なぜ私が①
社交シーズンを控えたこの時期になると、多くの貴族が王都に集まりはじめる。おかげで、アンティオーク・シークレット並びにアンティオーク・カジュアルは連日盛況だ。特に本日のアンティオーク・カジュアルは、開店直後から忙しくなることが予想されるため、、従業員を増やして対応する予定だ。
なぜ忙しくなることが予想されるのかというと、今日は店内にディスプレイされているドレスを、その場で購入することができる日だから。オーダーして作るより値段も安くなるため、サイズさえ合えばとてもお買い得なのだ。そのため開店前から並んでいる客もいたほど。
「なによ! もう売っていないの?」
「申し訳ございません。ディスプレイされているドレスは大変人気がありまして」
アンティオーク・カジュアルの店長カップスが、頭を深く下げて謝罪をしている相手はクローディア。
ようやく社交界への出入りが許され、今季から再び足を踏みいれることができるようになったのに、急だったこともあっていまだにドレスの準備ができておらずイライラしている。
ただでさえ夫のヨハンに、金の無駄遣いはしないように、としつこく言いつけられてイライラしているというのに、噂を聞いてわざわざやってきた店では、目的のドレスがすでに売約済みで購入することができなかったとあって、クローディアのイライラは最高潮だ。
そのイライラをぶつけるべく店長を呼びつけたクローディア。きっと店長は慌ててクローディアのもとまで駆けよってきて、すぐに新しいドレスを見せようとしてくるだろう。
しかし、クローディアの想像と違い、恭しく頭を下げて謝罪はしても、クローディアの機嫌をとろうとはせず、それがますますクローディアの機嫌を悪くさせる。
「あなた、私を誰だと思っているの? 私は――」
「まぁ、クローディアさんじゃない」
「は?」
目をつり上げているクローディアに声をかけてきたのは、品のある青色のドレスに、大きな黄色い宝石が輝くネックレスが印象的な女性。
「どなた?」
クローディアは不機嫌そうに女性を見る。
「あら、私のことをお忘れに?」
女性は残念そうな顔をした。
「私、あなたのことなんて存じあげませんけど」
「まぁ、ひどいおっしゃりようですこと」
そう言って女性がクスクスと笑う。
「私はクローディアさんのことをよく知っているのに」
クローディアは怪訝そうな顔をして女性を見る。そして、「あっ」と小さく声を上げた。
「あなた、ミリアさん?」
「まぁ、思いだしてくださいましたの?」
ミリアと呼ばれた女性はうれしそうに胸の前で手を叩いた。
「……私、あなたと親しく話をする関係ではなかったと思いますけど」
クローディアは機嫌の悪そうな顔をして、フンと鼻を鳴らした。
ミリアはアレクサンドロと同学年だったが、彼に話しかけることはできず、クローディアと楽しそうに話をしている彼を遠巻きに見つめているだけだった。
クローディアはそんなミリアの恋心に気がついていたが、自分の取り巻きでもない脇役の令嬢のことなんてどうでもよかったから、彼女を視界にさえ入れなかった。
「ええ、そうですわね。クローディアさんと仲良くしたかったのに、私のことなんてまったく相手にしてくださらなくて残念でしたわ。あのころのあなたは、男性に媚びを売ることに一生懸命でしたからね」
そう言ってミリアがクスクスと笑う。ミリアと一緒に買い物に来ていた連れの女性や、二人の様子を見ていたほかの客たちの中にも、ぷっと吹きだす者がいた。
クローディアは顔をかぁと赤くして、ミリアを睨みつける。
「あなた! 調子に乗らないでちょうだい!」
「クローディアさんこそ、調子に乗らないほうがいいわ」
「は?」
ミリアはクローディアの言葉に怯むどころか冷たい視線を向ける。それに驚いたのはクローディア。彼女は男爵令嬢で、クローディアに対してこんな態度をとれる立場ではないのだ。
「ああ、そうそう。私、ちゃんと自己紹介をしておりませんでしたわね」
ミリアがニコッと笑った。
「サンドリング伯爵の妻、ミリア・ボネス・カリスト・フルネルですわ」
「伯爵?」
ミリアの言葉にクローディアが驚いたように目を見ひらき、それから眉間にしわを寄せた。
「ええ。これからはサンドリング伯爵夫人とよんでくださいね、パストリア子爵夫人」
そう言って口角を上げたミリアはクスリと笑って、店長のカップスに声をかけた。
「ねぇ、オーダーしておいたドレスは仕上がっているかしら?」
カップスは表情を崩さずミリアに頭を下げる。
「はい。すでに別室にて準備が整っております。きっとご満足いただけると思いますよ」
「まぁ、楽しみだわ。それではパストリア子爵夫人、私はこれで。お手頃なドレスが見つかるといいわね」
そう言ってミリアは奥の個室へと入っていった。
「――っ!」
クローディアは顔を真っ赤にして、ミリアの後ろ姿を鋭く睨みつける。そして、自分を見てクスクスと笑っている人たちを苦々しく睨みつけ、店を出ていった。
(許さない、許さない! あいつら! 私に恥をかかせて!)
顔をゆがませズンズンと進み、人と肩がぶつかって「痛いわね!」と怒鳴りつけた。ぶつかった相手は平民の若い女性で、真っ青な顔をして「ごめんなさい」と謝った。クローディアはフンと鼻を鳴らして、再び歩きはじめる。
「こんなことありえない――!」
伯爵令嬢だったころなら、屋敷にブティックのドレスやカタログを持ってこさせるか、気分が乗れば自ら店に足を運んでいた。そのときは、店の前に馬車を止め侍従を従えて店に入り、クローディアが来たことを知ると、店の店長が飛んできて頭を恭しく下げていた。
一番広い個室に案内され、人気の紅茶とおいしいクッキーを楽しみながら、気がすむまでドレスを試着したりカタログを眺めたりして、好きなデザインをいくつでも注文することができた。
それなのに今は、伴う侍従もいないし店までは徒歩だ。予算内で収まるドレスを探して、ほかの店を回らないといけない。
「なんでこの私が!」
せめて父が援助をしてくれたらいいのにそれは許されていない。ケイトリンはいまだにクローディアからの連絡を一切拒否しているし、ケイトリンに連絡したことがヨハンに知られて、なんてことをしてくれたんだ、と真っ青な顔をして怒られた。
「どうして私にこんなひどいことをするのよ!」
ケイトリンはクローディアをかわいがってくれていたのに、サフィリナのせいですべてがおかしなことになってしまった。どれだけ時間がたっても胸の奥に住みついた怒りが収まることはなく、それどころかますます黒い感情が育っていく。そしてふと思いだす。
「……ああ、彼女も捨てられたんだったわ。エルを平民に奪われたんだった。そうだった、罰が当たったんだったわ。ああ、そうだった。……ざまぁみろ」
サフィリナが捨てられたという話を聞いて、どれほど胸がすく思いだったか。
「エルは哀れで卑しい女が好みなのよ。だから、私は選ばれなかった。でも結局あの女も、自分よりもっと哀れでずる賢い女にエルを奪われて、あっさり捨てられましたとさ」
クローディアはサフィリナの惨めな姿を想像すると笑いが堪えきれず、思わずぷっと吹きだし、そのままクスクスと笑いながら晴れやかな顔で歩みを進めた。
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