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同じ 鍵を 持っている  作者: 藤宮彩貴


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9 運命のベルは鳴った③

「玲の、新居探しは進んだ?」


「東京にいる限りはインターネット中心だけど。おじさんにも希望を伝えて、心当たりをお願いしてある。ただ、こだわってくると、難しいからさ」


「こだわっているの?」


「どうせなら、建築学科志望を唸らせる物件がいいだろ。詳しい内容は、秘密」


「ええ? 知りたい……早く」


 しばしうとうと、のはずが、お行儀悪くソファに転がったまま、さくらはそのまま本気で寝てしまった。

 

 玲がブランケットをかけてくれたけれど、さくらは全然気がつかなかった。



 センター試験は意外と手応えがあった。自己採点の結果でも、さくらにしては上出来だった。

 久しぶりに自宅に帰り、玲や聡子と会話ができたからリラックスできたのかもしれない。

 玲の手料理も、ポイントが高かった。



 だが、東京で第一志望にと考えていた大学には、残念ながら落ちてしまった。

 それでも第二志望は受かったので、大学進学は確定した。



「忘れ物はないか? 鉛筆、消しゴム、受験票。弁当、飲み物。ハンカチ、ティッシュ、マスク。試験中は、携帯電話の電源を切るのを忘れないように。ええと、それからそれから……」


 二月下旬。


 京都で、本命大学の二次試験が行われる。

 一次選抜をくぐり抜けたさくらは、ひとまず本命の難関校の受験まで漕ぎ着けた。

 はっきり言って、これからが、勝負だ。


 前日に玲とふたりで京都入りしていたさくらは、いやに落ち着いていた。

 

 できることは、やった。

 あとは、受け入れるのみだという姿勢で、臨んだ。

 だめだったら、単純に実力不足だったということ。


 門の前まで見送りに来てくれた玲のほうが、心配顔である。

 ほかの受験生が、みんな勉強ができそうに見えて焦っているようだ。


「教室まで、ついていこうか? 祥子が通っている大学だから、俺、大学の構内も詳しいぞ?」


 いろいろと、声をかけてくれる。


「だいじょうぶ。ありがとう。西陣の家で待っていて。私、全身全霊で、全力以上の力を出し切ってみせる!」


 私は、できる。

 これまで、がんばった! 

 体調もいい!!

 運も向いている!!!


 そう豪語し、息巻いてテスト用紙に向かったものの、さすがに試験は難しく、与えられたテスト時間を持て余してしまうほど、さくらはまるで回答できなかった。


 いくら焦っても答えどころか、考え方も思いつかない。

 なのに、隣りや後方からはかりかりと地道に鉛筆を走らせる音が聞こえてきて、さくらに焦りが襲いかかる。

 恐怖を感じながら、さくらもとにかく答えを書いて空白を埋めてゆく。


 試験科目が進むごとに、ダメージは雪だるま式に増えてゆき、蓄積され続けた。

 一日が終わるころには、迎えに来てくれた玲の支えがなければ歩けないほどだった。


 目の前が真っ暗とは、このような状況を指すのだろう。



 あまりの不出来っぷりに、西陣の家をどう出たのかさえも覚えていない。

 しかしふたりは、試験の間泊めてもらったので、高幡春宵と祥子にはお礼の挨拶を述べてから東京へ帰った。


 いとこの祥子だけが、いやに明るい笑顔だったのは、目に焼きついている。


「新居の下見もするつもりだったのに、帰ることになってごめん」


 本来の予定ならば、もう一泊させてもらって、新居となる物件を回るはずだった。


「いいよ、また今度で。試験の結果、出てからでも遅くない。合格発表は、三月五日だね」


「ごめんなさい、私のせいで。がんばったつもりだったのに、全然足りなかった」


 さくらは玲に深く頭を下げた。


 せっかく、ついてきてくれたのに。

 家族もみんな、協力してくれたのに、実現できなかった。


「大学に入ることがゴールじゃない。さくらにとって大切なのは、建築の勉強をして仕事に生かすこと、だろ。今回の受験は、無駄になんかならない」


「ありがとう」


「さくらはがんばった。やりきった。短い準備期間で、ここまで来たんだ。胸を張って自分を誇れ」


 なぐさめてくれている。

 玲の心遣いがうれしい反面、痛かった。


 一緒に東京の自宅へ帰るかとも聞かれたけれど、さくらはそのまま軽井沢に戻ることに決めた。

 大学受験の全日程は終了したが、涼一の軽井沢勤務は三月いっぱい続く。

 さくらは、最後まで父につき添うつもりでいる。

 東京の大学に行くならば、準備は四月以降でも間に合うだろう。


「俺は卒業式が終わったらすぐ、京都へ向かうよ」


 卒業式は三月十四日。

 玲の意志は揺るぎない。羨ましく、そして少しまぶしい。


「……ゴールデンウィークには、京都まで遊びに行きたいな」


「待っている。すぐに会える」


 東京と京都に、離れてしまったら。


 自分の心の隙間には、類が入り込んでくるだろう。

 玲の心には、祥子が。


 想いは変わらないと信じていても、ふたりを隔てる距離はどうしようもない。



 東京駅で玲と別れたさくらは、新幹線を乗り換えて父の待つ軽井沢へ戻った。

 一日早い帰宅に、涼一は驚いていたが、さくらの元気のなさの原因にすぐに気がついたようで、やさしく頭を撫でるだけでなにも訊かなかった。


「お前も京都へ行く! なんて言い出したときは、私も動揺したけれど、さくらなりに努力したし、合否がどうあれ、この経験はよかったと思う。玲くんとのことも、もっと冷静に考えてみなさい。玲くんはとても魅力的な男子だが、さくらの将来は長い。浪人するつもりはないんだろ?」


「うん。東京の大学で、希望の学部は受かっているから。浪人したって、受かりそうにないし」


 自分に選べる道を、進むしかない。

 かけおちは憧れるけれど、現実にはできない。


「そうだね。私も、さくらを浪人させたくはない。軽井沢にいては、進学の準備もはかどらないかもしれないが、あとひと月。少しずつ、身の回りを整理していなさい。たまには、登校するといいよ。今の時期は、自由登校なんだろう。スキー場で、アルバイトをしたっていいし。父さんの会社が経営しているスキー場、慢性的に人手不足なんだ」


「働いてもいいの?」


「ああ。軽井沢で、好きなことをしなさい」


 涼一の勧めもあって、さくらはスキー場でアルバイトをすることなった。

 玲に逢うために京都へ通うなら、お金が必要。

 自分のために行くのだから、自分で稼がなければならない。


 割り当てられた仕事は、スキーグッズレンタルの受付だった。

 朝の八時から、基本は午後五時。トップシーズン週末のナイター営業中は夜八時まで。

 

 仕事が休みのときは、思う存分スキーができた。

 といっても、スキーのセンスがないらしく、あまり上達はしなかった。


 東京生まれ東京育ちのさくらにとって、はじめは珍しかった雪も、すっかり見慣れた光景になってしまった。



 そして。

 京都の、本命大学の合格発表があった。



 さくらの受験番号は、やはり、なかった。


 覚悟していたが、落胆した。

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