IF:第三話 ユージと掲示板住人たち、プルミエの街でケビンと冬の間の話をする
「こんにちはっ! ケビンおじちゃんいますかっ?」
こんこんとノックしてから声をかけ、返事を待たずに扉を開ける。
アリスはちょっとせっかちな幼女であるらしい。
「はいどなたで……アリスちゃん!? ユージさんも!」
「こんにちはケビンさん。突然すみません」
「ユージ、突然ではないだろう。冬の間にチャレンジすることは伝えていたからな」
「みなさん! では、無事に森を抜けてきたのですね!」
「元3級冒険者の俺が道案内についたんだ、これぐれェは軽いって」
ユージの家とそのまわりの開拓地を出た10人と一匹。
雪が積もる冬の森を抜けて、一行は無事にプルミエの街にたどり着いた。
ユージたちが最初に向かったのは、ケビン商会である。
「おおっ、それはそれは! おっと、失礼しました。外は寒いでしょう、みなさまどうぞ中にお入りください」
ケビンに招かれて、10人と一匹はケビン商会の建物に足を踏み入れる。
扉は閉まっていたが、一階の店舗は営業中だったようだ。
木製の棚には日用品のほか、ユージたちとともに開発した保存食のサンプルが並んでいる。
もっとも、客はいないようだが。
「ケビンさん、大丈夫なんですか? エンゾさんも入れたら俺たち10人と一匹で」
「はは、心配いりませんよユージさん。この季節、いらっしゃるお客さまの数は少ないですから」
ケビンは、なにやら書き物をしていた丁稚に店番を任せて上階へ向かう。
ユージは表で雪や土を払ってから、ケビンのあとについていった。ぶるんっと雪を飛ばしてから、コタローも。
ケビン商会は食料品も扱っているのに、犬を店内に入れてもOKらしい。この世界の衛生観念は緩い。まあ棚に並んでいるのはサンプルだからだろう。たぶん。
「あー、やっぱ建物の中はあったかい」
「だが鎧戸を閉ざすと薄暗いな。ガラスを量産化できれば……」
「クールなニートがひさしぶりにマトモなこと言ってる」
「うーん、雰囲気はあるけどお土産にはどうなんだろ。異世界感が足りないかな」
ユージとアリスに続いて、トリッパーたちも階段を上がる。
異世界の日用品を販売する店舗は、彼らにとってもう珍しいものではなくなっているのかもしれない。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「おお、ユキウサギの毛皮ですね! 買い取らせていただけますか?」
「エンゾさん、いいですよね?」
「ああ、その値段なら冒険者ギルドに売るより高いしいいだろ。剥がして肉をこそいだだけで下処理してもねえ毛皮だ、工房や店に持ち込んでも買い叩かれんだよなあ」
「はあ、そういうものですか……」
「ところで、ユキウサギの肉はないのでしょうか? そちらも勉強させていただきますよ?」
「あのねえ、おいしかったよ!」
「ケビンさん、その、肉はぜんぶ食べちゃいまして」
「そうですか、それは残念です……」
応接室のテーブルの上に、道中で仕留めたユキウサギの毛皮が並んでいた。
ケビンが示した買い取り額に、クールなニートやドングリ博士は「これほど高値で売れるのか」と驚いている。
この世界に来てから三年目なのにユージはスルーである。10年引きニートしていた男に金銭感覚はない。
あとYESロリータNOタッチもスルーである。アリスの感想にニコニコしているだけだ。
ユージの足元にいたコタローはぺろっと舌を出してぶんぶん尻尾を振っている。あれはおいしかったわ、とでも思い出しているかのように。
ユキウサギの肉は街で売るつもりだったが、ユージたちはおいしさに負けて食べ尽くしてしまったらしい。主に肉食系の女性陣のせいである。
「時間はかかりましたが、緊急時には街まで来られることがわかりました。挑戦した意味はあったと思います」
「そうですね、完全に孤立した農村は大変ですから。春になって最初の行商は緊張したものです。農村のはずなのに誰も返事がなかったら、と」
「異世界過酷すぎィ!」
「落ち着けミート。日本だってめずらしい話じゃないぞ」
「いやめずらしいだろ。ドングリ博士は何時代の日本から来たんだ」
「孤立した集落がゴーストタウンに……ホラーね!」
「あ、そこはゾンビって言わないんですねサクラさん」
さすがに、応接間に10人と一匹全員が入ると狭い。
座っているのはケビンとユージ、アリス、クールなニート、エンゾだけで、ほかの6人はテーブルを囲むように立っていた。コタローは床に座っている。犬なので。
「では、ユージさんたちが帰路につくまでに防寒着を用意しておきましょう」
「あ、はい、お願いします」
「ケビンさん、こちらでは防寒対策はどうしているのですか? ユージの家はともかく、俺たちも開拓民もなかなか厳しい環境で」
「あ、私も気になります! 新しい服のヒントになるかもしれないし!」
