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同じ 鍵を 持っている  作者: 藤宮彩貴


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8 はなれたくない、ちかくにいたい②

 酔っていて顔は赤いものの、涼一の声はいたって真面目だった。

 朗らかに笑っていた聡子も、途端に姿勢を正した。


「なんだよ、あらたまって」


「構えちゃうよ。どうしたの、父さま」


 たぶん、いやな話。

 聞きたくない話だ。


 さくらは思わずテーブルの下で手を伸ばし、隣に座っていた玲の手を握ってしまった。

 両親の手前、玲は少し驚いたように眉を動かしたが、やさしくそっと握り返してくれた。



「三月まで、軽井沢支社への転勤が決まった」


 父の勤めている会社は、リゾート関係の仕事をしている。

 これまでにも、国内の観光地への出張は多かった。

 けれど、片親で娘がいるという家庭の事情を考慮してくれたらしく、地方赴任ということはなかった。


「軽井沢に欠員が出て、どうしても穴を埋められないそうだ。この時期だから、希望者もいなくてね。私が行くことになった。勤務は三月までだと、はっきり提示してくれたから、決めたよ。次の月曜、週明けから向こうで働くよ」


「そんな、父さまが。ほかにも誰かがいるでしょ。どうして?」


 さくらは反論した。


「分かってくれ、さくら。できれば、私だって離れたくない。だけど、誰かが行かなければいけないんだ。私はこれまで、会社の好待遇に甘えてきた。今後はもっと貢献したい」


「私、受験なんだよ。父さまがそばにいないと、不安。置いて行かないで」


「その件なんだが。さくら、おまえを軽井沢へ連れて行くことにした」


「さくらを?」


 大きな声を発したのは、玲だった。


「うん。通学は長くなって大変になるが、今だって昼の弁当を作るために、朝は五時ごろ起きているんだろう。新幹線の始発に乗れば、学校は間に合う。軽井沢では、かえって静かに勉強できる環境かもしれない。食事つきの社宅があるからね。掃除だってしてくれる、ホテル並みの設備だよ」


「俺は反対だ! 環境の変化に、さくらが戸惑うかもしれない。長野は寒いし、体調が心配です。涼一さんがおひとりで行けば……すみません」


 つい本音を漏らしてしまった玲に、両親の苦笑が集まった。


「それほどまでに、玲がさくらちゃんと仲よく一緒にいたいって気持ちは、とてもいいんだけど、さくらちゃんがこの部屋にいると、なにかと家事をお願いしてしまいそうだし、さくらちゃんには、万全の態勢で受験してほしい。玲だって、ひととおりの家事はできるし、この家としては問題ないでしょ」


「それは、確かにそうだけど、俺たち家族だろ。簡単に離れていいのか? あれか、先日言っていた、学校側への配慮か?」


「きみも、京都へ行く準備がいろいろあるだろう。そちらに、専念してはどうかい。さくらが一時期いなくなれば、類くんだってさくらをからかうのをやめるだろう。悪い提案ではないはずだ」


「じゃあ、この私に、新幹線で通学しろってこと?」


「そうなるね。学校には、月曜日に私が説明する。卒業まで、最低限の出席をして、あとは受験に備えればいい。けっこういい案だと思わないか」


 玲と離れるのはいやだ。

 とにかく、いやだ。

 一分でも一秒でも一緒にいたい。

 さくらは玲の手を握り直した。すると、玲も応えるようにぬくもりを込めてくれた。


 そして。



 つないだ手を両親に見せつけるかのように、高く持ち上げた。


「俺たち、両想いになったんです! 俺にはさくらが必要で、さくらには俺の支えが必要なんです」


 突然の告白に、涼一と聡子は呆気に取られている。

 続けて玲は、たたみかけるようにことばを紡ぐ。


「高校を卒業したら、俺は京都へ行きます。涼一さんは聞いたでしょうか、糸染め職人の話。亡き父の実家に、弟子入りします。さくらがそれを知って、決断したことがあります。こちらの話も、聞いてください」


 さあ、と玲がさくらを促した。

 明らかに動揺している涼一をさらに窮地へ追い込むようなことはしたくないけれど、今ここで宣言しておくしかない。


 さくらは大きく息を吸い込んだ。


「私、京都の大学へ進学したい。京都にある大学を受験して、玲と京都へ行きます」


 軽井沢へ異動どころの話ではない。

 血の気が引けゆく、そんな父の顔をさくらは初めて目撃した。


「冗談だろう、さくら。玲くんについて行くなんて。こいつはさくらの兄だよ、義理だけど兄だよ!」


「俺たちは、もう離れません」


「それは、さくらと結婚したい、ということか?」


「将来のことは分かりません。だけど、さくらを大切にしたい。守りたいです」


「さくらちゃんも、玲と同じ気持ちなのかしら?」


「はい。玲のそばで、生きたいです」


「なんということだ!」


 涼一は頭をかかえたかと思うと、目の前のビールを一気飲みしてフローリングの上に、どうと倒れ込んだ。


「俺の、さくらが。掌中の珠のさくらが、男に奪われるなんて!」


 そして、転げまわってどんどんと床を叩く。

 酔っているとはいえ、思慮あるおとなの行動とは思えない。


「あなた、さくらちゃんだって女の子。相手が玲だったのは驚きだけど、受け止めなくては」


「うう、さくらが……さくら!」


 まるで、娘が死んでしまったかのような大騒ぎっぷりである。

 さくらは次第に気恥ずかしくなってきた。


「野獣の弟に喰われる心配をした矢先、実は兄のほうに奪われてしまっただと? なんということだ、まったくなんという……やはり、さくらはこの部屋に置けない。首に縄をくくりつけてでも、軽井沢へ連れて行く。絶対に絶対に絶対に決めた!」


「さくらちゃんはペットじゃないのよ、涼一さん。冷静になって。私たちの留守中に結ばれてしまったなんて、ちょっと憎たらしいけど」


「結ばれていないって。心を確かめただけだって」


「あら、玲ってば意外と奥手ね。類と違って」


「当然だ。さくらを、傷つけたくない」


「まあ、いっぱしの男ぶっちゃって。悠長に構えていて、横から誰かさんにかすめ取られないようにしなさいよ」


「聡子、ビール! いや、ワインか!」


「はいはい」


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