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同じ 鍵を 持っている  作者: 藤宮彩貴


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4 夜明けのハプニング①

 今日一日は授業がしんどかった。


 学校を終え、放課後になるとさくらはすぐに下校した。

 駅前のスーパーでそそくさ買い物を済ませ、帰宅する。


 制服を脱いで適当な部屋着に着替え、ベッドで仮眠を取ることにした。

 少し休んでからでないと、夜の食事の支度もできないと思ったからだ。


 幸い、親は仕事で帰宅が遅い。類も夜更けまで仕事が続く予定になっているらしい。

 玲はほどほどの時間に、帰宅するかもしれないけれど自炊できるので、お米さえ炊いておけば、冷蔵庫の中身を見て食事はなんとかしてくれるだろう。


 風呂は洗ってあった。

 掃除は週末にまとめてやればいい。


「長かった……」


 体育の授業などは、仮病で見学してしまったほど。


 類に振り回され、玲に怒鳴られ、ほんとうにしんどい一日だった。


 頭がくらくらする。

 ろくに寝てもいない。

 食事もしていない。


 当然だった。


 ひとりでいることが、こんなに静かで休まるなんて。

 さくらはかかえているもやもやを、考えないようにした。

 今は休みたい。じゅうぶんに休息がほしい。

 玲の怒りも、類の告白も、今のさくらには受け止められない。

 まずは疲労をリセットしたい。

 そればかりを考えて横になっていたら、ふだん寝つきの悪いさくらにはあり得ないほどすっと寝入ってしまった。


 ……どれぐらい、時間が経ったのだろうか。


「できたぞ」


 ドアの外から、ノックとともに声がかかった。

 玲だ。

 目をこすりながらドアを開けてダイニングに出ると、よい香りがする。

 ふたりぶんの夕食が準備してあった。


「煮ものと焼き魚。それに野菜のおひたし、でよかったんだな、晩飯のメニューは」


 テーブルには玲が準備したと思われる夕食が並んでいた。

 できたてで、盛り付け方もうつくしい。


「なんだ。料理は『一応できる』じゃなくて、『得意』だったんだ。ここででは全然しないから、騙されちゃった」


「得意と呼べるほどのものではない。やるときはやる、程度の腕だ」


「謙遜を。これだけできたら、すぐにお嫁に行けるよ」


「あいにく、俺は男だ」


「もったいないなあ。じゃ、私がもらっておいてあげてもいいよ。これからは、夕食当番制ね」


「ま、その話はあとでにして、冷めないうちに食べよう」


「うん。いただきまーす。お、おいしい。誰かに作ってもらう食事っていいよね。久しぶり。最高です」


「涼一さんは作らないのか」


「うん。たまーに、焼きそばとか。一年に一度ぐらい」


 ふたりはあたりさわりのない会話を紡ぐ。

 お互い、傷つかないような、どうでもいい雑談ばかりが続く。


 ほんとうに話したい、家のことや類のことはまったく出て来ない。


 遠回りしていると感じながらも、本音が出せない。

 


 そうこうしていると突然、ぶちっと電気が消えた。

 部屋が、真っ暗になった。


 突然の暗闇に、さくらは大きく口を開けて驚いた。


「ブレーカーが落ちたか」


「ううん。見て」


 窓の外も一様に暗い。どうやら、地域全体が停電してしまったらしい。


 食事の箸を止め、ふたりは携帯電話を手繰り寄せた。

 携帯が、もっとも身近にある明かりだ。


「懐中電灯とか、前に住んでいた家から持って来た?」


「引っ越しのときは確かあったけど、どこにしまったか失念」


「そうだよね。私も、すぐに使えるところに置こう置こうと思いながら、結局忘れていた失念」


 懐中電灯でなければ、蝋燭でもいい。


 さくらは記憶を頼りに明かりを探しはじめる。

 こうしている間にも電気が復旧すればよいのだが、その気配はいっこうにない。


「さくら。お前の携帯は電源切っておけ。なにが起こるか分からないから、残りの電池を大切にするんだ」


「は、はい」


 玲の的確な判断に、さくらは従った。


「俺のそばから離れるな。この暗さに、目が慣れるまでは」


 広いリビングで、玲の携帯の画面だけが光っている。

 気まずいけれど、薄ら寒くて、怖い。

 さりげなく、玲の袖をつかむ。

 さくらの不安を察したのか、玲はからかいもせずに、さくらの背中に手を当ててくれた。

 服の上からも、玲の体温がじわじわと伝わってきて、少しほっとする。


 さくらは、玲と一緒に明かりを探した。


「あ、あった。蝋燭。懐中電灯も」


 リビングの端に積んだままの引っ越し用段ボールの中から、玲は必要なものを取り出した。電池、ライターなども一緒に。


 蝋燭に火を灯すと、ぼんやりとリビングが明るくなった。

 いつもの見慣れた部屋とは、まったく違う印象。

 玲の顔が、薄闇にぼんやりと浮かぶ。


「幻想的」


「怪談でもやるか。停電の夜の怪談大会」


「やだ。しゃれにならない」


「度胸あるのに、怖がりだな。さくらは」


「普通の女の子だもん。怖いよ」


「いや、あの類と対等に付き合えるだけの度胸は普通、ない」


「それってどういう……」


 意味なのか、と聞こうとしたとき、玲の携帯電話が鳴った。

 聡子からだった。


「うん。こっちは平気……電気関係は全部落ちちゃっているけど……さくらと、部屋にいる……食事中だった……母さんも気をつけて、じゃ。分かっているって、類とは違う。なにも、おかしなことにはならないよ」


