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夢への一歩②

 オラスト伯爵邸は大きく豪奢なことで有名で、事業手腕と財力には一目置かれている。そのオラスト伯爵邸の前には次々と馬車が止まり、美しく着かざった招待客たちが邸の中へと入っていく。いったいどれだけの人を招待したのか、順番待ちをしている馬車の列はこれまで見てきた中で一番長い。


「ようやく俺たちの番だ」


 長く馬車の中で順番待ちをしていたジュエルスは、待ちつかれたのか腕をぐーっと伸ばした。


 馬車を降りた二人は、侍従の案内に従って邸の中に入り会場へ向かった。


「わぁ……」


 サフィリナは会場のきらめきに感嘆の声を上げる。


 広い会場に規則的に並んだ大きな窓と赤いカーテン。壁には金細工と繊細な彫刻が施され、上を見れば大きな天井画と、均等につるされたキラキラと輝くシャンデリア。豪華絢爛とはこのことか、ときらびやかさに圧倒されながらさらに奥に進むと、広い会場の中央はダンスフロアになっていて、会場の奥では楽団が演奏をしている。壁に沿うようにしていくつものテーブルとイスが並べられ、招待客は思い思いに食事や酒を楽しむことができる。招待客もとても多いが、歩きまわっている給仕係もかなりの人数だ。


「まるで王宮で開かれるパーティーみたいね」


 サフィリナがコソッとジュエルスの耳元で囁く。ジュエルスもコクンとうなずいた。


「行ったことはないけどな」

「フフフ、そうね」


 そこへやってきたのは、パーティーの主催者であるオラスト伯爵ダグラス・クリークと妻のテレサ。


「おお、これはジュエルスさま。まさか本当にパーティーにお越しいただけるとは」


 ダグラスは大袈裟なくらいに大きな声だ。


「本日はお招きくださりありがとうございます」

「とんでもない。こちらこそお越しくださり感激しておりますよ。それで、こちらが?」


 ダグラスがサフィリナに視線を向ける。


「初めてお目にかかります、サフィリナ・ナーシャ・ラトビアと申します」

「そうでしたか! あなたがジュエルスさまの」


 決してわざとではないのだろうが、やはりずいぶんと大きな声だ。


「こちらは妻のテレサです」


 紹介されたテレサがおっとりとした様子で二人に笑顔を向けた。


「お返事をいただいたときは本当に驚いたのですよ。ぜひ仲良くしてくださいね」


 そう言ってテレサが人好きのする笑みを向ける。


「こちらからお願いをしたいくらいですわ」


 サフィリナも笑顔で応えた。


「しかし、なぜ私共のパーティーに?」


 言葉を続けるなら、セージやケイトリンが参加しないパーティーに、わざわざサフィリナが参加をする理由は? だ。しかし、それを口にしなくても伯爵の細められた目からは、それをはっきり感じることができる。


「実はパーティーにマックトン・シルビ・ペスマンさまが参加されると聞き、ぜひごあいさつをさせていただきたくて」


 適当な理由をつけてもよかったが、特に隠すつもりもないため、サフィリナはその理由を明確に伝えた。


「私は領地も持たない男爵でして」

「ネルソン男爵ですな」

「ご存じでしたか?」

「ええ、もちろんです。なるほど、そうでしたが」


 伯爵は合点がいったのか何度もうなずく。


「実はあのとき、ホルステイン侯爵の別荘に我々も呼ばれたのですよ。そこでお父君と話をさせていただく予定でした」


 あのときと言うのは、フルディムたちが亡くなる前に、ホルステイン侯爵家の別荘に招待されたときのことだ。


 それまでホルステイン侯爵家とはあまり親交がなかったし、フルディムとは面識さえもなかったため、オラスト伯爵夫妻は大喜びで別荘に向かったが、結局フルディムと会うことは叶わなかった。


