IF:第七話 ユージと掲示板住人たち、キャンプオフ当日を迎える part3
キャンプオフが行われている4月12日の夜。
宇都宮の郊外にあるユージ家跡地前に、一台のマイクロバスが停まった。
「ここがそうか……」
「なんだか緊張してきた」
「お疲れさまでーす!」
中からはぞろぞろと人が降りてくる。
下車した人の多くは、空き地となったユージ家跡地を見て目を潤ませた。
いまそこには何もないのに。
いや、ハーフコンテナが積まれていたり荷物が置かれているが、そういうことではなく。
「お疲れさまですー。変わったことはありませんでしたか?」
「はい。いえ、先ほど藤原さんから差し入れをいただきました」
「あー、了解です」
「藤原さんって?」
「北条家のお隣さんよ。今日のことは『キャンプだ』ってことと警備の人がいることを伝えたから、様子を見にきたみたいね」
ユージ家跡地の物々しい様子に、ユニク◯の店員さんは、状況についてこられずに目を丸くしている。
「まだ時間あるし、俺ちょっと藤原さんに挨拶に行ってくるわ。リストに名前があるヤツらはユージ家跡地に入って待っててくれ。ほかのヤツらは決めた通りにな!」
そういい残して、インフラ屋はすたすたと歩いて行った。
途中でマイクロバスに寄って持ち出した紙袋は、藤原さんへの手土産だろう。マメな男である。さすが社会人。
「えっと、決めた通りにって」
「大丈夫、私たちはここで見てるだけだから。撮影隊はもう用意してるし、というか撮影中だし、睡眠妨害隊は準備万端みたいだし」
サクラの友達の友達のユニ◯ロ店員さんは、インフラ屋やサクラの友達、ほかのコテハンや掲示板住人ほど掲示板を見ていなかったのだろう。
戸惑った様子でキョロキョロしている。
そんな店員さんを、サクラの友達はユージ家跡地前に置かれたキャンプ用ディレクターズチェアに連れていった。
座らせて、自分もその横のチェアに座る。
「まず、カメラを持ってウロウロしたり、設置したカメラをチェックしたり、あそこでパソコン開いて撮影状況を確認してるのが撮影隊ね」
「うわ、すごい人数……」
店員さんを隣に侍らせて、サクラの友達が解説をはじめる。
ユージ家跡地のまわりには、すでに何人もの撮影隊が十数台のカメラを使って撮影をはじめていた。
カメラおっさんと検証スレの動画担当が手配した人員と、掲示板有志による撮影隊である。
レンタルしてきた野外用の照明を使って、ユージ家跡地は夜なのにずいぶん明るく照らされている。
異世界に行く瞬間を絶対に撮り逃さないと言わんばかりの厳戒態勢だ。
箝口令が敷かれているため、「異世界トリップ」は公にはなっていないはずなのだが。
「あとは、もし騒ぎになったり、無理やり行こうとした人が出た時のための警備隊。ってこれは制服を着てるからわかるわね。単に、警備会社に『イベントの警備』を頼んだだけだし」
「あ、さっきインフラ屋さんと話してた人たち」
「そうそう、あの人たちね」
ユージ家跡地を囲むように、何人かの警備員が立っていた。
「イベント警備」の名目で、トリッパーたちと話し合ったインフラ屋が警備会社に依頼したのだ。
「異世界に行けるかもしれない」可能性を目の前にした掲示板住人が暴走した時のための警備隊である。
あと、もしもっとたくさんの人にバレた時のための対策として。
郡司の「先生」だというお爺ちゃん弁護士も、ユージ家前の私道に停めた車の中で待機している。
掲示板住人や聞きつけた人のみならず、警察や消防など公的機関が来た時のための備えでもある。通用するかどうかは別として。まあ普通、「弁護士がいる」となれば、根拠なしの無理は言ってこないだろう。きっと。
「それで、あの、空き地の前で銃を構えてる人たちって……」
「ああ、あれねえ。安心して、あれはただの水鉄砲だから。何人かエアガンも持ってるらしいけど」
「水鉄砲?」
「ユージさんとサクラの家の敷地の中で寝ちゃった人を、外から起こすために、だって。去年はなぜか中にいた全員が寝ちゃったらしいのよ」
「へ、へえ」
あまりよくわかっていない店員さんは、サクラの友達の言葉を適当に流した。
深入りしないで流すのも、円滑なコミュニケーションには大切なことだ。たぶん。
家屋や庭、屋根付き車庫やプレハブ倉庫、生垣があったユージとサクラの家。
家ごと異世界に行ったあと、敷地はぽっかりと空き地になっていた。
いま、敷地はフェンスで囲われて、立ち入り禁止の看板がそこかしこに貼り付けられている。
敷地内には二台のハーフコンテナが重ねられて、空き地のほかの場所はロープで区切られていた。
そんな場所を、思い思いの格好をした掲示板住人たちが、パッと見は物々しい武器を手にうろついている。
睡眠妨害隊である。
