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同じ 鍵を 持っている  作者: 藤宮彩貴


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8 はなれたくない、ちかくにいたい①

「で、婚前旅行したと。はあ、ごちそうさま、柴崎夫妻」


 京都行きの一部始終を聞いた純花は、あきれていた。


 昼休み。中庭。お弁当を広げている。

 今日も、青い空が心地よく広がっている晴天だ。


「そんなんじゃないよ、そんなんじゃ。ぐふふっ、まあ、確かに昨日の夜は部屋にふたりだったけど、普通にごはんを食べて、それぞれ自分の部屋で寝ただけ。くたくただもん。今朝の玲はバイトだったし、登校してはじめて今日は顔を合わせたぐらいで」


「愛妻弁当を渡したときか。すごい笑顔だったよね。あんたら、教室で見つめ合っちゃってさ。なに、あの距離感? あの雰囲気? 柴崎くんも、夜這いとかすればいいのに。さくらも待っていたりして」


「玲はね、親の許しが出るまで、我慢するんだって。うふふっ」


「あー、そうですか。でも、大学はどうする。決めたの?」


「玲が住む予定の、西陣の近くがいいからね。もうちょっと調べる」


 純花は、おおげさにため息をついた。


「はああーー。さくらと柴崎くんが、そこまでらぶらぶになるとはね。きょうだいなのに。特に、柴崎なんて普通に常識人っぽいのに意外」


「正直、私も驚いているよ。ずっと演技だと思っていたから」


「思いは通じても、これから第二幕のはじまりってところだね」


「うん。明日、親が帰ってくる予定だし」


「ほかの男を捜しに、京都までついていってくれた、天下のカリスマモデルを振るとか、信じられない。あんたって贅沢だなあ、ほんと。じゃ、今夜もまさかふたりで、金曜の夜を」


