夢への一歩①
ジュエルスが騎士団の入団テストを受けた。
年に二回ある騎士団の入団テストは、十六歳から三十歳までという年齢制限があるものの、何度でも受けることができ、その実力が認められれば平民でも騎士になることができるため、毎回多くの入団希望者が集まる。つまり必ずしも騎士学校に通う必要はないということだ。
ただ、体が完全に育ちきっていない若者のほうが有利だし、基本をしっかり身に付けていることが前提で、態度や協調性も審査の対象になるため、総合的に見た場合、平民や学校に通わなかった者のほうが、合格率が低くなってしまうのが実態だ。
とはいえ、騎士学校に通う学生ばかりが合格するのかといえばそうではなく、毎回二百人程度の学生がテストを受けて、そのうちの半分近くが不合格となっている。
テストでは、最初に体力テストでふるいにかけられ、次に真剣を振るう技能テスト。真剣にはかなりの重量があるため、最低でも剣を振ったときに、体がぶれないくらいの筋力や体幹がなくてはならない。次にテスト生同士の模擬試合。その際に使われるのは模造剣。勝敗は合否には関係なく、審査されるのは力量と判断力。そして最後に面接だ。
試験を受けるたびに減っていくテスト生の背中を見おくりながら、最後まで試験を受けたジュエルスは、それから数日のうちに合格と記された手紙を受けとった。それもなかなかの好成績での合格とあって、ジュエルスや家族の喜びは大きかった。
「私は絶対に合格をするとわかっていたよ」
結果を知らされた日の夕食の席で、珍しく赤い顔をして上機嫌なセージは、ジュエルスの輝かしい成績に満足して、何度もジュエルスに酒を勧めていた。
しかし、未成年の飲酒は禁止されているわけではないが、多量の摂取を許容することはできない。
「あなた、エルは未成年です!」
ぴしゃりとケイトリンがセージに釘を刺す。
ケイトリンは結果に喜ぶ一方で、大切な一人息子に騎士になってほしくない思いもあって、気持ちとしては複雑だ。しかし、合格をしてしまったのだから仕方がない。もう自分にできることは、毎日彼の無事を祈ることくらいしかないのだから。
ジュエルスの入団が決まってからは、落ちつかない毎日だった。
騎士見習いは皆、王都にある騎士団の寄宿舎で生活することが決められているため、荷物をまとめなくてはいけなかったし、騎士学校では卒業前のイベントとして剣術大会が開かれるため、これまで以上に鍛錬に時間を費やさなくてはならなかったからだ。
騎士団への入団が決まっているのに、悪い成績を残すわけにはいかない。そうでなくても、卒業を目前に控えた者たちは、学校生活の集大成として、少しでもいい成績を残したいと必死なのだから、仲間たちに後れを取るわけにはいかないのだ。
そして、努力の甲斐あって、剣術大会では二位という好成績を残すことができたわけだが、これまでずっと勝てなかった相手に、最後まで勝てなかったことがよほど悔しかったのか、ジュエルスはしばらくのあいだがっくりと肩を落としていた。
ジュエルスが王都へと発つ日。しかしジュエルスの表情は冴えない。
「あまり人前できれいな格好をしたり、笑ったりしないでよ」
唐突にそんなことを言うジュエルスに驚いて、サフィリナが目を大きく見ひらいた。
「突然なにを言いだすのよ」
「突然じゃないよ。俺は前から言っている」
確かに、ふとしたときにそんなことを言われてはいたけど。
「フフフ、わかったわ。きれいな格好もしないし笑ったりもしない。でも、そんなことをしたらあなたは笑われないかしら?」
「いったいなにを笑われるんだ?」
「ジュエルスの婚約者はおしゃれじゃないし不愛想だ、とか」
それを聞いてジュエルスが少し黙りこむ。
そう見られるほうがジュエルスとしては安心だが、サフィリナがそんなふうに評価されるのは許しがたい。
「……わかったよ。ちょっとのおしゃれと、同性の友人と一緒にいるときだけは笑ってもいいよ」
ジュエルスがそう言うと、サフィリナは、ありがとう、と言ってクスクスと笑った。
「じゃあ、行くよ」
「ええ、気を付けて」
