IF:第十三話 ユージと掲示板住人たち、モンスターの状況についてケビンと話をする
「いやあ、なかなかの激闘があったようですね!」
「あのねえ、アリスばーんってやったんだよ!」
「ケビンさんは大丈夫でしたか? ここに来るまでにモンスターに襲われたり」
「ゴブリン数匹とオーク一匹に遭遇しましたが……まあそこは、私も長いこと行商人をやってますから」
開拓地の入り口でケビンを迎えるユージ。
アリスは「ケビンおじちゃん」に活躍を報告しようと張り切っている。
「は、はあ、そうですか……えっと、無事だったらよかったです」
ユージ、ケビンの言うことがよくわからなかったようだ。
ケビンの言葉の意味は「長いこと行商人をやっているから、雑魚は撃滅できる」である。『戦う行商人』の二つ名は伊達ではないらしい。
「ようこそケビンさん。道中、それと街の様子を聞かせてください。ゴブリンの住処を探していたはずの、領軍の動きも」
ケビンに声をかけたのはクールなニートだ。
横にいる元冒険者パーティのメンバーも、森の状況が気になっていたのだろう。というか、クールなニートが戦闘を生業にした者たちに馴染んでいるのはなんなのか。いや、きっとユージとトリッパーたちの安全を守るために必要なのだ。きっとそうだ。
トリッパーたちと新たな開拓民は、ユージの家の前に集まって夕食をとっていた。
今日はゴブリンとオーク60匹と戦った戦場を片付けていたため、名無しのミートだけでなく、一部食べられない者もいたようだが。
「ええ、それをお伝えしたくて来たんです。当初は訓練名目でしたが、数が多く本格的に討伐をはじめる、という話でして」
「ああ、そういうことですか」
「クールなニート?」
「街から見て北の森に、本格的な討伐のために兵を送り込んだ。モンスターたちは追いやられたか新たな住処や縄張りを探す。南から攻められているから、北へ。つまり、俺たちがいる方へ」
「あ、なるほど、俺もわかった」
「計らずも領軍が勢子になったってことか。追い込み猟はおたがいの意思疎通が大事なんだけどなあ」
「これ俺たちに被害が出てたら責任問題になったんじゃない?」
「俺はリアルな大規模戦闘が撮影できて大満足だけど。むしろよくやった領軍!」
「動画担当……そういえばこういうヤツだった……」
「こちらの世界では問題にはならないのでしょう。少なくとも明文化はされていません。判例を知りたいところですが」
「裁判? なにそれ美味しいの? だからなあ」
ユージとケビン、クールなニートの会話を聞いていたトリッパーたちが一斉に話をはじめる。
カオスである。
トリッパーたちだけでなく、元冒険者や獣人一家も騒がしくなっていた。
我関せずなのは針子のユルシェルとロリ野郎だけである。
ユルシェルは、YESロリータNOタッチが描いた絵を見ながら熱心に議論していた。アリスは大丈夫か。
「途中まで森を案内してくれた兵たちと別れる直前に、『ゴブリンの住処が見つかった』という報告が入りました。領軍はこれを包囲して殲滅しようとしています。今後はこうしてモンスターが流れてくることは減るでしょう」
「おお、見つかったんですね! よかった、これでこのあたりも安全になるなあ」
「位階を上げるチャンスが減るのか……ふむ」
「おい『ふむ』とか言い出したぞあの戦闘狂」
「やっとゴブリン牧場を諦めさせたのに……」
「ゴブリンもオークも絶滅させるべき。エルフが危ない」
「いやそれエロゲの話だろ? まあ無垢な村娘を襲う時点で殲滅するべきだけど」
「それもエロゲの話でなんなのコイツら」
「戦闘が撮れなくなるのはなあ」
「一緒にしないでくれ、俺は日常の写真が撮れれば充分だ」
ケビンの話を聞いてほっと胸をなでおろしたのはユージだ。
さすが開拓団長で防衛団長である。
