の発言に、シンさんは再びくくく―――と笑う。
まったく……イケメンは笑い方までイケメンだな。俺も機会があれば真似してみよう。
「俺たちやセラを引き立て役にしようってんだ。負けは許されねぇからな」
「えぇそれはもちろん。皆さんはゆっくり俺の戦闘を観戦してください」
丸く収まったことに安堵しつつ、俺は笑顔でシンさんにそう告げた。
このステータスでの身体の動かし方も、ほぼ完璧に理解した。覇王ベノムと戦闘した時には及ばないが、それに近い動きをすることはできるだろう。
彼らには頂に立つ者の戦いがどういうものか、見てもらうとしようか。
というかレグルスさん。
一番立場上のはずなのに、ほとんど空気だな。




