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【コミカライズ】俺、勇者じゃないですから。~VR世界の頂点に君臨せし男。転生し、レベル1の無職からリスタートする~  作者: 心音ゆるり
第一章 始まりのエリクサー

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15 譲れないもの




「昨晩、王女殿下の容態が悪化した。期限は、あと10日だ」


 苦虫を噛み潰したような表情で、レグルスさんが言う。室内は数秒の間、静寂に包まれた。


「――そ、そんな……嘘だ、嘘だと言ってくれっ!」


 俺の隣にいるセラさんが、悲痛な声で叫んだ。

 顔を横に向けずとも、彼女がどんな表情をしているのか、手に取るようにわかる。そんな声だった。


 かくいう俺も、いきなりのことに呆然と口を開けてしまった。


 なぜ、その可能性を考えなかったのか。

 なぜ、時間にはまだ余裕があると考えてしまっていたのか。


 ――なんて。過ぎたことを気にしてもどうにもならないよな。


 いまのままでは無理だ。作戦を考え直す必要がある。

 俺は顎に手を当てて、集中するために目を閉じ、俯いた。


「わかってくれ。そもそもこんな嘘、俺が吐くはずないだろう」


「――っ! そ、そうだっ! エスアールがいるじゃないかっ! エスアールは、10日前まではレベル1だったのに、既にCランクダンジョンを踏破しているっ! 貴方ならできるのではないかっ!?」


 名前を呼ばれたっぽい。俺の話か?


「今、何か言いました?」


「言ったとも。エスアールなら10日もあれば、Bランクダンジョンを踏破できるよなっ! なぁ、できるよなっ!?」


 懇願するように彼女は言う。俺は首を振った。


「――無理ですよ。いくらなんでも、時間が足りなさすぎです」


 これがもしもゲームで、負けてもリセットが出来るのであれば、今すぐにでも挑んでも構わない。


 だが、これは現実だ。


 負けるということは、即ち死を意味する。そんな簡単に命を懸けられるほど、俺は強い心を持っていない。


「――だ、そうだ。俺も正直期待はしていたが……本人がそう言うなら無理なんだろう。聞いたぞ? お前、召喚された翌日から一日中ダンジョンに潜り続けているそうだな。悪いことは言わん……お前も少し休め」


 レグルスさんは、弱々しい声でそう言った。その言葉には『王女様のことは諦めろ』。そういう意味も含まれている気がした。


 それで俺が『はいわかりました』なんて言うとでも思っているのだろうか?

 ありえないだろ。命は懸けられないが、俺にも譲れないものはある。

 無理だとはいったが、それはあくまで現状では(・・・・)という意味だ。


「ちょっと考えますから、声を掛けないでください」


 話しかけられると集中できない。

 

 俺が持っている知識、実力。

 Bランクダンジョンの踏破に必要な戦力。

 俺にできること、できないこと。

 必要とされていること。

 そして、譲れないもの。


 頭の中を整理していく。


 ……よし。大丈夫そうだ。後はこっちのほうをどうするかだが――。


「別の世界から来たばかりのお前が、命を懸けてまですることじゃない。そもそもこれはこの世界の――」


「ギルドマスター。彼は黙れと言ったぞ。静かにしてくれ」


「……わかった」


 何か声が聞こえた気がしたが、すぐに静かになった。よく分からないが、これでまた集中できる。


 どれぐらいの時間、そうやって考え込んでいただろうか。10分ぐらいか? いや、1、2分ぐらいかもしれない。


 だが、集中できたおかげで勝機は見えた。

 この方法ならば、10日と言わず、8日で踏破できるはずだ。



 俺は顔を上げて、レグルスさんとセラさん、交互に顔を向けた。

 レグルスさんは何故かムッとした表情で、口を強く噤んでいる。セラさんは、何かを期待しているような表情だ。


「大丈夫ですよ。王女様は必ず救います。本人と約束しましたからね」


 俺は2人に、笑顔でそう告げた。

 頂きに辿り着いた男が、これしきのことで諦めるはずがないだろう? 俺がこの世界で負けを認めるなんて、ありえない。




 それは本当かっ!


