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【コミカライズ】俺、勇者じゃないですから。~VR世界の頂点に君臨せし男。転生し、レベル1の無職からリスタートする~  作者: 心音ゆるり
第一章 始まりのエリクサー

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16 始動




 エスアールとギルドの前で別れ、私はさっそく王都北にあるBランクダンジョンへと向かった。ギルドマスターによると、迅雷の軌跡たちはここのところ毎日このBランクダンジョンへと潜っているらしい。


 エスアールのように朝から潜ってはいないようだが、彼らもまだ、諦めきれないのかもしれない。その事実を、私は嬉しく思った。


 ダンジョンが開放される時間にはまだ早い。

 彼らがいつやってくるかは分からないが、ダンジョンの前で待ち伏せしていれば、いずれ姿を現すだろう。


 フェノンのために、そしてエスアールの信頼を得るためにも、なんとしてでも彼らをギルドへ呼び出してみせるっ!



 午前11時。

 ダンジョンへ入場できる時間から、2時間が経過した時だ。迅雷の軌跡はようやくその姿を現した。


 私の視線に気付いたシンが、怪訝な表情で声を掛けてきた。


「……お礼参り――ってわけでもなさそうだな。なんの用だ? パーティの件なら、前と返事は変わらないぞ」


 それに合わせて、シンの左隣にいる小柄な女性がコクコクと顔を上下に振る。

 確か彼女の名前はスズ――だったか? 僧侶の上級職である神官で、レベルは80。気が弱そうな見た目をしているが、彼女はレベル上限に達しているのだ。


「シンは貴方のことを思って断っているのよ。それをわかってちょうだい」


 シンの右隣にいる――ライカが言った。私の記憶が正しければ、そんな名前だったはず。

 露出度の高い装備を身につけており、そしてその装備を見事に着こなすスタイルの良さ。私もそこそこだとは思っているが、彼女には敵わない。

 彼女の職業は、拳闘士の上級職――豪傑だ。レベルは80。

 つまり迅雷の軌跡は、シンも含め、全員がレベル80である。


「違う。パーティに入れてほしいわけじゃない」


「そうなのか? じゃあ用件はなんだ? 俺たちはいまからダンジョンに行く予定なんだがな」


 頭を掻きながら、シンは困ったような表情で言う。

 私は彼らに1歩近づいて、「小声で頼む」と伝えてから、話に入る。


「昨晩の件は聞いているか?」


「昨晩……? いや、知らないな」


 シンも私に合わせて小声で返してきた。


「そうか。いずれ知ることになるだろうから、先に言うぞ。王女殿下の容態が悪化した。期限はあと10日だそうだ」


「……そりゃ、いよいよ無理だな」


 引きつったような表情でシンが言う。スズは驚きを声に出さないよう口に手を当てていて、ライカは悲しげな表情で俯いた。


「それで、今日はそいつを伝えに来たのか?」


「違う。今日はシンたち――迅雷の軌跡に頼みがあってきた。明日の朝7時にギルドへ来てほしい」


「7時っ!? 随分と早いな」


「こちら側の都合で申し訳ないが、頼む」


 そう言ってから、頭を下げる。シンたちに頭を下げるのはこれで2度目だな。

 だがすぐに、「やめろやめろ」と声を掛けられた。


「そういうのはいいっての。理由は教えてくれるんだろうな?」


「理由か。そうだな……話し合いに参加してほしい――といったところだろうか」


「話し合い? 内容は?」


「それは……」


 私が言い淀んでいると、シンは更に追及してくる。


「そもそも、それは誰の要請だ? お前さんか? それともギルドマスターか?」


 私は口を噤んだ。

 今、私が下手なことを言ってしまえば、かえって彼らをギルドに連れてくるのが難しくなるかもしれない。

 エスアールに頼まれたのは、説得することではない。連れていくことだ。


「済まないが、私からは言えない。だが、頼むっ! この通りだっ!」


 また、私は頭を下げた。これで、合計3度目になったな。

 しかし今度は、先程のようにすぐ返事はなかった。悩んでいるのだろうか。何かの罠かと疑っているのだろうか。


 私は嫌な汗を掻きながら、彼らの返答を待った。


 やがて、意外な人物から声が上がる。


「私は良いと思うですよ。早起きが苦手なシンには苦痛だと思うですが」


 その言葉を聞いて、私は思わず顔を上げた。

 声の主はスズ――小柄な神官の少女だった。


「おい待て、俺は別に早起きが苦手じゃないぞ」


「あら? 貴方昨日も今日も寝坊したじゃない」


「あっ……それはだな、最近のダンジョンでの疲れが溜まってというか……」


「それなら条件は私たちも同じです」


「うっ……それはそうなんだが」


 女性陣2人に、シンが押されてしまっている。初めて見る光景だ。

 私の中で彼のイメージは、こういう時、毅然とした態度で対応するような人物だ。それが今となっては、女性2人に詰め寄られてしまい、ジリジリと後ろに逃げつつ苦笑いを浮かべている。


「だいたい、伯爵家の娘であるセラさんがこうやって頭まで下げてるんだから、内容はなんであれ、話し合いに参加するぐらい別にいいでしょう?」


「お、俺たちは国のトップなんだぞ? そう簡単に頼み事を聞いていいわけじゃない。それに、こういうのは少し渋ってから許可するもので――」


「それ、セラさんに聞かれたらダメなやつです」


「相変わらずバカね」


「ですです」


 なんだ。

 私は何を見せられている?

 漫才か? それとも痴話喧嘩か?

 先程までの深刻な空気は、いったいどこへ行ってしまったんだ?


