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第14話 白いブラウス

◇◆霧山視点◆◇


「時が経つのは早いな」


「早いねー」


 一週間が経った。また土曜日だ。今日も先週と同じように伊佐凪の部屋に来ている。


「じゃあ本日もよろしくお願いします」


「あぁ、よろしく」


 それからは前回と同様伊佐凪の勉強を見るところから始まった。二時間ほど、集中して行う。しかし、この間俺は思ってしまった。


(……伊佐凪を教えていると、俺の勉強になってしまう)


 自分に近しいレベル。同じステージで勉強を教えるとなると、本気にならざるを得ない。その結果、俺は自分一人でする勉強より、よっぽど身になっている感覚がした。つまり──。


(期末テストで俺の点数も上がってしまう可能性があるな)


 伊佐凪の飛ぶべきハードルが上がってしまっているわけだな。


「どうしたの? 難しい顔をして」


「いや、な。ふと、伊佐凪に勉強を教えることで、俺の期末テストの点数が上がりそうだな、と」


「……あー。光栄です?」


 伊佐凪は伊佐凪でズレたことを返してきた。


「やっぱ、倒すべき敵である俺に教わるっていう構図おかしくね?」


「おかしくないです。私が全教科満点を取って、霧山くんも満点を取れば、いつも二人で一番です!」


「……いや、無理だろ」


 全教科満点など出したことがない。教科ごとに満点は結構あるが、全教科は無理ゲー感を感じる。


「とにかくっ、私は霧山くんに教えてもらいたいので、お願いしますっ」


「あぁー、まぁいいけどさ。手加減はしてやらないぞ?」


「望むところです」


 と言いながら、一回くらい二番に落ちてもいいのだが、大体何点差かってのは把握しているし。だが、もしこいつが本気ならそれはしたくない。


「……なぁ、なんで実家を出たかったんだ?」


 カタリ。その言葉を聞いて、伊佐凪はペンの動きを止め、テーブルに置いた。


「……嫌いだからです。両親のことも、あの家にいる自分のことも」


「反抗期ってやつか?」


「そうかも知れませんね。うん、今は嫌いなものから逃げて、家出している不良少女って感じです」


「そうか」


「はい」


 だが、伊佐凪からは伊佐凪なりの意思を感じる。であれば、期末テストくらいまで付き合うのはやぶさかではない。


「ま、頑張れ」


「えっ!? 霧山くんが応援してくれたっ!? えぇぇッ!?」


「……もう二度と言わん」


「わぁ、ごめんなさい、ごめんなさいっ。また、お願いしますっ」


「うるせー。ほれ、キリキリ勉強しろ、家出少女」


「むぅ。霧山くんの方から話しかけてきたのに……」


「……あん?」


「不良少年はんたーい」


「ハァ、もういい。ほれ、とっとと勉強に戻ってくれ」


「はーい」


 悪く言っても、凄んでみても、伊佐凪は笑顔であった。


(こいつ、まさか……Mか?)


「霧山くん? ねぇ、なんかすごく失礼なこと考えていない?」


「……いや、全然」


「そ。勘違いならごめんね」


「あぁ、いいよ」


 表情は変わっていないつもりだったのに、なぜバレた。まさか、伊佐凪は心でも読めるのか?


 なんてことを思いながら、勉強へと気持ちを切り替える。


「ここまでにするか」


「はーい。うーーーん」


 今日の伊佐凪の恰好は白のブラウスにロングスカートだ。大きく両手を上げて、伸びをする。背中を張ると胸が強調されるわけで。


「……チッ」


「えっ!? なんで舌打ちっ!?」


 自分の視線がそこ(・・)にいってしまったことにモヤモヤした。なんてことは言える筈もなく。


「……カフェイン不足だ」


「あ、うん。ごめんね? コーヒー淹れるね?」


「……あぁ」


 最悪だ。今までは伊佐凪の言動に対して、俺なりに思う対応をしてきたが、今のは、自分のダメさを誤魔化すために言ってしまった。


「はい、どうぞ」


「あぁ、ありがとう。それとすまない」


「? 何で霧山くんが謝るの?」


「八つ当たりしたから」


「……そっか。はい。じゃあ謝ってくれたので許します」


 俺は目を丸くする。


「もっと理由とか、聞かないでいいのか?」


「え、教えてくれるのっ!?」


「いや、言わんけど」


「だよねー」


 そう言って笑う伊佐凪。


(……こいつは一体、なんなんだ?)


 俺は、伊佐凪の思考回路が分からなくなる。


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