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【IFルート】10年ごしの引きニートを辞めて外出したら自宅ごと異世界に転移してた【集団トリップ】  作者: 坂東太郎
『IF:第十一章 ユージと掲示板住人たち、異世界の冬を越す』

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IF:第七話 ユージと掲示板住人たち、異世界の開拓地で賑やかな冬を過ごす


 辺境の大森林の奥にある、小さな開拓地。


 積もった雪を踏みしめて、ユージが歩いていた。

 ユージの前を行くのはアリスとコタローだ。

 ひさしぶりに晴れ間にご機嫌である。


「お兄ちゃん、そろそろ寒さのピークを越えたかな? 去年はどうだった?」


「うーん、どうだったかなあ」


 ユージと並んで歩くのは妹のサクラだ。

 三人と一匹は謎バリアで守られた自宅を出て、家の裏手に向かっている。


 宇都宮の郊外にあったはずなのにこの世界にやってきたユージの自宅。

 いまその敷地の裏手、北側にあるのは木造の平屋である。

 勝手口から外に出て、アリスが平屋の扉をノックした。


「ごめんくださーい!」


「ふふ、ちゃんとノックするようになったのね、アリスちゃん」


 元気な幼女に、サクラが微笑みを向ける。


 この世界の農村で育ったアリスは、ノックの習慣がなかった。

 ずかずかとよその家に上がり込むアリスを見て、サクラが教え込んだのである。

 まあ、ノックの習慣がないのは「この世界の農村」に限らないかもしれないが。

 家に誰もいないのに玄関に野菜が置かれている、など日本でもよくあることだ。


「はいはーい」

「いまの声はアリスちゃん! 待ってください私が出ます!」

「おいソイツを止めろミート! くっ、間に合わない!」

「まあ大丈夫だろ。きっちりノータッチを守ってきたし」


 ガチャッと平屋の扉が開く。

 ちなみにドアノブや蝶番は日本から持ち込んだ物を使っている。

 トリッパーたちが最初に建てた平屋と野外トイレは、ほとんどが日本から持ち込んだ建材で造られている。


「ようこそアリスちゃん! 寒かったでしょう、どうぞストーブの近くへ!」


「わーい!」


「いや、ウチはすぐそこだからそんなに冷えてないけど……」


 土間で()()()()()、アリスが中に入る。

 ユージも、続けてサクラも。

 コタローは足をキレイに拭かれてからだ。


 トリッパーたちの拠点である平屋に入って、ユージは中を見渡した。


 出入り口はユージたちが入ってきた扉のほかにもう一つある。

 通常使われるのはそちらの扉で、いまユージたちが使ったのは「ユージの家の謎バリアの中に逃げ込む」ためのものだ。

 便利だからとユージの家と行き来する時も使われているが。


 土間の先は一段高い板張りのフローリングだ。

 トリッパーたちの汗と涙と努力と、掲示板の集合知とネットに転がる情報の結晶である。

 この世界の農村では地面そのままの家がほとんどだが、寒さと虫対策で一段上げたのだ。

 持ち込んだ木材とセメントがなければさすがに不可能だったことだろう。

 いかにネットに繋がるとはいえ、トリッパーたちは素人なので。


 土間は靴や上着を脱ぐだけのスペースではない。

 土間に並んだ二つの大きな水瓶は、冬になる前にケビンに持ってきてもらったものだ。

 飲料水はユージの家の水道から各自が確保して、洗い物や掃除には水瓶に溜めた水を使っていた。

 まあ水瓶の水も、朝晩二回、ユージの家からホースで入れるだけなのだが。

 資材と知識が足りなくて水道そのものは引けなかったらしい。


「ほんと、薪が準備できてよかった。水分がなんちゃらって聞いた時は焦ったけど」


「そのあたりはファンタジー世界の便利さだろうな」

「俺は『木をすぐに薪にできない』って知らないユージに焦ったけど」

「すまん、俺も知らなかった」

「おいおいカメラおっさんも都会人かよ」


 土間には水瓶のほか、日本から持ち込んだ薪ストーブと煙突が設置されている。

 外壁から離されて土間の真ん中という、中途半端な位置だ。

 熱効率を考えると平屋の中央に設置するのがいいのだろうが、そこは素人の集まりだ。

 防火対策を考えてのことだろう。

 ちなみに、土間の二つの出入り口のほか、普段使わない避難路も用意されている。

 トリッパーたちはチキンであるらしい。いや、用心深いというべきか。


「クールなニート、寒さはどう? けっこう暖かく感じるけど」


「ああ、なんとかなっている。まあ交代でユージの家で過ごす機会がなければ厳しいのは変わりないが」


「えー? ここもおウチもあったかいよ?」


「ふふ、アリスちゃん、私たちは()()()()がない家に慣れてないの」


 トリッパー自作の平屋は、なんとか冬を越せる程度には暖かいらしい。

 ユージと一部のトリッパーが、プルミエの街まで往復して防寒グッズを入荷した成果である。


 平屋の奥、薪ストーブから遠い内壁には透明のビニールがゆるめに張られている。

 街で手に入れたものではなく、日本から持ち込んだビニールハウス用のシートだ。

 風を通さず熱を逃がさないように流用したようだ。

