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同じ 鍵を 持っている  作者: 藤宮彩貴


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3 ずっとそばにいてあげる④

 もう、どうにでもなれ、だ。


 類の都合で振り回されたさくらは、頭からブランケットをかぶって映画が終わるまで寝た。

 寝続けた。

 類は、たまに立ち上がったり歩いたりを繰り返し、こそこそと覗きを働いていたようだが、さくらにはなにもしなかった。


 そして上演終了後は、類待望のカラオケに行った。

 はじめは、普通に歌を歌ったり踊ったりして普通にカラオケを楽しんでいたけれど、問題のパーティルームに人が集まってくると、類はマイクそっちのけで隣の部屋に耳をくっつけてじっと様子を窺った。

 ソファ裏の壁に、小さな穴が開いていることも発見し、類はここから覗きしほうだいだった。


 空が白みはじめるまで、類はハイテンションで、淫靡な趣味に没頭していた。



 どの時間帯から寝ていたのか、さくらにはさっぱり思出せなかった。


 目が覚めたのは、マンションのエントランスだった。

 類が、自動ドアのロックを解除したとき、不意に覚醒した。


 まわりが、あかるい。

 朝……?


「おはよう、さくら」


 さくらは類におんぶされている。乙女の太ももをがっちりつかまれて。


「よく寝ていたね」


「ここ、うちのマンション?」


「そうだよ」


「下ります。下ろして。ごめんね、重たかったでしょ」


「うん。すごく重たかった。車に乗せるときも、全然動かないし。てか、さくらは眠りが深いね。でもそのぶん、いろいろ触らせてもらった。あんなところにほくろがあったとか。あ、場所は教えない。ぼくだけの秘密」


「えっ」


「嘘、嘘。寝た子を襲う趣味はない。そこまで、飢えてないし」


 エレベーターで七階へ。

 鍵をがちゃりと差すと、部屋の廊下をどたどた乱暴に歩いてくる音が複数聞こえた。


「ただいま……」


「類、さくらっ」


「よかったふたりとも、無事だったのね」


「さくらーっ、類くん」


 玲を先頭に、聡子に涼一。家族全員の手厚い出迎えだった。


「おやまあ、こんな早朝に、全員揃って。柴崎家は早起きだねえ。まだ、六時前だよ」


「ばかか、お前。こっちは一睡もしないでふたりの帰宅を待っていたんだ!」


 玲は類につかみかかった。

 弟の類のほうがやや背が高いけれど、真っ向から挑んだ。そして、頬を殴った。類は玄関に倒れた。


 いっぺんに、目が、覚めた。


「だめだよ。モデルの顔を殴るだなんて、玲」


 とっさにさくらは類をかばった。


「どけよ」


「いや」


「お前を殴るぞ。いいのか。ふたりで、どこに行っていたんだ。一晩中、留守にしやがって。ふたりで、ずっと一緒だったのか、夜」


 殴られた拍子に、類は少し唇が切れてしまったようだ。

 さくらはポケットからハンカチを取り出し、唇をそっとおさえてやる。


「もちろんずっと一緒だったから、一緒に帰ってきたんだよねえ、さくら。楽しかったね」


 類は玲を挑発するかのように、歪んだ笑みを浮かべた。


「俺たちが、どれだけ心配したか分かってんのか。連絡ぐらいしろ。それか、出かけるときは携帯電話ぐらい持って歩け! なにかの事件に巻き込まれたのかと、思っただろうが」


 リビングのテーブルの上には、さくらと類の携帯電話が放置してあった。


「心配し過ぎなんだよ、玲は。さくらだって、たまには遊んだっていいじゃないか。柴崎家の雑用ばっかりさせる気か。使用人じゃないんだからさ。遊び足りない高校生なんだから」


「その、遊び方が問題だ。十七歳で未成年のくせに、夜の間ずっとほっつき歩きやがって。無知で世間知らずなさくらは、類を止めるべきだった。健全から程遠い類は、さくらを誘うな!」