 シンは彼女たちから視線を逸らし、私のほうへ目を向けた。


「あー、まーなんだ。ギルドマスターとセラの頼みなら、聞いてやらないこともない」


「まだそんなこと言ってるですか。ハッキリと言うですよ」


「そうよ。セラさん困ってるじゃない」


 どちらかというと、今のこの雰囲気に困っているのだが。口は災いの元と言うし、大人しく黙っておこう。


 シンはガシガシと頭を掻くと、下を向いて大きなため息を吐いた。それから顔を上げ、


「わかったよ……いきゃあいいんだろ。お前さん、遅刻するんじゃねぇぞ」


 そう言ってくれた。


「――っ! 本当かっ! ありがとうっ!」


 そして私は、シンのパーティメンバーの2人にもそれぞれ礼を言った。彼女たちは「気にしないでいい」と言っていたが、スムーズ?に話が進んだのも、彼女たちが話に入ってきてくれたからこそだ。


 エスアール。私は役目を果たしたぞ。


 ここから先、私は貴方を信用して堂々としていよう。あとは任せたからな!



 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆



 翌日、長机のある防音の個室で私たちは椅子に腰掛けていた。

 私の正面には、眉を寄せた表情のシン。その両隣には、紅茶と茶菓子を美味しそうに口に入れるスズとライカの姿がある。


 扉から真っ直ぐ伸びる長机の、最奥の席。そこには腕組みして目を閉じるギルドマスターがいた。


 時刻は7時15分。

 私の隣の席は、まだ空席だ。


「おい、いったい俺たちはいつまで待てばいいんだ?」


 痺れを切らしたのか、シンが声を上げる。


「済まない。もう少しだけ待ってくれ。彼もきっと疲れているんだ」


「そんなこと、俺たちも一緒だ。こんな早い時間に呼び出されて寝不足なんだぞ。お前さんの言う『彼』が何処の誰だか知らねぇが、一言文句は言わせてもらうからな」


 その言葉を止める者はいない。

 確かに、呼び出した側が遅刻するなど、逆の立場からすれば怒って当然だ。スズもライカも彼の言葉に何も反応を示さない。つまり、同意見ということなのだろう。私も彼の言葉に反論することはできなかった。


 そして、それから数分後、控えめなノックの音が聞こえてきた。そして、扉が開く。


「本当にすみません……寝坊しちゃいました」


 ははは――と苦笑いを浮かべて、待望の人物が入室してきた。

 シンはさっそく「おい」と怒ったような口調で、声を掛けた。が、その後の言葉が続かない。


 それはギルドマスターも、私も同じだった。言葉が出ない。


 ようやく、無理やり絞り出したような声でシンが言った。それは不満の言葉でもなく、呼び出した理由を問いただすものでもない。


「――お前さん、大丈夫か?」


 エスアールを心配する言葉だった。


「え? どこか変ですか? 服、汚いですか?」


 キョトンとした表情で、自分の服装を確認するエスアール。

 違う。服もたしかに汚れているのだが、私たちが驚いているのはそこじゃない。


「エスアール。お前、目の下が真っ黒だぞ。それに、顔が全体的に青白い」


 ギルドマスターが呆れたような声音で言った。

 エスアールは納得したように手を打つ。


「あー、ただの寝不足ですからご心配なく。睡眠時間削り続けてましたし、昨日はいつもより遅くまでダンジョンにいましたから。一気に顔に出てきちゃったのかもしれません」


 いつもより遅くだと?

 ただでさえ彼はいつも、深夜過ぎまでダンジョンに潜っているというのに、それ以上?


「あまり無茶はしないでくれ」


「ご心配ありがとうございます。とりあえずこちらの方々に申し訳ないので、早速本題に入りましょうか」


 そう言うと、エスアールは私の隣の席に腰を下ろした。


「まず、改めて謝罪を。こちらから呼び出しておきながら遅れて申し訳ありません。名前はSRと言います」


「俺はシン、こっちがスズで、こっちがライカだ。ところでお前さん、ダンジョンにいたから寝不足と言ったな? ダンジョンの入場制限は夜の10時だ。そんな顔になるまで遅くなるとは思わないんだが」


「あぁ、それなら理由は簡単です。少し訓練をしておきたかったので、ダンジョンの敵を倒さずに回避し続けてたんですよ」


「何処で? 何時間です?」


 疑問の声を上げたのはスズ。観察するような視線をエスアールに向けている。


「場所はCランクダンジョンのボス部屋ですね。時間は深夜0時過ぎから5時間ほどです」


「――はっ! それを1人で? とんだホラ吹き野郎じゃねぇか」


 シンはエスアールへバカにしたような視線を向ける。スズやライカも、騙されたと思っているのか、不満げな表情だ。

 だが、10日間護衛に付いていた私にはわかる。彼はそのような嘘をつく人物ではないし、それだけの実力がある。


 シンの言葉に対して彼は、小さくため息を吐いてから答えた。


「じゃあFランクダンジョンで5分間だけ訓練してました。これでいいですか? 時間がありませんので、本題に入りますよ」


 余計なやり取りをする気力がないのか、投げやりにエスアールは答えた。

 そのような態度では、今後の話し合いに影響が出てしまいそうだが、私は彼を信じて口を噤んだ。


 シンたち迅雷の軌跡も、早くこの話し合いを終わらせたいのか、口を挟むことはなかった。


 静かになった面々を確認したエスアールは、小さく頷き、口を開く。


「まず派生二次職の説明から始めましょうか」


 エスアールが出現させたステータスウィンドウ。そこの職業欄には、見たことの無い『武闘剣士』の文字があった。

 私を含む全員が、それを見て絶句してしまう。


 どうやら、作戦の火蓋が切られたようだ。









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