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同じ 鍵を 持っている  作者: 藤宮彩貴


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10 進むべき道は②

「高校生の親って、こんな感じなのかな?」


 保護者顔で、類はさくらと玲を先導して学校の門を、しれっとくぐった。


 姿勢の良い長身に、やや光沢がある黒い細身のスーツが似合い過ぎて、めちゃくちゃ人目を惹いている。

 その美貌の顔を隠すために、鼈甲色のフレームをした眼鏡を一応はかけているものの、類の魅力までは隠せなかった。

 光沢ある白地のネクタイには、バラの花模様。

 たぶん、というか絶対にさくらへのサインなのだろうが、あえて知らん顔をした。


 三月十四日、高校の卒業式。


「さくらねえさん、つけて」


 受付で渡された『柴崎』と『笹塚』、ふたつの『保護者』のコサージュ付き名札を、類の胸に飾ってやる。


 在校生たちがみな、目の色を変えて類に注目していた。

 天下のアイドルモデルさまの堂々たる御来校に、生徒はおろか、慣れない事態に教職員や保護者たちもいっせいに浮き足立っている。


「類、さくらに近づき過ぎだ!」


「近くないと、花をうまくつけられないよ、お花。ねえ、白いバラだったら、もっとよかったねえ。そうそう、十八回目のお誕生日おめでとう、さくらねえさん。無理して今日、来られてよかった。高校生活最後の日をきっちり見守ることが、ぼくからのお誕生日プレゼントだから感謝してよね」


「あああ、ありがとう……うわっ」


 名札の造花は、残念ながら赤い。

 白いバラ、のひとことで記憶が鮮明に蘇る。

 極限まで慌てたさくらはついつい、名札の針を指に差してしまった。


「いたた……」


 名札ふたつは無事、類の胸もとにつけられたけれど、さくらの指先にはわずかにぷっくりと血がにじんでいる。


「相変わらず慌てんぼうなんだから、さくらねえさんは。ほら、見せて」


 そう笑いながら、類は艶めいた上目づかいで、さくらの指をちゅっちゅと音を立てて吸った。


 もちろん、玲にあてつけるため、わざとである。


 さくらの頭には、京都行きの新幹線車内でのことやら、京都のホテルの一夜が、まざまざと思い出される。


 申し訳ない気持ちや、身体を突き抜けるような甘くて苦しい感触が蘇り、ずきずきと胸が痛んだ。

 まるで金縛りに遭ってしまったようで、すぐに手を振りほどけない。


「相変わらずおいしい。さくらねえさんって」


 三人の背後から悲鳴と絶叫が上がった。


『ちょ、あれ見た? ルイくん、笹塚さんの指、舐めた!』


『うっわー。すごい色気……舌、長いし』


『やらしいけど、かっこいい』


『私も吸われてみたいー』


 騒然としている観衆に向け、類が天使のほほ笑みを返したので、周囲は一気にため息の渦に包まれた。


 ひとりだけ、類に反発した者がいた。玲だ。


「そんなの、適当に絆創膏を貼っておけば、そのうち治る。こっちに来い。保護者は、体育館で待機だって。いいか、もうついてくるなよ。年下のくせにお前が保護者とか、一生あり得ないけどな」