馬車に乗りこんだジュエルスはいつまでも手を振りつづけ、サフィリナは馬車が見えなくなってもしばらくその場を動かなかった。
ジュエルスが王都で生活を始めてから九か月が過ぎた。王都にある騎士団の寄宿舎で生活をしているジュエルスは、半年に一度、まとまった休みを取って帰ってくる程度。さぞかしサフィリナは寂しい思いをしているのだろう、と思われているが実際にはそうでもない。最近は繊維事業にもずいぶんかかわれるようになったし、屋敷のことも少しずつ任されるようになってきて、毎日がとても充実しているのだ。それに、社交シーズンは王都のタウンハウスに居を移すため、ジュエルスに会える時間もかなり増えるし。
そして今は社交シーズン。王都にはたくさんの貴族が集まり、パーティーやお茶会、社交クラブやサロン、芸術祭などあちこちで華やかな催しが行われている。
「え? エルの休みが取れたのですか?」
「そうみたい」
そう言ってケイトリンは、ジュエルスからの手紙をサフィリナに渡した。
「……まぁ」
手紙を見つめるサフィリナの顔が輝いた。
社交シーズンには当然、騎士団に所属する貴族も催しに参加する。その際、仕事を休まなくてはならないこともあり、その穴を埋めるためにジュエルスのような見習いや、新人騎士は休みを取りにくくなるのだそうだ。だから諦めていたのだけど。
「それなら……」
サフィリナは期待の視線をケイトリンに向け、ケイトリンは溜息をついた。
「いいわよ、参加しなさい」
「はい! ありがとうございます!」
ケイトリンから許可を得たのは、オラスト伯爵主催のパーティーへの参加だ。
普段サフィリナは、セージやケイトリンと一緒にパーティーに参加をすることが多い。ジュエルスの休みが取れず、パートナーがいないからだ。
そのためオラスト伯爵が主催するパーティーにも三人で出席する予定だったが、セージとケイトリンに用事が入ってしまい、パーティーに参加できなくなってしまった。ということは、サフィリナも必然的に不参加になるというわけで、それを知ったサフィリナの落ちこみようといったらなかった。
なぜサフィリナも不参加になるのかというと、もしサフィリナが一人でパーティーに参加をすれば、婚約者がいないのをいいことに男あさりをしている、なんて下品な噂のネタにされかねないからだ。
でも正直に言えば、噂なんて気にしないから参加をしたい、と直談判したいくらいだったのだけど。
では、どうしてサフィリナはオラスト伯爵主催のパーティーに参加したがっているのか、というと、実はそのパーティーに、ビンガムトン王国からの客人が参加するかもしれない、という情報を入手したのだ。
ビンガムトン王国で作られる布は、色が鮮やかで、ザンブルフ王国でも人気の品なのだが、染料や染色技術は秘匿とされている。そして彼の国では現在、色落ちしない染料の研究が行われている。その染料の研究をしているマックトン・シルビ・ペスマンこそが、ビンガムトン王国からの客人なのだ。
もしマックトンとつながりが持てれば、事業で協力を得ることができるかもしれない。そうなれば、いずれ成しえたいと思っているサフィリナの大きな夢にも、一歩近づくことができる。そんなことを考えると胸が躍る。
とはいえ、マックトンに会える保証はなく、本当に彼が参加するのかもわからない。それでも、行かなくてはつながるものもつながらないだろう。
それに、サフィリナはオラスト伯爵夫妻とは面識がなく、以前からお近づきになりたいと思っていた。
つまりこのパーティーには、サフィリナが会いたい人がたくさんいるということなのだ。
サフィリナのほくほくした顔を見てケイトリンがクスリと笑った。彼女がパーティーを楽しみにしている姿なんて、これまでほとんど見たことがないのだ。
「本当にうれしそうね」
「はい。もう、待ち遠しくて」
「いつもそれくらい積極的だといいのだけど」
ケイトリンに言われて、サフィリナが恥ずかしそうに笑う。
その日のうちに、オラスト伯爵へ参加の旨を記した手紙を送った。
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