新しい生活②
全員がそろった夕食の時間。
「社交界デビューですか?」
「ええ。あなたも十五歳になるし、そろそろだと思うのよね」
貴族令嬢は適齢になると社交界にデビューする。社交界にデビューをすると、パーティーに招待されるようになり、結婚市場にも名を連ねることになるのだ。
「実はね、そろそろリナのデビューを考えているって話をしたら、ペリエティ公爵家からパーティーに招待されたのよ」
ケイトリンは満面の笑みでサフィリナを見つめた。
「ペリエティ公爵家のパーティーに? 私が、ですか?」
「ええ、もちろんよ」
セージもそれにはとても喜んでいて、いつもより少し声が大きい。
「リナ、これはすごいことだぞ。ペリエティ公爵家で開かれるパーティーでデビューする令嬢は、ペリエティ公爵と懇意にしている名門ばかりだ。そこに招待されたんだからね」
それなら、まったく面識のないサフィリナは招待されるべきではないのでは? という疑問が湧いてしまうのだが。
「もちろん、ホルステイン侯爵家があなたの後ろ盾となっているのだから、招待されることはおかしなことではないのだけど、それだけではなくてね。あなたのお父さまとペリエティ公爵が懇意にしていた、というのもあるの」
その関係で、今回サフィリナが招待されたという。
「父が、ですか?」
「ああ。公爵夫妻は葬儀にも来ていたはずだよ」
そう言われて当時のことを思いだそうとしたが、断片的なシーンしか浮かばないし、ぼんやりとしていて、自分が弔問客とどう接していたのか思いだすことができない。
「私、きちんとあいさつをしていないかもしれません」
もしかしたら失礼な態度をとっていたかもしれない、と今になって気がつく。
「そんなことは気にしなくていい。彼らもそれはちゃんと理解しているからね」
重要なのは、ペリエティ公爵が主催するパーティーでデビューするということだ。
「でも、私、招待していただけることはとてもうれしいのですが、いろいろ失敗してしまいそうで心配です」
今日のダンスの練習で、ジュエルスの足を十回も踏んでしまい、全然痛くない、まったく平気だ、と言いながらも彼の瞳が涙で潤んでいたことを、サフィリナはとても気にしているのだ。
「ダンスは練習すればいいし、ほかになにも問題はないじゃない。努力の甲斐あってずいぶん淑女として成長したし、マナーもしっかり身に付いているわ」
ヘッセ伯爵夫人の徹底した淑女教育は、決してやさしいものではなかったし、正直に言えばダンス以外ならそこまで自信がないわけではないのだけど。
「これまでお茶会にも参加をしていないし、あなたを知る人はほとんどいないのだから、少しでも早くお披露目するべきよ」
「リナが社交界にデビューしたら、求婚が殺到するだろうな」
セージが言葉を足したとき、皿と金属がぶつかる大きな音がした。
「それはだめです!」
そう言って立ちあがったのはジュエルス。
「なんだい、エル。行儀が悪いぞ」
セージがチラッとジュエルスを見る。
「そうよ。だいたいなにがだめなのよ」
ケイトリンもジュエルスの無作法に少し顔をしかめた。
「それは……」
それ以上言葉を続けず、しかし不満そうな顔をしているジュエルス。
「まさかリナがデビューすることに反対しているの?」
「そうではありませんが……」
ケイトリンが呆れた、と言わんばかりに溜息をつく。
「女性にとって社交界にデビューすることは、大人の女性の仲間入りをしたことを表す大事なイベントなのよ。結婚相手を探すためにも大切なことなの。わかっているでしょ?」
ケイトリンの言葉に、ジュエルスはぐっと眉間にしわを寄せた。
「もちろんわかっています。でも、いきなり、結婚なんて――」
「いきなりじゃないぞ。貴族なら当たり前のことで、十五歳はデビューするには適齢だ」
「だから、わかっています。でも……」
そうは言いながらも、なにが気に入らないのか不満そうな態度を崩さないジュエルス。セージはその様子をしばらく見ていたが、ジュエルスがそれ以上口を開かないため、小さく首を振って溜息をついた。それから厚く肉汁の滴るステーキをひと口大に切って口に放りこみ、ゆっくりと咀嚼してから飲みこむ。次にワインの入ったグラスを傾け、すべて飲みほしてからグラスを置いた。そして、再びジュエルスに目を遣る。
「……まぁ、お前がリナの婚約者になりたいというのなら話は変わるがな」
セージが言った言葉に食いついたジュエルスが、テーブルに手を突いて勢いよく身を乗りだした。
「なります! ならせてください!」
それに驚いたのはサフィリナ。目を見ひらいて、自分の横でとんでもないことを口にしているジュエルスを見あげている。
ジュエルスは、思わず気持ちを吐露してしまったことに気がついて、顔を真っ赤にした。そして、自分を驚いた表情で見あげているサフィリナをチラッと見て、ますます顔を赤くする。が、意を決したのかサフィリナを見てもじもじしながら口を開いた。
「……リナが、よければ……俺と、結婚を……」
なんて家族を前に、少し小さい声でプロポーズをし始めたジュエルス。
「え……?」
唖然としているサフィリナと、ニヤニヤしながらその様子を見ているセージとケイトリン、そして使用人たち。
「え――?」
サフィリナもようやく状況を飲みこんだのか、顔を真っ赤にし、それを両手で隠した。
「ケイト、私たちは少し席を外したほうがよさそうだな」
「そのようですね」
そう言うとセージは立ちあがってケイトリンの手をとり、部屋を出ていこうとする。
「と、父さん?」
慌てて呼びとめるジュエルスに対してセージがニッと笑った。
「お前の頑張りと、リナの気持ち次第だ」
そう言ってケイトリンと一緒に出ていき、使用人たちもそのあとに続く。間違いが起こらないようにドアは少し開いたままだが、食堂にはサフィリナとジュエルスの二人きり。
ジュエルスはおずおずとイスに座り、チラッとサフィリナを横目で見た。だけど金色の美しい髪に隠れて、サフィリナの顔がよく見えない。
「あ、あの、リナ……」
「うん……」
互いにうつむいたまま沈黙する。
ジュエルスは大きく息を吐いて顔を上げると、体ごとサフィリナのほうを向いた。サフィリナが恥ずかしそうに顔を上げる。
「お、俺は、リナのことが好きだ」
「……」
「い、いつか結婚を許してもらおうと思っていて……でも、こんなタイミングじゃなくて、もっとちゃんと」
しっかり計画を立ててプロポーズをしようと思っていたのに。いや、その前にまだ恋人にもなっていないのだけど――。
「……ハハハ、格好つかないな、これじゃ。……ごめん」
思わずそんな言葉が口をつく。それに対して小さく首を振ったサフィリナ。
「……私、まだ結婚なんて考えられないけど……」
サフィリナのその言葉にジュエルスがうつむいた。
(そりゃ、突然そんなことを言われても困るよな)
余裕のない迂闊な自分に腹が立って仕方がない。しかも、ほかの男に先を越されたくない、と慌てて無計画な言葉を口にしてしまったのだから情けない話だ。
読んでくださりありがとうございます。