物々しい武器、というか、ペイントした水鉄砲や威力弱めのエアガンである。
「それで、敷地の外から起こせるようにって。アラームとか、音だと近所迷惑になるから水鉄砲だって」
「ま、まあ、とつぜん顔に水をかけられたら寝てても起きると思うけど……」
店員さんは、サクラの友達や掲示板住人の思いつきにちょっと引いている。一般人らしい。
「ただいまー。よし、リストにあったヤツらは中に入ったな」
ユージ家跡地に集まったメンバーを仕切るのはインフラ屋だ。
300メートルほど離れた藤原さん家への挨拶も、すんなり終わらせて戻ってきたらしい。
「トリップが何時なのかわからないけど、まだ時間はあるはずだ。睡眠妨害班、準備はできてるか? 練習はじめるぞー」
元の世界に居残ることを決めているインフラ屋が、気の抜けた感じで声をかける。
一方で、声をかけられた掲示板住人たちはノリノリだ。
すでにユージ家跡地の敷地内に入った、異世界転移を希望するメンバーも。
4月12日。
ユージとトリッパーたちが元いた世界、ユージ家があった場所は、すでに準備万端のようだ。
空き地に置かれたハーフコンテナ、キャンプする人たち、撮影しながら囲む人たち、まわりを巡回する警備員。謎の集団である。
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「それじゃお兄ちゃん、がんばってね!」
「がんばってって言われても、俺はやることないからなあ」
「えっと、アリスがんばる! がんばっておきてる!」
「いや、あの時アリスは寝てたから、そこはがんばらなくてもいいような」
むふーっと鼻息が荒いアリスをユージがなだめる。
二人の様子を見て、ユージの妹のサクラは笑顔を浮かべた。
「さあ、私たちは外に出るわよ、ジョージ」
「またね、ユージさん!」
最後に挨拶をして、サクラと夫のジョージはユージの家の門から出る。
これで、謎バリアに守られたユージの家の敷地も、人員の準備はできた。
「さあ、行こうかアリス、コタロー。まずは和室にいて、アリスが寝たら俺は庭で寝たんだっけな」
「はーい!」
「できるだけ去年と同じように、かあ。……みんなが来たことに驚いて、あんまり覚えてないけど」
ブツブツ言いながら、サクラとジョージを送り出したユージが家の中に戻る。
ユージと手を繋いだアリスも、少し後ろを歩くコタローも一緒だ。
4月12日。
ユージとアリスとコタローは、去年トリッパーがやってきた状況を再現するため、できるだけ同じ行動をとるつもりらしい。
この一年、ユージの家で暮らしてきたサクラやジョージが外に出たのはそのためだ。
今夜は家にいるのではなく、敷地の外で夜を明かすことになっていた。
「でもなあ……ここまで去年と違っちゃったら、俺たちの行動は関係ないと思うけど」
和室の窓から庭を見て、ユージが呟く。
アリスはこてんと首を傾げて、コタローは、そうよねえ、とばかりにわふっと気の抜けた鳴き声をあげる。
ユージの家の庭は、PPテープを境にしていくつかに区分けられていた。
元の世界でハーフコンテナや荷物が置かれる場所、トリップを希望する掲示板住人がいるスペース、帰還を望むトリッパーがいるスペースの三つである。
ちなみにユージ家跡地では、これに加えて家屋がある場所、屋根付き車庫がある場所、プレハブ倉庫がある場所など、立ち入り禁止エリアも区切られている。
ユージが言う「去年との違い」は、それだけではない。
「ジョージ、こっちは任せたよ! やっぱりこっちにいるといろいろ不便でね!」
「あちらの問題を片付けて、私は必ず戻ってきます。ええ、必ず」
「みんな。俺の分まで楽しんでくれ。手紙は必ず届けるから」
「はあ。俺、もうちょっとタフだと思ったんだけどなあ」
元の世界への帰還を希望するトリッパーたちは、すでに所定のスペースに待機していた。
それぞれの理由で帰還を決めた、ジョージの友達のルイス、郡司先生、名無しのニートが二人。
そして。
「はあ……戻る……戻れたら、なんて言おうかなあ。まずはコレを渡して、それで、それから」
虚空を見つめてブツブツ呟く、洋服組Aであった。
4月12日、キャンプオフ当日。
四年前にユージが、一年前にトリッパーたちがこの世界にやってきた日。
この世界でも元の世界でも、準備は終わったらしい。
けっきょく異世界転移の原理はわからず、今年も同じことが起こるかどうかは不明なのだが。
いよいよ、時間になるようだ。
四年前と一年前、寝てる間に異世界にやってきた時間に。
遅くなりました……
物語の進みが遅いのはいつものことですが……
次話は6/30(土)18時更新予定です!
※6/30追記 18時更新、ちょっと遅れそうです。夜のうちには!





