美しく輝くあの人は②
ホルステイン侯爵邸のマニシャの部屋。本日のパーティーに向けて念入りに準備している最中だ。しかしマニシャの表情は暗い。
わずかな期待と大きな不安を抱えて参加した社交界デビューとなるパーティーで、マニシャに向けられた侮蔑の視線は、マニシャの背筋をぞっと冷やし、息が苦しくて長くその場にいることができなかった。
何度も練習したカーテシーは手足が震え、バランスを崩してしまい、頭上から誰かの失笑が聞こえた。
それがトラウマとなって、その後参加した数回のパーティーでは、ほとんどの時間をうつむいて過ごしていた。
ジュエルスは気にすることはないと言ってくれたが、気にならないはずがないし、覚悟をしていたこととはいえ、やはり耐えがたい。
マニシャはチラッと侍女のモニカを見て、小さく溜息をついた。
モニカは、ジュエルスの前妻サフィリナの専属侍女だった女性だ。当然マニシャの侍女などしたくはないだろうが、誰もマニシャの侍女をやりたがらなかったため、モニカが名乗りを上げてくれたのだ。
屋敷に来たばかりのころはそんな事情も知らず、淡々と仕事をこなすモニカとうまくやれていると思っていたのだから、なんて吞気なのだろう、と自分に呆れてしまう。
(私のことなんて一番嫌っているはずだもの。……専属侍女なんて、本当は辞めたいわよね)
しかしそれをわかっていても、彼女がマニシャを見すてたら、誰も侍女をしてくれなくなるのではないか、と思うとそれを口にすることもできずにうつむいてしまう。
なにもかもがいやだ。ただジュエルスを好きになって、子どもができて、結婚をしただけなのに。ただ幸せになりたかっただけなのに。
「今日のパーティー……行きたくないわ」
思わず声がもれてしまったが、侍女のモニカはなにも言わずマニシャの髪をといている。
「……」
次第に溢れた涙がボロリとこぼれてマニシャの手の甲を濡らした。
「……」
それでもモニカはなにも言わずに髪を整えた。
マニシャは唇を嚙んで必死に声を殺す。
すると背後から小さな溜息が聞こえて、マニシャはますます背中を丸めた。
「私がマニシャさまの専属侍女をしているのは、サフィリナさまに頼まれたからです」
「え?」
驚いて顔をあげたマニシャ。
「正直に申しあげますと、サフィリナさまから頼まれていなければ、絶対にしていませんでした」
実際、名乗りを上げるまでにはそれなりに時間を要したし、苦渋の決断だったと言っても大袈裟ではないくらいだ。
「マニシャさまは私が敬愛するサフィリナさまを追いだした人ですし、許せるはずがありませんから」
マニシャはその言葉を聞いてぎゅっとドレスを握りしめ、肩を震わせた。わかっていたことではあるけど、こうしてはっきり言葉にされるのはかなりきつい。
「でも、マニシャさまが頑張っていらっしゃることは、よく知っています。近くでずっと見てきましたから」
「……」
「正直に言えば、マニシャさまのことはまだ好きになれません。でも、嫌いではありません」
「え……?」
顔をあげたマニシャは、せっかくきれいに仕上げた化粧を涙で崩していて、モニカはわずかに片眉を上げた。
「私は、いつまでもうじうじしているのを見るのが嫌いです」
「ご、ごめんなさい……!」
マニシャは慌てて涙を拭いて、鏡越しのモニカから視線を逸らすようにうつむいた。
モニカはうつむくマニシャを見ながら再び小さな溜息つく。
「……サフィリナさまも領地を持たない男爵で、ここにいらっしゃるまでは、貴族令嬢としての教育に不足しかありませんでした。それでも努力を重ね、常に前を向いていらっしゃいました。……マニシャさまも、そろそろ前を向いてはいかがでしょうか? どんなに恥をかいてもばかにされても、胸を張ってジュエルスさまの横に立ち、前へ進むべきです。そうしなければ、変わるものも変わりません」
「モニカ……」
「……化粧を直しましょう」
モニカはそれ以上なにも言わず、マニシャの化粧を直し、今日のパーティーのために仕立てたベージュ色のドレスを準備した。
王妃が主催する本日のパーティーは、王国中の貴族を招待して、宮殿内で一番広い会場を使って盛大に行われる予定だとか。
もちろん、マニシャが参加したパーティーの中で最も規模が大きいもので、これまで参加してきたパーティーは、この日のための予行練習だとケイトリンが言っていた。
マニシャには予行練習にもならなかったが。
マニシャとジュエルスが会場に着いたときにはすでに多くの人が会場入りしていて、皆、知人を見つけてはあいさつをし、楽しそうに談笑をしていた。
マニシャも少し話をするくらいの知人はできたが、友人と呼べるような人はいまだにおらず、会場を見まわして溜息をついた。
「エル!」
ジュエルスに声をかけてきたのは、現ペリエティ公爵家当主アレクサンドロ。
「元気か? エル」
「ああ、いつもどおりだ」
「それは、なにより。こんにちは、バートン伯爵夫人」
アレクサンドロがマニシャにあいさつをすると、マニシャも緊張しながらカーテシーであいさつをした。
「お、お久しぶりです、ペリエティ公爵」
アレクサンドロは結婚を機に公爵位を継いだ。それと同時にアレクサンドロの弟のマシュートも伯爵位を継いで、現在は自身の屋敷で生活をしている。
「マシューは来ないのか?」
マシュートがいないことに気がついて一応聞いてみる。答えはわかっているのだけど。
「あいつはこういった場所があまり好きじゃないから、ギリギリに来るんじゃないか?」
アレクサンドロは「本当に困ったやつだよ」と言って笑った。
「それにしても、やっぱり王妃殿下の主催するパーティーは規模が違うな」
アレクサンドロは周囲を見まわして首をすくめた。
「そうだな」
ジュエルスがうなずく。
「そういえば、お前会ったか?」
「誰にだ?」
しかしアレクサンドロは、ジュエルスの隣に立つマニシャを見て口を噤んだ。
「アレク?」
「いや、なんでもない」
慌てて辺りをキョロキョロと見まわしたアレクサンドロは、少しホッとしたような顔をしてジュエルスのほうへ向きなおった。
「すまない。知り合いが来たから、ちょっとあいさつをしてくるよ」
そう言って素早く踵を返してその場をあとにした。
「おい、アレク。……なんだ、あいつ?」
ジュエルスは不思議そうな顔をして、それからアレクサンドロが言わんとしていたことに思いあたって、あっと小さく声を上げた。
(もしかして……)
周囲を見まわしたが思った人物は見当たらない。
「エル?」
腕を少し引かれてジュエルスがそちらに視線を向けると、マニシャもなにかを察したのか不安そうな顔をしている。
「……大丈夫だ。なにも心配する必要はない」
「心配しているのは私? それとも、あなた?」
「マニシャ?」
ジュエルスが怪訝そうな顔をしてマニシャを見つめると、マニシャは慌てて手を振った。
「ご、ごめんなさい。なんでもないの、ちょっと緊張していて」
そう言って手にしていたグラスを傾け、一気に飲みほす。
「……そうか」
ジュエルスはマニシャに倣うように手にしたグラスを空にして、マニシャの手からグラスを受けとると侍従に渡した。
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