 そうやって沸き立つ2人を宥めてから、俺はさっそく、頭の中で組み立てた作戦を伝えることにした。


「はい。ですがその前に、条件がいくつかあります」


「聞こう。俺にできることがあるのならば――だが」


「私もギルドマスターと同じだ。なんでもする」


 女の子がなんでもするなんて簡単に言っちゃいけません――なんて頭の中で思いながらも、俺は2人にその条件を伝える。


「俺とセラさんは確定として、あと3名――協力者が必要です。Bランクダンジョンの下層を経験している人が望ましいです」


 ダンジョンは1つのルームにつき、最大5名まで入場できる。確率を少しでも上げるためには、できる限りのことをしておきたい。


「それならば『迅雷の軌跡』だろうな。Bランクライセンスを持つ3人パーティだ」


「聞いたことのある名前ですね」


 確かセラさんと揉めていた人たちだ。金髪イケメンと女の子が2人。この国一番の実力とも言っていた気がする。


 だけど、セラさんは大丈夫なんだろうか? 以前のことがあるし、ダンジョン内で仲間割れとかはしてほしくないんだが。


 そう思ってセラさんのほうに視線を向けると、彼女はこくりと頷いた。


「彼らの説得は、私がしよう」


 気合十分。

 1日見ない間に、彼女の俺に対する態度は180度変わったように見える。王女様と何かを話したのだろうか?

 あぁ違う違う。今はそんな話じゃなかったな。


「いえ。説得は俺がしますよ。Bランクダンジョンでくすぶっている、彼らが欲しそうな知識(エサ)もありますし。セラさんは明日の朝7時に、彼らをなんとかギルドに連れてきてください」


「そうか……わかった。どんな手を使っても連れてくる」


「穏便にお願いしますよ」


 いまの彼女なら、縄で縛ってでも連れてきてしまいそうだ。心の平穏のためにも、あまり深く考えないでおこう。


 で、次は――と。


「レグルスさんとセラさん――それから迅雷の軌跡の3人に、あまり口外できないようなことを話そうと思います。誓約書とか作れますか?」


 俺が彼らに伝えるのは、プレイヤーボーナスの存在。そして派生二次職についてだ。俺のステータス画面には、既に派生二次職が映されているため、説得力はあるだろう。


「それは構わんが――その内容というのは、陛下やディーノ様にも話せないのか?」


「はい。できれば止めてほしいですね」


 俺がそう答えると、レグルスさんは眉間にシワを寄せる。

 王家の信頼か。王女の命か――それを天秤に掛けているのだろう。


 あまり俺の持つ手札をばら撒きたくはないし、陛下たちが知ったところで王女様の命が助かるわけでもない。つまり、デメリットしかないのだ。

 『アイツすげー』みたいな目立ち方は好きだけど、そのせいで雁字搦(がんじがら)めにされてしまうのは、俺の望むところじゃないからな。


「ですが、誤魔化しは効くと思いますので、あなた方が自ら話さない限り、バレることはないですよ」


 王国にはプレイヤーボーナスの存在は明かさないが、派生二次職だけを伝えるつもりだ。派生二次職だけならば、この世界の住人でも、たまたま発見したということで説明が付く。


 この世界全体の戦力アップにも繋がるし、ゆくゆくは誰かが三次職の存在にも気付くだろう。そうすれば、エリクサーの入手も容易になり、王女様のように苦しむ人も減るはずだ。

 それでも覇王に到達するのは、恐らく無理だろうけど。


 俺の作戦とはつまり、迅雷の軌跡とセラさんの計4人に、1週間でプレイヤーボーナスを獲得してもらうことだった。

 迅雷の軌跡の面々も、自分たちが露払いの役目(・・・・・・)をさせられるとはいえ、派生二次職をエサにすれば、きっと話に乗ってくれるだろう。


「詳しい話はまた明日にしましょう。とりあえず、迅雷の軌跡の人たちが協力してくれないと始まらないですし、明日の朝7時にギルドで話しましょう」


「気になることは多々あるが……わかった。俺も協力しよう。準備を進めておく」


「私もこれから迅雷の軌跡に話をしに行こう。エスアールはダンジョンか?」


「はい。そろそろダンジョンが開くと思いますので、夜までCランクダンジョンに潜ります。セラさんは明日から忙しくなると思いますので、今日はダンジョンに潜らず身体を休めていてください」


「エスアールこそ休むべきだと思うが……承知した。フェノン――王女殿下の所には行ってもいいのか?」


「ふふ、それは俺の許可なんていらないでしょう。セラさんのお好きにどうぞ。王女様によろしくお伝えください」


「あぁ。伝えておく」


 彼女の顔からは、すでに不安の色は消えていた。

 本当に彼女は、俺のことを信頼してくれているようだ。セラさんの期待に応えるためにも、手は抜けないな。もちろん、そんなつもりは元々ないが。


 こうして、俺たちはそれぞれの役目を果たすために、各々動き出した。


 決戦の日は、すぐそこまで迫ってきている。





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