「そうですねえ、高級品で言うと毛糸を使った服、それに羽毛や綿を入れた上着でしょうか。値段を抑えるとなれば毛皮、最も安価なのは植物ですね」
「え? 植物?」
「ユージ、言い方はアレだがめずらしくはないだろう。日本で言う蓑のようなものじゃないか?」
「毛糸のセーター、羽毛のダウンに綿入れ半纏……そっか、ここでは毛皮が安いんだ。モンスターもいるから」
ケビンの言葉を聞いて、ユージの妹のサクラはブツブツと考え込んでいる。
新しいデザインの服を開発して売り出す担当者として気になったのだろう。コタローは、けがわがないなんて、にんげんはたいへんね、とでも言いたげに興味がなさそうな目つきだ。
「防寒具も似たようなものでしょうか。厚手のじゅうたんは値が張りますから、農村では毛皮を敷くか、枯れ草や葉で対策をとっているようです。火事は怖いのですが、寒さには耐えられないと」
「はあ、なるほど」
「……暖炉に代わるものとして薪ストーブや囲炉裏、茅葺きの知識と技術は商売になる可能性があるか。単純なものだしすでにあるかもしれないが。あとは値段と素材か」
サクラに続いて、クールなニートがブツブツと考え出す。あとドングリ博士も。
会話ができるように見えて、やはりコミュニケーション能力が微妙な集団である。
「では、後ほど一通り商品をお見せしましょうか」
「あ、はい、お願いします」
「手配しておきましょう。時にユージさん、駐留地の様子はいかがでしたか? 冬の間も、野営の訓練を兼ねて活動を続けると聞きまして」
「あー、そっちは通らねえで来たんだ。気にはなったんだがよ」
「なるほど、川ぞいにいらっしゃったんですね」
防寒具や防寒着のメドは立ち、あとは実際にモノを見て話を進めようと考えたのだろう。
話題を切り替えたケビンに答えたのはエンゾだった。
ケビン、街と開拓地の間に「軍が駐留する」ことを気にしていたようだ。
「冬も駐留する。かなりの力の入れようですね」
「ええ。ただ『冬の訓練地』として伝わっているだけで、市井に新たな開拓地のことは漏れていません。もちろん、ユージさんたちのことも」
「そのあたりの情報統制は、こっちの方がやりやすいでしょうね。俺たちの故郷ではなかなか」
「この辺境の領主様は騎士でもありますからね。兵士からの信頼も厚く、兵士の練度も高いですよ。ほかの領地なら下から情報が漏れることもありますから」
ニコニコと、いつもと変わらない調子で話すケビン。
だが軍の練度や情報漏洩について語る商人とはなんなのか。さすが『戦う行商人』である。まあ、モンスターがはびこる世界では大事な情報なのだろう。
「立ち入り禁止のお触れがあり、領軍が駐留しています。いつまでも隠し通せるものではありませんが、まだまだ秘密は守られるでしょう。無許可で開拓地に近づく者もいないかと」
「そうであってほしいですね。少なくとも、俺たちが自由に行動できるぐらい力をつけるまでは」
ケビンとクールなニートの会話に、ユージはふむふむと頷くだけである。開拓団長なのに。
「そうだ、宿は取られましたか? 少々狭くてもよければここに泊まって行ってください。冬の間は通いの店員は来ませんから」
「ありがとうございます、ケビンさん」
「気にしないでくださいユージさん。また夜にでも話をしましょう。その時までに冬越えのための商品を用意しておきますね」
「うっし! んじゃユージさん、冒険者ギルドに行かねえか? この前の討伐の報酬を受け取らねえとな!」
積もる話はまだあるが、時間もまたある。
陽が落ちる前に、ケビンとユージたちはそれぞれ別行動を取ることになるようだ。
元冒険者のエンゾは、ゴブリンとオークの集落の討伐を手伝った報酬を受け取ろうとユージたちに提案する。
ユージたちの秘密を守らせるために、エンゾはまだ単独行動が許されていないのである。
「ユージ、それでいいか? 防寒グッズを買うためにもお金は必要だろう」
「あ、うん、俺は別に」
「やったー! アリスおてつだいしてモンスターを倒したから、お金をもらえるんだよ!」
「ふふ、そうねアリスちゃん。……私たちより戦果を出したから、エンゾさんかアリスちゃんが一番もらえるかも」
あいかわらず、異世界の幼女はたくましいようだ。
農村育ちのアリスは、それこそ冬越しのためにはお金が必要なことを理解しているのだろう。
ユージがこの世界に来てから三年目、トリッパーたちが来てから最初の冬。
自宅は電気もガスも水道も使えるため、ユージはこれまで冬対策をあまり気にしてこなかった。
トリッパーと開拓民を迎えて、ユージはようやく辺境の冬の厳しさを体験しているようだ。
それでも家に帰れば快適な暮らしが待っているのだが。
次話、3/31(土)18時更新予定です!
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