 玲は、さくらを強引に引っ張って教室へと急いだ。


「なにやってんだよ、すっかりあいつのペースじゃないか。ああいう、分かりやすい色仕掛けが、さくらの好みなのか? 指、舐められたというより、吸われるような」


「ご、ごめん。違うよ。突然だったから、つい。それに、舐められたのは指じゃなくて血だよ、血!」


「いや、今のは確かに指を吸われていた。ぼんやりしたら、次はないからな。……ほら」


 玲のバッグの中から取り出されたのは、見たことのない柄の絆創膏だった。


「京都のテキスタイル絆創膏。いいだろ、これ」


「かわいい」


「さくらにおみやげ。お前はそそっかしいから、常備しておけ、な」


「ありがとう。少しひっかかる言い方だけど」


 和柄ながら、色づかいが鮮やかでとても愛らしい。

 五種類もあるので、どの柄を使おうか迷ってしまう。

 さくらが目移りしていると、玲が一枚、勝手に決めて引き出した。


「卒業式だから。明るいやつ」


「えー。派手じゃない?」


「類を連れて歩いている時点で、お前はじゅうぶん派手で目立つ存在だ。手、出せ」


 絆創膏の包装を破ると、玲はさくらの指に器用にくるくると絆創膏を貼った。


「お手数をかけました」


「……油断大敵」


 明るい色づかいの絆創膏なので、まるで指輪のように目立った。

 玲からもらったエンゲージリングを想像し、さくらは楽しい妄想にふけった。



 式こそはつつがなく終わったが、クラスメイトからもみくちゃにされた。

 記念にと、卒業アルバムに北澤ルイのサインをねだられて大変だった。

 例に漏れず、純花も大興奮で鼻息を荒くして類に挨拶をした。



 迎えが来たので類は約束通り、一時間で帰った。

 校内には、まるで嵐が通り去ったあとのような昂揚感と疲労感が残っている。


「せっかくの卒業式だったのに、誰が主役だったんだか、まったく」


「類くんは、いつも華やかだもんね。私は、家族代表として来てもらえてよかったよ、お礼を言わなきゃ」


「甘い。そんなことだからさくらは、あいつにつけ入る隙を与えてしまうんだ。いいか。今後のこと、考えろ。これ、新居の間取り図」


 玲の手から渡された一枚の紙。

 外観写真数枚と、間取り。


「うわあ、立派!」


 玲が選んだのは西陣の、ふたり暮らしが可能な、昔ながらの小さな町家である。

 西陣界隈には、駅前や繁華街にはない、町並みの面影が残っている。


「一軒貸しの古い町家。辺りには、同じような家が並んでいる。おじさんの工場から、歩いて五分ぐらい」


「ステキ。京都っぽい。私、マンション暮らしばっかりだったから、こういう家に憧れていたんだ」


 さくらは喜んだ。建築学科垂涎の物件。

 ただし、水回りはリフォームされているというので、いっそう安心である。

 おじさんの身内、ということで家賃もお安く交渉できたらしい。

 ふたりが個別にひとり暮らしをするよりは、よっぽど安く済みそうだ。


「今日、お前の誕生日だろ。派手な類と違って地味な俺には、こんなことしかできないし」


「私の誕生日のことまで、考えてくれていたんだ」


「当たり前だ。類のやつまで、誕生日にかこつけて気取りやがって、あんな演出つきで」


「まあまあ、類くんには類くんなりの表現があるからさ」


「でも、衆人環視の中で、故意に音を立てて、指を吸った! あの流し目とか、許さん!」


「だから舐めたのは、血だって。ねえ、基本自炊して、大学に慣れたら私もアルバイトして、この家賃ならたぶんだいじょうぶ」


「俺の給料が安いばかりに、迷惑かけるな。おじさんが保証人になってくれたから、だいぶ安くしてもらえたんだけど」


「だいじょうぶ。玲がいるから」


 金銭的な心配が拭いきれないらしい玲は、何度も申し訳なさそうに家賃の話を振ってきた。さすが、守銭奴。


「新生活……ただひとつ、大きな大きな問題が残っている……!」


 玲は大きくため息をついた。



 卒業式を終えたあと、玲は予定を変更して、さくらとともに軽井沢へ向かってくれた。


 涼一を説得するためである。


 転居先は決まっているものの、実はまだ、京都での同居には許可が下りていない。


 母の聡子は、自分自身がかなり早熟な結婚生活を送ったせいか、恋愛に対する考えも柔軟で、ふたりに任せましょうという態度を取っているものの、涼一はひとり娘のさくらを他の男に渡してしまうことに苦しんでいるらしい。


 電話による説得ではなく、直接会って話したほうがいいという玲の判断だったけれど、玲の顔を見た涼一は烈火のごとく怒った。


「同居はだめだ、同居は! 修業の身と、学生だ。婚約したわけでもなし、不謹慎極まりない。未成年の同棲なんて、人に知られたらどうするんだい?」


「でも、俺たちきょうだいですから」


「血のつながっていないくせに。しかも、お前たちは心を通じ合っているんだ、いつ深い仲になってもおかしくない状態だ。も、もしや、すでに……!」


「父さま、妄想を飛躍させないで。玲と私は、お互いを大切に思っています」


「しかしだね、玲くんは健全な十八歳の男子。純粋無垢でどこまでもかわいいさくらに、発情することもあるはずだ」


「俺は、さくらを守ります。誓います。さくらが無事に卒業するまで、男女のラインは絶対に越えません。家主さんにも、妹と住むと言ってあります」


「口先では、なんとでも言える」


「信じてください。四年。俺はさくらを守り、己が職人として成長できたら、改めて求婚します。けれど四年の間に、俺以上の男がさくらの前にあらわれたら、そのときは潔く身を引き、兄として祝福します」


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