新しい生活④
サフィリナの社交界デビュー当日。王都にあるホルステイン侯爵家のタウンハウスから出てきたのは、デビュタントの証である真っ白なドレスに身を包んだサフィリナと、彼女をエスコートしているジュエルス。デビュタントとは社交界にデビューする令嬢のことだ。
「私たちももう少ししたら出発をするから、会場で会いましょう」
「はい。ではのちほど」
ケイトリンの言葉に返事をしたサフィリナは、ジュエルスと共に馬車に乗りこんで、ひと足先に会場に向かった。デビュタントは早めに会場入りをするのが習わしだ。
「緊張している?」
サフィリナの顔をのぞき込んだジュエルス。
「うん……」
そう言って微笑んだサフィリナの笑顔が引きつっている。
ホルステイン領も華やかな場所だと思っていたが、王都はそれを上回る華やかさと活気で、サフィリナは圧倒されてばかり。
きっとペリエティ公爵邸も豪奢で、参加する人たちもきらびやかなのだろう。田舎者の自分なんて笑われてしまうかも、と不安しかない。
「大丈夫。リナが一番きれいだから、気後れすることなんてないよ」
「え?」
少し照れながら熱っぽい瞳でそんなことを言うジュエルス。
「ありがとう」
きっとその言葉は親の欲目ならぬ、婚約者の欲目というやつだ。それでも、ジュエルスのその言葉がサフィリナの自信へと変わっていくから不思議だ。
「私はあなたの婚約者だもの。堂々としていないとね」
サフィリナがそう言って微笑むと、ジュエルスは顔を赤くして「そうだね」と小さくうなずいた。
実は三日前、二人は正式に婚約した。そのため今回のパーティーは、二人が婚約関係にあることを周知する場でもあることから、かなりジュエルスは気合いが入っている。
デビュタントは特に人々の注目を集めるため、最初にしっかりと牽制をしておくことが肝心だ。というわけで、ジュエルスの胸元に輝くタイブローチは、サフィリナの瞳と同じ色のエメラルド。そしてサフィリナの首元できらめくネックレスは、ジュエルスの瞳の色と同じイエローダイヤモンドという鉄壁ガード。
ペリエティ公爵邸の前に馬車が止まり、最初に降りたのはジュエルス。そのあとにジュエルスから差しだされた手をとってサフィリナが続く。会場に入った二人は、人々の視線が注がれる中、中央へと歩みを進め、パーティーの主催者であるペリエティ公爵夫妻のもとまで行った。まずジュエルスが挨拶をし、次にサフィリナが深く膝を折ってカーテシーをする。
公爵夫妻はほうっと感嘆の声。
「本日はお招きくださりありがとうございます。サフィリナ・ナーシャ・ラトビアと申します」
「よく来てくれた」
そう言ったのはペリエティ公爵ロレンス・ランダー・スタンディグ。白髪まじりの黒髪をなでつけ、質のいい黒のスーツに身を包んだ、神経質そうな長身の紳士だ。
「君の父君とは生前親しくしていてね。こうして彼の大切な娘のデビューに立ちあえるのはとても感慨深いよ」
ロレンスは神経質そうな顔を崩し、優しい笑みを浮かべた。
「私もとてもうれしく思っています。父もきっと喜んでくれていると思いますわ」
サフィリナの言葉にロレンスは何度もうなずく。
「サフィリナ嬢は父君の事業を継ぐ予定だそうだね。爵位も継いだと聞いたが」
「はい」
サフィリナがうなずく。
「もし助けが必要なときはいつでも相談に来なさい。君の父君も困ったときは私の所に来ていたからな」
「父がですか?」
「ああ」
二人が知りあったのは紳士クラブで、それまでお互いの名前や噂話程度は聞いたことがあったが、面識はなかった。しかしセージが共通の友人であることから親近感がわき、すぐに二人は打ちとけた。なんといってもフルディムの話はおもしろくて興味深い。彼の事業に関する苦労話などは腹を抱えて笑うほどで、まったく苦労を感じさせないのが彼の魅力でもあった。
