17 作戦会議
「まず派生二次職の説明から始めましょうか」
俺の発言と共に、室内がしんと静まりかえる。
いや、別に俺の言葉に対して驚いているわけではないか。そっちに関しては『何言ってんだこいつ』程度だろう。
その証拠に彼らの視線が向かう先は俺ではなく、ステータスウィンドウのほうだった。
よしよし――上々の反応だな。探索者――特に上位に位置する者ほど、興味のある情報だろう。
では、迅雷の軌跡の面々に食いついてもらうため、もう一つ爆弾を投下しようか。
俺は職業をタッチして、職業一覧を表示させた。
表示されたのは5つの一次職、5つの二次職、そして2つの派生二次職だ。
「派生二次職――ひとまず、派生上級職と呼びましょうか。貴方たちがまだ知らない職業への転職方法を俺は知っています。ちなみに、何故知っているのか――という質問に答えるつもりはありません。それはいま重要ではありませんからね」
俺が表示した職業一覧には、武闘剣士のほか、結界術士が表示されている。
最初に声を上げたのは、セラさんだった。
「エスアール。つまり、私たちがその職業へ転職すれば、王女殿下を救うことができるようになるのか?」
彼女の質問に対して、俺は首を横に振った。
「そんな時間はありませんよ。あくまで『貴方たちが知らないことを知っている』ということを、わかってほしかったので伝えました。どの道、この2つ以外の派生上級職も、王国に伝えるつもりですから」
俺がセラさんにそう答えると、今度はレグルスさんが口を開く。
「な、なぁエスアール。陛下たちにも黙っておくように言ったよな? これだけでもかなりヤバい内容なんだが、それ以上があるってことか?」
その言葉の裏には『もう勘弁してくれ』という気持ちが隠れているような気がした。もちろん、勘弁しないが。
「はい。その内容が今回王女様を救うため――つまりBランクダンジョン攻略に必要な鍵となっています。ここから先は極秘事項になりますので、レグルスさん。アレをお願いします」
視線を向けてからそう促すと、レグルスさんはゆっくりと頷いてから、インベントリから5枚の誓約書を取り出した。紙の端には王国の印が押されていて、紙の質も相当高級なものだということが、パッと見ただけでわかる。
その紙は、俺以外の4人へと配られ、1枚は配布したレグルスさん自身が手に持っていた。
「単なる話し合いだと思ってきてみたら、誓約書まで書かされるのか……」
「内容が内容です。仕方ないです」
「そうね。内容を見てから名前を書くか決めましょう」
迅雷の軌跡は、特に反発することも無く、配られた誓約書の内容に目を通していく。シンさんも口では面倒くさそうに言っているが、表情は真剣そのものだ。やはり彼らにとって、俺が持つ情報は喉から手が出るほど欲しいものなのだろう。
「長ったらしい文章が書いてあるが、要はここでの話し合いの内容、及び知ったことは、外部へ漏らすことを禁じるって内容だ。ここで言う外部には陛下も含まれるからな」
「陛下もかよ……どんだけヤバい内容なんだ……」
引きつった表情でシンさんが言う。
待て待て。あまり怖がらせてしまって辞退されたりしたら、たまったものじゃないぞ。セラさんが彼らを連れてきた意味が無くなってしまう。
「そこまで心配する必要はありませんよ。言わなければ決してバレることはありませんから。口を滑らせたとしても、おそらく大丈夫です。聞いた相手も、きちんと説明を受けないと理解できないでしょうし」
できるだけ優しく明るい声色で言った。それが功を奏したのか、シンさんは「それなら……」と小さく呟き、再び視線を誓約書に戻す。
「……罰則は、探索者ライセンスの永久剥奪か」
「ちなみに俺のは、ギルドマスター辞任と、ライセンスの永久剥奪だぞ。笑えるだろ」
レグルスさんは、ははは――と乾いた笑いを漏らしながら、手に持った誓約書をシンさんに見せていた。あんたそれ自分で用意したんだろ。
迅雷の軌跡たちよりも罪を重くしているのは、それだけ決意が固いということだろうか。あるいは、迅雷の軌跡を巻き込んだ責任を感じているとか。
俺にとってはどちらでも構わないんだが。
「了承していただけたら、サインをお願いします」
話を進めるために俺がそう促すと、すぐにセラさんが「わかった」と答え、サラサラと一瞬の躊躇も無く自分の名前を記入した。
「おいおい即決かよ……。お前さん、度胸だけは無駄にあるよな」
「度胸など必要ない。私はエスアールを信用しているからな」
嬉しいことを言ってくれる。
「……ところで、エスアールっつったか? お前さんは何も書かないのかよ」
肘を付いて、手に顎を置いた姿勢で、シンさんが問いかけてくる。
ふむ。確かに俺だけ何も書かないのは不公平だな。
「そうですね。俺も何か書きましょう。内容は――『話の内容が虚偽だった場合』とかでいいですか?」
「あぁ、それでいい。罰則はどうする? お前さんもライセンス永久剥奪か?」
「俺は死罪でいいですよ。別に嘘を吐くつもりはありませんし」
「………………」
ん? なんでみんな急に黙ってんの?
