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同じ 鍵を 持っている  作者: 藤宮彩貴


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5 絶望の果てには夢がある⑥

「ごめんね、類くん」


「そう。嫌いなんだ、ぼくのこと。まあ普通、そうだよね。いきなり弟とか、好きとか言われても、迷惑だよね」


「迷惑じゃないよ、私の中でも整理がついていなくて」


「しかも、玲とできちゃった。さくらを気に入ったのは、ぼくが先だったのに。ううっ」


 おいおいと、類は涙を流しはじめた。


「えっ、待って類くん。どうしたの急に」


「さくらになら、分かってもらえると思ったんだ。同じような立場の人に、はじめて逢ったのに。家族のあたたかさに飢えていた人に、逢ったのに」


 日本一の売れっ子モデルを泣かせてしまった。

 きらきらの、きれいな涙である。


 さくらは申し訳なくて、慌てた。


「あのね、玲と仲よくしているのは、全部演技なんだよ。早く、類くんが私を諦めるようにって。だから、泣かないで」


 さくらは類の涙に負け、さっさと白状してしまった。


「なあんだ、やっぱりそうか」


「……やっぱり?」


 類は黒い笑いを浮かべていた。

 涙を流してはいたが、嘘泣きだった。


「おかしいと思ったんだよねー。柴崎家唯一の常識人・玲が、義理とはいえ、妹とくっつくなんて、ありえないもん。さくらも玲相手によくやるよ、少し信じちゃったもん。あんなにいちゃいちゃしてさ、ちょっと妙な気分になったでしょ」


 引っかかってしまった。誘導されてしまった。

 がっくりと、さくらはうなだれた。


「現在のさくらに、彼氏あるいは恋人はいない。これでいいね」


「はい。騙していてごめんなさい……」


「とても素直でよろしい。じゃあ、さくらも勉強すれば? さくらの志望校、けっこう難しいところでしょ。あの大学が第一志望なら、もっと成績上げなきゃ。この前の模試、だいぶ点数が下がっていたじゃん。地方の大学なんて行かれたら、ぼくがさくらで遊べなくなる。ぼくも勉強を続けるから。さ、部屋に行った行った」


 あくまで、自分中心。


 さくらがぽかんとあきれて放心していると、再び畳みかけてくる。


「行かないの? 襲われたいなら、襲ってあげるよ。ぼくなしでは生きられない身体にしてあげようか。そういうのも、得意だよ。きみが好き。今みたいに怒っている顔も、困っている顔も、けっこう好き。だから、ぼくにいろんな表情を見せて。さくらはぼくのこと、どう思う? 早く返事をちょうだい」


 ここで今、告白されるなんて。

 さくらは動揺のあまり、飛び跳ねた。


「いいいい、行きます。部屋に戻ります。類くんも勉強、がんばって! モデルのルイくんも好きだけど、社長の類くんも見てみたいな」


 飲みかけのコーヒーもそのままで、さくらは自室に向かって逃走した。そして施錠。

 手が、震えている。


 類がピッキング巧者と知っていても、ここは鍵をかけておくべきだ。

 一応の用心として、ドアの前に片づけ途中の重い段ボール箱を積み上げ、すぐには開かないようにくふうした。


 耳を澄ましてみると、リビングからは鉛筆の動く音が低く聞こえてくる。

 真面目に勉強しているらしい。


 さくらはほっとした。あのまま襲われるかと思った。

 けれど、類は突然さくらを突き放した。

 どのような心境の変化だろう。

 首を傾げてみる。


 さくらはしっかり勉強して、自宅通学をしなければならない?

 地方に進学されては困る?