「勝算はあるのに、人脈がないと言ってね。だから知人を彼に紹介したのだ。彼は賢くてしたたかで、本当におもしろい男だったよ。まぁ、彼ほど図々しいのは困るがね」
そう言って楽しそうに笑うロレンス。
「父が……?」
まさか父が図々しいと言われるとは、と驚く一方で、サフィリナが知らないフルディムの一面を知ってしまったことに不思議な感覚を覚えた。広い人脈やフルディムの過去。きっともっとたくさん自分の知らないフルディムの姿があるのだろう。そして、そんなフルディムのことを知るたびにその背中が遠くなる。
「サフィリナさん」
ロレンスの隣に立つ公爵夫人のリザリアが、優しい笑みを浮かべてサフィリナに声をかけた。
「はい、夫人」
「ジュエルスと婚約をしたと聞きました。おめでとう」
「ありがとうございます」
「惜しいわね。もしあなたがジュエルスと婚約していなければ、私の息子を紹介していたのに」
そう言ってチラッとジュエルスを見る。
すると、ジュエルスは少し口角を上げた。
「きっとそうおっしゃるだろうと思っていましたので、先手を打たせていただきました」
なんて冗談とも本気ともとれる口調でリザリアに返したジュエルス。
「ちょ、ちょっとエル」
サフィリナは慌てているが、夫妻はそんなジュエルスの言葉に楽しそうに笑う。
「あなたがサフィリナさんに夢中だという話は、ケイトリンから聞いているから、最初から諦めていますけどね」
「それを聞いてひと安心です」
「まぁ」
ますます楽しそうに笑うリザリア。
「では、パーティーを楽しんでいってくれ」
「はい、ありがとうございます」
「ああ、そうそう。あの子たちは少し遅れるらしいわ」
「わかりました」
ロレンスとジュエルスは握手を、サフィリナはカーテシーをして二人と別れた。
「あの子たち?」
サフィリナがジュエルスに聞いた。
「公爵夫妻の二人の息子だ。俺の幼なじみ」
「そう」
「来たら紹介するよ」
「ええ」
会場を見わたすと、何人かの白いドレスを着た令嬢の姿が見えた。
「彼女たちも今日デビューするのね」
「そうだね」
緊張した面持ちで友人と談笑している、真っ白なドレスを着た令嬢たち。あとから来た令嬢に気がついて手を振って、友人の輪が広がっている。
「そういえば、私は貴族に友人と呼べる人はいないわ」
これまではジュエルスが唯一の友人だったのに、婚約者になってしまったから、なんて心の中で呟く。
「これから作ればいいよ」
「そうね……」
フルディムは領地を持っていなかったため、ほかの貴族からは平民のように見られていて、その娘であるサフィリナと友達になろうとする令嬢もいなかった。
中には、事業に成功したフルディムに近づきたいという下心を持って、サフィリナをお茶会に招待する人もいたが、お茶会に行っても、サフィリナに話しかけようとする子どもはいなかったし、サフィリナが話しかけても、まともに返事をしてくれないこともあった。そんなサフィリナを見てクスクスと笑う子たちもいて、まったく楽しむことができなかったのだ。
そんなことを何回か経験したサフィリナは、お茶会に誘われても断るようになった。それに、平民の子どもと走りまわって遊ぶほうがよほど楽しかったし。
そのため貴族で友人と呼べるような人はいない。その逆も然りで、サフィリナを知る人はこの場にはほとんどいない。
少しすると本格的にパーティーが始まった。パーティーで最初に踊るのはデビュタントとそのパートナー。
「行くよ、リナ」
「え、ええ」
緊張した面持ちで会場の中央まで進んだサフィリナとジュエルス。二人以外に五組の男女が中央に集まった。
読んでくださりありがとうございます。