部屋にいる全員に目を向けるが、彼らはまるで残念な子を見るような視線で俺を見ている。なんでだよ。
やがて、パーティリーダーであるシンさんが、頭を掻きながら声を上げた。
「あー、もういいわ。わかったわかった。お前さんは別に誓約書を書かなくていい。強くなれるって言うんなら、サインもしてやる。皆もそれでいいか?」
「シンがいいならいいです」
「ええ。いいわよ」
シンさんの問いかけに、両隣に座る女性陣が了承の意を示した。3人がサインを書き終えたところで、最後に「では俺も書こう」と、レグルスさんも筆を取った。
なんだ。結局俺の分はないのか。ちょっと仲間はずれにされた気分で寂しい。
全員がサインしたのを確認した俺は、立ち上がり、礼を述べながら頭を下げる。
これで準備は調った。さっそく、秘密の会議を始めるとしようか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
俺がプレイヤーボーナスについての話を始めてから、30分が経過した。名前がなんとなくゲームっぽく思えてしまったので『ステータスボーナス』という名前で彼らには説明した。
そもそも『ステータス』という言葉自体、俺にとってはゲームそのものなんだが、この世界に住む彼らにはこれが普通みたいだから、ひょっとすると必要のない変更だったかもしれない。
「話は以上です。なにか質問はありますか?」
説明を終えて、俺は椅子に腰を下ろした。ふう、と一息ついてから、紅茶で喉を潤す。
誰も質問をしてこないが、レグルスさんやセラさんは納得したような表情をしていた。
「だから下級職のままでFランクダンジョン以外に入らせてくれって言ってたのか……確かに、その内容を知ってたら俺もそうするだろうな」
「うむ。エスアールがなぜ下級職ばかりレベルを上げていたのか、ようやく理由がわかった。必要なことだったのだな」
何も知らないこの世界の人からすれば、俺の行動を知れば首を傾げるか、笑いものにするだろうな。
だが、ダンジョンに潜る時ステータスの提示はしていないから、俺が下級職で潜っていると知っているのは、ギルドの一部の人、セラさん、それにディーノ様ぐらいだろうか。
ギルドに関してはレグルスさんに任せるとして、ディーノ様へどうやって誤魔化すのかも、そのうち考えておこう。
レグルスさんとセラさんの反応に満足していると、迅雷の軌跡のスズさんから質問が飛んできた。
「派生上級職の転職条件と、ステータスボーナスに付いては理解したです。エスアールが職業一覧を見せた時に、下級職のレベルが全て30でしたし、辻褄も合うです」
「信じてもらえて良かったです」
「はいです。それで、その話をするためだけに呼び出したわけではないですよね? Bランクダンジョンの攻略が関係してるですか?」
「はい。仰る通りです。これからのことを話す前に、皆さんの職業とレベルを教えていただいてもいいですか?」
彼らが現在就いている二次職は、どれもステータスに偏りが出てしまうような職業だ。今回彼らにはそれぞれ足りないステータスを、プレイヤーボーナスで補ってもらうことにする。
さすがに7日間あれば、一次職1つをレベル30まで上げることが可能だろうし。
「神官レベル80です」
「豪傑レベル80よ」
「剣豪レベル80だ」
「俺は重騎士のレベル80だ」
最後に発言したのはギルドマスターであるレグルスさん。あんたは必要ないからわざわざ言わなくていい。何ドヤ顔決めてるんだよ。
「私は剣豪のレベル60だ」
セラさんも言わなくていいから。知ってるから。
「なるほど、わかりました。では、次に皆さんの戦闘スタイルを教えてください」
それから、シンさん、スズさん、ライカさんの順に話を聞いていく。そしてそれぞれ、拳闘士、魔法士、剣士の下級職に転職してもらうことにした。
ちなみにセラさんは弓士だ。これは話し合うまでもなく、俺が勝手に決めた。彼女の剣の振りは大ざっぱだったので、DEXを上げて少しでも補完したほうがいいだろう。
「あ、あの。ちょっといいかしら?」
おずおずと手を挙げたのはライカさん。
「はい、なんでしょうか」
「私、自慢じゃないけど剣のセンスが全くなくて……正直自信がないの」
彼女は申し訳なさそうにしながら、上目遣いで俺を見てくる。
もしかしてこの世界の人は、職業に沿った武器を使うのが常識なのか? そんな常識があるのなら、ゴミ箱にポイしてしまえ。
「別になんでもいいんですよ。弓士が敵を殴ったっていいし、僧侶が敵を剣で切ってもいい。俺も下級職全てのレベル上げに、剣を使いましたからね。ライカさんも職業を気にせず、自分のやりやすい戦闘スタイルで大丈夫だと思いますよ。ただ、拳闘士や豪傑のスキルは使えなくなりますので、そこだけ注意してください」
「わ、わかったわ」
返事をしながら、彼女はほっと胸を撫で下ろしていた。
さて、ここからが本当の説得になるだろうか。
「まず、失礼だとは思いますが、必要なことなので言わせてもらいます。迅雷の軌跡の方たちは、現在Bランクダンジョンの3階層が最高記録と聞きましたが、これは間違いありませんか?」
「あぁ。そうだ」
シンさんが少し誇らしげに答える。
俺がいまからする発言は、彼らのプライドを傷つけるものだろうから、提案する俺としても少し気が引ける。だけど、それが一番確実だ。
「正直、そのレベルの3人パーティでありながら、3階層周辺で燻っているようでは、ステータスボーナスが1つ付いたところで、踏破は難しいでしょう。セラさんが加わったとしても、犠牲が出る危険性がかなり高いです」
俺がソロで潜ったとしても、体力が持たないだろう。
そして、俺を加えた5人パーティでも、大怪我をする者が現れる危険性は否定できない。最悪、死者が出る。そもそも俺、パーティ戦闘自体苦手だしな。
ならばどうするか。
俺は最良の方法を、王女の容態が悪化したと聞いたその日に、既に思いついていた。