 セージは弔問に向かい、ゆっくりしていってくださいと言われたものの、そんなことできるはずもなく、訃報を聞いた客たちは皆、暗い気持ちを抱えたまま帰路についたのだ。


 あの事件以降、侯爵家から声がかかることも、こちらの招待に応じることもなかった。


 それまでもたいしたつきあいがあったわけではなかったが、これを機にいいおつきあいをしていきたい、と思っていたダグラスは、ひどく失望したのだ。


 自分たちが別荘に招待されたのは、ビンガムトン王国の要人を紹介するためだけだったのか、と。


「そうでしたか。それは大変失礼いたしました。しかし詳しく説明はできませんが、決してオラスト伯爵家とのつながりを軽視していたわけではないと断言できます」


 事件が起こった当時、フルディムと家族を誹謗中傷する言葉が聞かれた。その多くは事業に成功したフルディムに対する嫉妬や妬みだったが、中にはサフィリナのことを品のない言葉で中傷する内容まで含まれていて、憤慨したセージが社交界から距離をとった。領地に閉じこもり耳障りな雑音を遮断して、サフィリナを守ることに徹したのだ。


 とはいえ、親しい人たちからの招待には応じていて、まったく社交をしていなかったわけではなかったため、自分たちの招待に応じてくれないことに、ダグラスは不満を持っていたのだろう。だが、セージとダグラスが親しいか、と言われれば特別親しいとは言い難く。


「社交活動を本格的に行うようになったのは、今シーズンからでして」

「そういうことでしたか」


 ダグラスは手広く事業を行っているため、社交界のことなら大抵の情報は得られるが、高位貴族の中でも特に力を持つ人たちのこととなるとそうはいかない。そのため情報も少なく、事情もわからないまま勝手にふてくされていたということか。なんとも恥ずかしい話だ。


「それでしたら、ぜひ協力をさせていただきたいのですが……」

「本当ですか?」


 サフィリナの顔がぱぁっと輝く。


 しかし伯爵夫妻は浮かない顔。


「実は、すでに彼は会場にはいないのです。……彼に失礼なことをしてしまい」

「え?」


 マックトンはビンガムトン王国では有名だが、この国では彼を知る人は少ない。そして彼の肌は褐色だ。


「とある招待客が、彼のことを汚いと言いまして」

「なんてことを――!」

「ひどいな」


 この国の人たちの肌は白く、褐色の肌を見たことがない人も多いため、驚いてしまったのだろう。

 サフィリナとジュエルスは無知な発言に顔をゆがめた。


 失言をしたのはとある男爵夫人で、彼女は顔を真っ青にした夫に腕を引っぱられ、いったい自分のなにが悪いのだ、と文句を言いながら無理やり退場させられていた。しかし、周囲の人たちの反応を見る限り、夫人と同じ考えの人は多かったらしく、マックトンは「汚い私がいても気分が悪いだろう」と言って、会場を出ていってしまったのだ。


「それでペスマンさまは?」

「今は、当屋敷の所蔵庫におられます」


 あまり長くパーティー会場から離れるわけにはいかないため、彼に謝罪をして夫妻はパーティーに戻ってきたという。


「よろしければ、ペスマンさまにごあいさつをさせていただけませんでしょうか?」

「しかし……」


 ダグラスは困ったような顔をした。


 マックトンはもともと人を寄せつけない気難しいところがあるのに、そんな彼に不快な思いをさせたのだ。簡単に機嫌を直してくれるとは思えない。


 もちろんサフィリナもそれは理解しているが、この機を逃したら、次はいつ会うチャンスが訪れるかわからないのに、引きさがるわけにはいかない。


「そこをなんとか。無理にペスマンさまに近づくようなことはいたしません」

「……」


 ダグラスは小さく溜息をついてうなずいた。


「わかりました。所蔵庫にはご案内します。しかし、なにかあっても私たちは責任をとれませんよ?」

「ありがとうございます」


 サフィリナは輝かんばかりの笑顔でお礼を言った。


読んでくださりありがとうございます。

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