「あっ、類くん。なんで私の模試の結果を知っているわけ……また勝手に部屋に入って、机の引き出しを開けたな、もう」


 親にも玲にも隠していた成績なのに。

 でも、とりあえず、この身は無事だった。


「だから報告しろって言ったのに」


 帰宅するなり、玲はさくらを怒鳴り散らした。

 類の早すぎる帰宅を知らせなかったからだ。

 新婚旅行中の両親にさくらの身を頼まれている手前、玲は類の行動には過敏になってしまっている。


「だいじょうぶだったよ。ごはんを一緒に作って食べただけだもん。あとは、個人の時間。私は勉強していたし、類くんも自分の時間を過ごしたから」


「俺が帰ったとき、食器を一緒に洗っていたじゃないか。迂闊に近づくなよ」


「洗いものを手伝ってもらっただけ」


「洗いもの? いつも、手が荒れるからいやだとか豪語していた類が、さくらのために皿洗いをか」


「うん。新婚夫婦みたいだったよね、さくら」


「そ、そうだね。どうもありがとう。助かったよ」


「一緒におふろも入ろう、の提案は断られたけどね」


「当然だ。ほんとうの姉弟でも、十代後半の男と女が一緒に入っていたら、まずいだろうが。ましてや、お前たちは義理の関係」


「でもさー、間近でさくらを見ていたら、欲情しない? こんなに近くに、かわいい女の子がいるんだよ、しかも義姉で処女なんて、すげーおいしい立場の」


「ばかばかしい。こいつで遊ぶのはやめろ。さくらは軽くない」


「どうして、玲はいちいち、さくらを監視するのさ。もしかして、さくらのことがほんとに好きとか?」


 一瞬、玲の瞳に翳が宿った。

 さくらは、その次のことばを待った。

 けれど。


「うるさい」


 玲の口から出てきたのは、はぐらかしのことばだった。

 そして、自分の部屋に戻ってしまった。


 さくらは落胆した。

 できれば玲の気持ちが、聞きたかった。

 たとえ、『嫌い』のひとことでも、よかった。

 この、うじうじとした心境から逃れたかった。


 そう簡単には抜け出られないらしい。

 ましてや、他人の質問に便乗してラクをしようなどとは、論外なんだ。


「かわいくないのは、昔からだから。さくら、傷つかなくていいよ。あれ、玲らしい肯定の態度だからさ」


「肯定?」


「そ。さくらに相当本気と見たね、ぼくは」


「まさか」


「その、まさか。心当たり、ないの」


「うん」


 嘘のようだ。あのそっけない態度で、気があると言うのか。

 分からない。

 すべて、演技だったはず、なのに。


「さくらが鈍感だから、玲は怒ったのかもね! まあでも、そのほうが、ぼくには都合がいいや! じゃ、そろそろ寝よっか、さくらの部屋で! 勉強以外のことなら、いろいろ教えてあげられるよ!」


 語尾を、やたら大きな声で強調した類に、玲が部屋から出てきて、アイドルモデルの頬に平手を食らわそうとする。


 類も負けていない。

 着替えている途中だったらしい、玲の制服のゆるんだベルトを、類はがっちりつかんでずり下げようと企んでいる。


「さくらに、玲の醜態を晒してやれ。こいつ、うわべを繕っているだけで、もれなく中身は、ただのケダモノだからさ」


「困っているだろうが。やめろよ、そういう笑えない冗談は。さくら、早く今のうちに部屋に入れ!」


 つかみ合いになるふたりを、さくらは止めようした。


「やめて、だめだよ。玲、離れて。類くんも、もう寝よう」


「ぼくはさくらが好きだ。さくらなら、ぼくの容姿だけじゃなくて、本質をはっきりと見てくれる。さくらが必要なんだ。ずっと一緒にいたい。結婚したいと思っている」


「軽々しく、結婚なんて言うな。十七のお子さまが。第一、お前みたいな超売れっ子が簡単に結婚できると思ってんのか。お前の、守るべきさわやかなイメージがあるだろ、イメージが」


「十八歳の誕生日まで、あと半年。結婚したって、さくらは、東京で大学生を続ければいい。ぼくも調べたんだ。親が再婚の連れ子どうしは、結婚できるんだって。だから、ぼくたちの間に子どもができちゃえば、売れっ子だろうと結婚まっしぐらでしょ」


「こ、子どもだと?」


「玲は、高校を卒業したらすぐに出て行くんだろ、このマンションを。どちらにせよ、あと半年。さっさと行きなよ」


 玲が家を、出る? 


 いずれ出て行く。

 そんな話、聞いたような気がしていたものの、もう少し先のことだと思っていた。

 半年後の話だったとは。


 誰を頼ればいいのか、分からなかった。


 誰も、あてにしてはならないような気がしてきた。

 さくらは無言で玲と類の取っ組み合いを制し、無言で自室に籠もる。

 泣きたくないのに、涙が止まらなかった。


 なぜ、こんなに胸の鼓動が高鳴って混乱するのだろう。


 玲の態度に?

 類の告白に?



 ふたりとも、失いたくない。


 さくらは逃げたかった。


 どちらも、選びたくない。


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