 手短に、用件だけを話し終えた玲はさくらを見た。


「東京都内全域で、かなり大規模に停電しているみたいだ。電車も止まったから、帰れないって」


「えっ、大変」


「連絡が取れないけど、おそらく涼一さんも足止めを食らっているだろうね。類も。俺らは、自宅で待機していなさいってさ」


 もちろん、どこにも行くつもりはない。さくらは頷いた。


「明かりは確保できたし、とりあえず食事を済ませるか」


「うん。そのうち、復旧するかもしれないし」


 短絡的な希望を持って言ったけれど、電気はなかなか回復しなかった。

 食事を終え、食器を片づけても暗いまま。

 テレビもつけられず、インターネットもできない。お風呂も使えず、本も読めないし、ゲームもできない。

 かといって、ひとりで暗い自室に籠もるのもためらわれる。


 そのうち、だんだんと寒くなってきた。


「エアコンも、床暖房も使えない」


 玲もくしゃみを飛ばした。


「こういうとき、無力を感じるよな。まったく。おい、部屋から布団を持って来い。ふたりで暖を取ったほうが、あたたまる。それで、いつ寝てもいいように着替えよう。いくらなんでも、朝までには復旧するだろうし」


 懐中電灯を持ち、いったん自分の部屋に消えた玲は、パジャマに着替えて戻ってきた。掛け布団を脇にかかえて。

 そして、ソファの上に陣取る。

 

 ローテーブルの上の、蝋燭の火が大きく揺れた。


「なに突っ立ってんだ。さくらも早くしろ」


「あ、ええ。うん」


 部屋が暗くてよかった。

 蛍光灯で明るいところにいたら、たぶん真っ赤になっている顔をすっかり見られてしまったことだろう。


 玲に他意はない。下心もないと思う。

 寒いから。ただ、あたためあうだけ。不安を紛らわすだけだ。

 そう頭では理解していても、大いに動揺してしまう。


「お、お待たせ。玲」


 自室でパジャマに着替えてきたさくらは、玲の前に立った。たとえ同居していても、ふだんはなるべく見せない姿。兄とはいえ、義理の関係。


「この前も思ったが、ずいぶんかわいいパジャマを着ているんだな。思わず、脱がせたく……いやいや、なんでもない」


 さくらが着ているのは、ワンピースタイプの裾が長いパジャマだ。

 色は淡いピンクで、襟もとや袖口に白いレースのフリルがふんだんにあしらわれており、まるで絵本の中のお姫さま。


「この前、一緒に買い物へ行ったとき、聡子さんが買ってくれたの。かわいすぎるから私には無理かもって言ったんだけど、断り切れなくて、つい」


「昔っから、娘の存在に憧れていたからなあ、母さん。目に毒だから、あんまりその恰好で歩くなよ。類の前とか、危険極まりない。俺の心臓にもよくない。でもまあ、今は緊急事態だ。と、隣に来い。かぜをひくよりましだろ。兄らしく、あたためてやる」


「うん」


 電池を無駄にしないために、懐中電灯のスイッチを消した。

 そっと、さくらは手探りで玲の隣に身を寄せる。


 玲の肩が、ぴくんと跳ねた。

 もしかして、いやがっているのかと思い、さくらは玲の顔色を窺った。


「ち、違う! 俺は、類とは違う。あ、あたため合うとはいえ、その、暖を取るために、身体を寄せ合うだけだ。変なところを、くっつけたりはしない。やましい気持ちは、微塵たりとも存在しない。ああ、なに言ってんだ、俺……あーあ」


 言いながら、玲は自己嫌悪に陥っている。


「だいじょうぶ、信じているから。玲のこと」


「お、おう。当然だ。けど、安全過ぎる男ってのも、面白味に欠けるな。さくら、布団から肩がはみ出ている。寒くないか」


「ありがとう。もうちょっとだけ、玲のほうに寄ってもいい?」


「もちろん。頼ってくれ」


 玲の身体は、とてもあたたかい。

 さくらは玲の肩にそっと頭を乗せ、身体を預けた。


 じりじりと、蝋燭が燃える音が部屋に響く。

 ……とても、静か。

 わずかに身じろぐだけで、意外と大きな音になってしまう。


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