 玲は異様に昂揚していた。


「好きな女を楽しませて、なにが悪い。一緒にいたいんだ」


「好きな女……だと?」


「ま。まあまあまあまあ、玲くん。ここは私らに任せて、高校組は登校準備をしたらどうだい」


 割り込んだのは、意外にも涼一だった。

 涼一は玲と距離を置きつつも、聡子と類の身体をかかえ上げ、リビングのソファに寝かせ、うやうやしく介抱をはじめた。


「類くん、どこかほかに痛いところはないかい? さ、ささ」 


「殴られたんだから痛いに決まっているでしょ。顔が腫れないように、冷やしておきたいです」


 類は涼一の質問にしっかりと答えていた。

 さくらは、ほっとした。

 リビングでは類の治療がはじまっている。まるで王子さま待遇だ。


「……着替えて来いよ。ばか弟は親に任せて、早く、出ようぜこんな家」


「う、うん」


 逆らったら、今度は自分が殴られそうな予感がした。

 ものの三分で、着替えと学校の準備を済ませ、さくらは家を出た。

 ほんとうは顔ぐらい洗いたいところだったけれど、玲が怖くて言い出せなかった。



 朝、六時四十五分。

 さくらにしては早過ぎる登校時間。


 とにかく、さくらはおなかが空いていた。

 昨日の夜、遊園地で夕食を食べたきりだ。

 夜中に活動していた時間が長かったせいか、空腹感も強い。


 はじめてのことづくしで、疲労も半端ではない。

 文字通り、肩に重荷が載っている、そんな感じだ。


「ねえ玲、今から登校しても学校は開いてないよね。だったら……」


「コーヒー、飲んでから行くか」


 さくらの考えは見透かされていた。というか、玲もなにも食べていなかったらしい。

 それで、類に対してあんなに手荒な真似をしたのかもしれない。


「うん。賛成」


 ふたりはコーヒーショップに入った。

 店内には、出勤前のスーツ姿が目立つ。制服姿は、いない。


「朝から、デートみたいだね」


 おどけてみたものの、玲はさくらの冗談にまったく乗ってこなかった。


 よく観察すれば、玲もほとんど寝ていないようで、目が真っ赤に血走っている。

 そんなに、心配させてしまったのだろうか。

 早く弁解したかったけれど、まずは食事が優先か。


 ふたりは、無言でパンをかじった。


 先ほど、類はさくらのことを『好きな女』と表現していた。


 まだ、数回しか会っていない。しかも、自分は姉。


 どういうつもりであんな発言をしたのだろう。


 ひと晩、類の趣味に付き合ったから、気安い女と認定されたのだろうか。

 だるい身体と頭を、さくらは懸命に稼働させていたけれど、まとまらない。


「……で、ここまで説明もなしか」


 先にパンを食べ終えていた玲が、焦れたようにさくらをなじった。


「言うよ。言わないなんて、言っていないし。玲は、私たちを待っていてくれたんだし。というか、なんでそんなに態度が尊大なの」


「俺はお前たちの兄だ」


「兄、兄って言うけどね。あなただって、素行はいいわけ? 神さまみたいに、清く正しいわけ?」


 都合のいいときだけ、兄ぶって。

 どこの誰だか知らない女の子と、ホテルに行っておきながら、弟妹の行動を疑うなんて。


「今はお前の話をしている。どこへ行った。なにをしていた。類に、なにをされた。あれほど俺を頼れと言っておいたのに、類にのこのこついて行くなんて」


「待って。類くんのこと、そんなに悪く言わないで。私たちの弟だよ」


「天使のほほ笑みを持つ悪魔だ、あいつは。気に入った女ならすぐに喰うし、捨てるし、男としては、ほんと最低なやつなんだ。さくらまで、あいつの毒牙にかかってしまったなんて。お前を守れなかった、自分が許せない」


「前提がおかしい。私、類くんに喰われてなんか……ないよ」


「えっ?」


 玲は訊き返した。よほど驚いたらしく、さくらに顔を近づけて前のめりになっている。


「類くん、そんな悪い性格じゃないよ。振り回されはしたけど、力づくでってことはなかったと思う。私も甘かったし」


 さくらは昨夜の行動を話してきかせた。

 遊園地、映画館、カラオケのこと。

 『覗き魔』のカミングアウトについては、類の名誉のために軽く触れる程度にしておいた。


「信じられない。さくらは、類の趣味じゃないってことか。それとも、姉として敬意を払っているのか。嘘だろ、信じられない。だってさっき、はっきり『好きな女』って発言していた。俺、てっきりさくらがどこかのホテルに連れ込まれて一晩中、類のやつに犯されたんだとばかり……姉弟とはいえ、血のつながりはないし……いろんな体位で……あっ」


 失言だった、と玲は口をおさえた。


 確かに、キスはされてしまった。からかわれもした。


 けれど、それ以上の無理強いはされなかった。

 類としてはもっと進んだことをしたいという願望があったようにも思えたが、戸惑うばかりのさくらの気持ちを類なりに汲んでくれたのだ。


「もしかして俺、すっげー先走り……」


「うん。多分」


 顔を真っ赤にさせた玲は、それはそれでかわいかった。

 気を取り直し、さくらは玲の手を握った。


「ありがとう、心配してくれて。うれしい。それと、ごめんなさい。今度からはすぐに相談するよ、おにーちゃん」


「ばかさくら。今さら、おにーちゃんとか、やめろよ。白々しい」


「ううん。頼りにしています。お兄ちゃん」


 自分のことを気遣ってくれる人がいるというだけで、心があたたまる。

 玲の渋谷目撃の件については聞けなかったけれど、新しい玲を知ることができただけで、さくらの胸の内はあたたかくなった。


 けれど、玲の反応は違った。


「そんなやさしい目で、俺を見るな。俺たちは家族だけど、俺にとってもお前は……家族なんかじゃないんだよ!」


 テーブルを拳で叩きつけると、さっさとひとりで店を出て行ってしまった。

 さくらは茫然と、取り残された。



 ……一方。


 家に残された類は、というと。


「よし、血は止まったぞ類くん。今日も仕事なんだろう」


「ええ。雑誌の撮影が」


「玲が暴力を振るうなんて。困った兄ねえ」


「さくらが絡んでいたから、必死になったんでしょ」


 類はほほ笑んだ。


「類くん。さくらのこと、ほんとうに、その。す、好きなのかい?」


 涼一が遠慮がちに訊いた。

 もちろん、男親としては、当然押さえておくべき重要点である。


「ええ、オトーサン。ぼく、さくらのこと大好き。さくらはぼくに媚びないから、ぼくもほんとうの自分が出せる。ぼくの子どもを生んでほしい。早く結婚したいな。あ、今は姉弟なんだっけ、ぼくたち。どうしたら結婚できるかな。やっぱり、周囲に有無を言わせないような状況に持っていくのがベターかな、なんて。ふふっ」


 類の思いも寄らない告白に、涼一だけではなく聡子も面食らった。


「さ、さくらは家族。きみの姉だよ」


「そうよ。さくらちゃんは、とてもいい子だけど」


「それはじゅうぶん分かっていますよ、オトーサン。でも、止められない感情って、あるんですよ。あなたたちが大きな子どもを持ちながら、同居をはじめたように。ま、さくらに出逢えて、ぼくはあなたには感謝しているぐらいです」


 天使のほほ笑みに、涼一は返すことばがなかった。


「姉なら、マスコミの追及も逃れやすいですし。ぼくには有利なことづくめです」


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