「違う、たぶん類くんが帰ってくるし。三人だよ」


「いや。普通なら、ルイくんは帰りづらいと思うけどね。兄と姉が、らぶらぶの家なんてさ」


 それは、確かにそうだ。

 まだ、玲にはなにも説明していない。

 類との京都の一夜、しなくて済むとは思えない。



「でも、家族だもん。玲も、類くんも」


「兄と相思相愛になる人の言う、『家族』か。さくらに都合のいい家族だね。説得力、ゼロ。あっ、いとしの彼だ」


 渡り廊下の奥から、玲がさくらを目がけて駆けてきた。


「さくら。今日、一緒に帰ろう」


「うん。うれしい」


「俺も」


 隣で聞いていた純花が、本気でお茶を吹き出した。


「うわあ、聞いていられませんね、この会話。あとは、熱々なおふたりさんでどうぞよろしく。京都みやげのお菓子、ごちそうさまでした」


 純花は弁当箱を畳むと、そそくさと逃げるようにして立ち去った。

 玲は、純花が座っていた位置に座る。


「じゃま、したか俺?」


「純花流の、気遣いだと思う。だいじょうぶ。でも玲、バイトはいいの?」


「今日は、類が帰って来る予定だろ。あいつとさくらをふたりきりにできない。またどこかへ連れて行かれでもしたら、俺の気が狂うかも。てか、狂うな」


「類くん、悪い子じゃないよ。趣味が変わっているだけで。じゃ、三人分の夕食の買い物して、帰ろうか」


「ああ。荷物持ちならやる」


「ありがとう」



 学校が終わり、駅までの道を並んで歩く。

 同じ電車に乗り、他愛もない会話を弾ませる。


 自宅の最寄駅で降り、食事の買い物をする。

 今夜は玲のリクエストでカレーに決まった。

 明日になったらカレーうどんにしてもいい。少し多めにつくるつもりだ。


「俺も手伝うわ。支度が早く終われば、さくらは勉強ができるだろ。さくらにはちょっと気合い入れてもらって、京都の大学に合格してほしいから」


「うん。がんばる」


 同じ鍵で、家のドアを開けられる。

 家族。きょうだい。そして大好きな人。


 自宅に戻ると、さくらはすぐに着替えて夕食のしたごしらえにかかった。

 玲も手伝ってくれている。


「なんか……夫婦みたいだな」


「うん」


「いつか、っていうか、京都へ行ったらこういうこと、もっとたくさんできるだろうな」


「私、玲の部屋に押しかける。それで、ごはんを作っちゃう」


 実はひそかに、京都でも同居したいと思っている。

 けれど、今はまだ言えない。


「うれしいことを言ってくれるね、さくらは」


「へへ。当然です。玲はほんと、手際がいいね」


 じゃがいも、にんじん、玉ねぎ。

 包丁さばきの華麗さに、見とれてしまう。


 なごやかムードのまま、まったりとしていると、玄関のドアががちゃがちゃと音を立て、部屋のドアが急に開いた。


「ただいまー」


「帰ったぞ」


 ふたつの声が聞こえた。台所のさくらと玲は顔を見合わせた。玄関に向かって走り出す。類ではない。


 大荷物をかかえた涼一と聡子が、靴を脱いでいるところだった。


「父さま?」


「母さん? 帰宅は明日の予定じゃなかったか」


 息子と娘の調子外れな声に、苦笑の両親。


「そうなの。帰るのは明日と思っていたんだけど、予定変更」


「急だったな」


「いいにおい。おなかすいた。カレー?」


「類くんは、まだ帰らないのか」


 自宅での通常モードに入ろうとする涼一と聡子に、さくらは戸惑った。

 ……惜しい。せっかくの、玲との時間だったのに。


「あいつはまだまだ遅いらしい」


「おみやげ、買って来たわよー。リビングで広げるわね」



 ふたりの新婚旅行先は、沖縄だった。

 国外よりも国内のリゾートを選んだのは、ふたりの趣味らしい。

 本島のほかに、石垣島、宮古島、竹富島を周遊したらしい。下手に海外へ行くよりも、ずっと贅沢だと思う。


 スーツケースの中からは、お菓子、沖縄そば、Tシャツ、アクセサリー類の小物、星の砂、シーサーの置物まで、ぞろぞろと出てくる。


「こんなにいっぱい」


「会社でも配るから、いいのいいの。さくらちゃんが、いちばんに選んでいいわよ。かわいい娘だもん。無事にお留守番できた?」


「五歳の子どもじゃないんだぞ、さくらは十七歳だ。お留守番とかいう言い方はよせ」


「気遣ってもらえるっていうのは、素直にうれしいよ私。じゃあこれ、いただきます」


 さくらは白い小さな貝の置物を選んだ。


 親の新婚旅行中に、かなり、いや相当とんでもないことが多数、起きた。

 けれど、帰宅直後のふたりの前ですぐに報告する事項ではない。

 きっと、玲も京都行きの件を切り出すタイミングを窺ってくれているだろう。


「おいおい。気遣いとか、それは家を空けがちにしていた、父へのあてつけか? さくらも成長したな。父親をなぶり痛めつけるなんて、高度なスキルを体得していたとは」


 涼一が悲しんだ。


「それより、ふたりとも、おなかは空いてない? カレーがそろそろできるから、仕上げてくるね」


 さくらは立ち上がった。


「あ、俺も。両親、手洗いうがいをしてきてくれよ。うちには、受験生がいるんだから」


 スリッパをぱたぱたさせながら、玲がさくらに続いて台所に入った。


「まあ、玲ってば」


「すっかりさくらのナイトだな」


 両親は笑っている。


「……笑っていられるのも、今のうちだ。特に涼一さん、あなたは悶絶するよ」


 玲が暗い笑いをたたえ、呪うようにつぶやいた。


「そんな怖いこと言わないで。真剣な話なんだから」


「いつの時代も、男の戦いというものは殺伐としているものなのだ! ぐはは!」


「珍しく熱くなっちゃって。『ぐはは』とか笑う人、リアルで初めて見た」


「俺とさくらのことだから。あとには、引けない」



 四人でにぎやかにカレーを平らげると、あとは両親がだらだらと飲みはじめた。

 沖縄の話でもちきりだ。

 玲は行ったことがあるようで、たまに相槌を打って会話を聞いている。


 さくらには、沖縄は縁遠い。

 聡子に渡された地図を開きつつ、感心するばかりだ。


 ふたりだけの結婚式、ダイビング、カヤック、水族館、テニス、ゴルフ、それにエステ。


 いつかは、自分も玲と行きたい。

 飛行機を使うような遠い場所でなくてもいい。

 京都行きは、旅行ではなかった。


「いいなあ」


 ふと口から出てしまったさくらのことばに、聡子が鋭く反応する。


「そうだ、次は家族で行きましょ、家族で。家族旅行って、とても憧れていたの!」


「学校がある」


 すげなく玲が断った。


「だから、長い休暇のときに。今度の冬休みは、さくらちゃんが受験だから難しいかな。スキーとかでも、よかったんだけど。春休みに、どこか計画しましょ!」


「類くん、行けるかな」


「絶対に行かせるわ。類ばかり、仲間外れにしないで。あの子、仕事も趣味も変わっているけど、中身は普通の十代男子だから」


 類も一緒の家族旅行。

 各地で大騒ぎになるだろう。

 想像するだけで、大変そうだ。


 少し前までは、自分も旅行が実現できたら楽しいと思っていたけれど、ひどい形で類を振り、玲と両想いになった今、さくらはどんな顔で家族を続ければよいのか分からない。

 義理の兄と心を通わせたことを、親もまだ告白していないのだ。


「そうだね。次は皆で一緒に。今回は、急用もできて緊急帰宅になってしまったし。ふたりには、その話をしておきたい」


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