 全面に張らなかったのは換気を考えてのことだろう。薪ストーブの近くも張られていない。


 板敷きの床には、場所によってさまざまなものが敷かれていた。

 日本から持ち込んだブルーシート、ユージの家にあった絨毯、街で手に入れた毛皮。

 地面からの冷気を防ぐべく、涙ぐましい努力をしているらしい。もはや床暖房は憧れだ。


「そんなことよりも! アリスちゃん、試作品ができましたよ。これを試着していただいて、そうそう、ランドセルもできたのです」


「らんどせる?」


「わっ、もうできたんですね! はやい!」


「あれ? ランドセルって、一昨日ぐらいに『頑丈だしいいかも』って試作することになったような」


「聞くなユージ。張り切ったヤツが、張り切りすぎたヤツがいるんだよ」

「そんなこと言ってトニーもノリノリだったくせに」

「だいたい、ランドセルの革とは違うし金具もない。『ランドセルもどき』か『ランドセル風』というべきだろう」


 現在、平屋に宿泊するのはだいたい20人ほどだ。

 トリッパーたちは何組かに分かれて、ユージの家に泊まる組をローテーションしている。

 農作業できない冬でも、一行はヒマを持て余しているわけではない。

 もともと「剣と魔法のファンタジー世界」に農業をしにきたわけではないことはいいとして。


 ユージの家に泊まる組は雪かきと開拓地周辺の伐採を、平屋に残る組は布と革製品の試作をしていた。

 冬が終わって街と往復できるようになったら、服や下着、カバンのサンプルをケビンに見せて、販売する商品を決めることになっている。

 剣と魔法のファンタジー世界でも、お金を稼ぐ手段は必要なのだ。

 まあ、量産することになったらケビンに任せるつもりのようだが。


 20人ほどが生活する平屋には間仕切りがいくつも置かれていた。

 座って作業をしたり、パソコンに向かう分にはまわりの目が気にならなくなっている。

 大きな一部屋ではあるが、少しでもプライバシーを確保しようという試みだ。

 日本にあるフェリーやサウナの、雑魚寝する大部屋に1mほどの衝立てが用意されたようなものだろうか。

 生活空間とは別に、服作りや革製品を作る作業場は広めに取られていた。

 日本から持ち込んだ工具やミシンなどもそこに置かれている。


「うんと、こうするの?」


「わあ、似合ってるよアリスちゃん!」


「ほんとう? えへへー」


「あああああああ! なぜ! なぜ染料がないのですか! 赤! 生成りではなく赤でなければ!」


「うるせえロリ野郎、血で染めろ」

「やめろ動画担当! 本気にしたらどうするんだ!」

「血……そうか血は赤い……いえこの世界のモンスターの血は青く……ならば……」

「ヒッ!? 正気、正気に戻れNOタッチ!」


「染料かあ。うん、服を作るにも革製品にも必要よね。春になったらケビンさんに相談しなくっちゃ!」


「サクラさん、ケビンさんよりも……()()()に手配してもらいましょう」


「あっ、そっか!」


「みんなやる気だなあ」


「暢気かよユージ! もうすぐ春になるんだぞ!」


 試作ランドセルを背負ったアリスを囲んで、大人たちはデレデレだ。守ってあげたい庇護欲である。もしくは親心のようなものである。きっと。


「うん、ランドセルも候補に入れましょう! さあ、次は」


「え? サクラ、まだ作るの? もうけっこうな数になってるような」


「なに言ってるのお兄ちゃん! お金は大事なんだから!」


「ユージ、俺もサクラさんに賛成だ。候補は多い方がいいだろう。……武器関連は秘匿したいしな」


「秘匿? 『教えたくない』じゃなくて秘匿?」

「突っ込むなミート! そこに突っ込んだら長くなるぞ!」

「はあ、繋がるのがステイツだったらなあ」

「なんだかルイスさんまで不穏なことを言い出してます!」

「落ち着けトニー。大丈夫、大丈夫だ。大丈夫だよな? ()()()()に変なもの入ってなきゃいいけど」

「そんなこと言って期待してるだろ動画担当。……掲示板見てみるか」


 剣と魔法のファンタジー世界であっても、寒さが厳しい平屋であっても、雪に降りこめられた開拓地であっても、掲示板の元常連、いや、常連たちは騒がしいらしい。


「おーい、ユージ殿、こっちにいるか? ちょっと相談があるんだけどよ」


「あ、ブレーズさん。どうしました?」


「春になったらワイバーンが来るんだろ? 作戦を考えときたくってよ」


「そっか、そうですよね、今回はみなさんがいますもんね」


 ユージがこの世界に来てから三年目の冬。

 トリッパーたち、それに新たな開拓民を迎えたはじめての冬。


 ユージとアリスとコタローだけだった頃と比べてずいぶん賑やかに、冬は過ぎてゆく。


「ブレーズさん、ユージ、あらためて作戦会議を開こう。今度はもっと安全に、簡単に狩ってみせる」


 間もなく寒さは厳しさを緩めて、春に近づいていくことだろう。


 春の恒例となったワイバーンの襲来、それに。


 キャンプオフも、徐々に近づいてきていた。


 ユージが家ごとこの世界にやってきて、トリッパーたちもまたこの世界にやってきた、同じ日が。


次話、4/28(土)18時更新予定です!



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