この世界に来て三年目のユージは、モンスターの危険性を一番感じていたのだろう。
なにしろ転移した直後にはユージ一人でゴブリンを相手していたのだ。
自宅の謎バリアがなければ、ユージはあっさり死んでいたことだろう。あとコタローがいなければ。
一方で、クールなニートはなにやら考えこんでいた。
この世界では、モンスターを殺すと位階が上がる。
位階が上がると身体能力が上がり、つまり強くなる。
魔法を斬り裂いた冒険者ギルドマスター、人間重機のような力を見せるユージ、魔法幼女アリス、空を駆けるコタロー。
位階が上がって強くなったことを考えると、クールなニートはそのチャンスをなくしたくなかったのだろう。
身体能力だけでなく「しかしMPがたりない!」がなくなって、魔法が使えるようになるかもしれないのだから。
いまのところ、トリッパーで魔法が使えるのはユージ、そよ風を吹かせられるようになった名無しのミート、ちょっとだけ地面をでこぼこさせられるようになったドングリ博士だけだ。
トリッパーは剣と魔法の中世ヨーロッパ風ファンタジー世界に行くことを望んだ男たちである。
魔法を使うためにも、危険を減らすためにも、位階を上げたがる者がいるのも当然か。
「あー、ケビンさん。領軍は冒険者に声をかけてねェのか? 大規模討伐の時にはたいてい斥候系の冒険者に依頼が出るもんだけどよ。いい小遣い稼ぎになるんだよなァ」
「そういえばエンゾはよく駆り出されていたな。あとは新人冒険者が経験を積む意味でも下働きに同行することも多かったか」
ケビンに話しかけたのは元冒険者パーティの斥候のエンゾ、それにリーダーのブレーズだ。
当たり前だが、領軍は兵士である。
モンスター相手の偵察や追跡が得意な兵士は少ない。
そのあたりを補うために、対モンスターの大規模討伐には冒険者に依頼を出すことも多いらしい。
「話を聞いた限りでは、今回も出すようですよ」
「おおー、んじゃちょっくら小遣い稼ぎに行ってくるかなあ」
「おいエンゾ、俺たちはプルミエの街に入れないんだぞ。受けられないし稼いでもしょうがないんじゃないか?」
「ばっかブレーズ、金は貯めといて損はねェだろ? 依頼を受けんのは……まあ、いままで通りなら冒険者ギルドの職員が連絡役で来てンだろ」
ユージたち稀人の情報を秘匿するため、新たな開拓民はほかの村や街に入ることはできない。
秘密を守れるとユージたちと領主夫妻、代官が信頼できるようになれば解除する予定だが、いまはまだ移住したばかりだ。
それでも元冒険者のエンゾは、今後のためにお金を稼ぎたいようだった。街で使う予定でもあるのだろうか。
「……それは、冒険者なら誰でも参加できるでしょうか?」
そんなケビンとエンゾ、ブレーズの会話に切り込んだのはクールなニートだ。
なにやら真剣な表情である。
「ん? まあ、新人冒険者の下働きならイケるんじゃねえか? 専門技能がないとたいした稼ぎにはならねえと思うけどよ」
「お金は問題ではありません。位階を上げる機会は、逃さない方がいいと思うのです」
「あー、それは運次第だな。下働きっても包囲には参加するだろうから、まあ殺す機会がないわけじゃねえ」
「なるほど……ふむ」
「えっと、クールなニート? 俺たちも行くってこと? 今回みたいに柵も、もしもの時に逃げ込む謎バリアもないわけで、危ないような」
「安心しろユージ、行けるとしても希望者だけだ。今回は守りではなく攻めなのだから」
「あっはい」
自分から危険に突っ込むらしいクールなニートの判断に、ユージは引き気味であった。
アリスはきらきらと目を輝かせて、コタローはユージのまわりをぐるぐる走りまわっている。わたし、わたしはいきたいわ! と言わんばかりに。アリスもコタローも血気盛んであるらしい。幼女と犬なのに。
「片付けがグロすぎたし俺はパスで!」
「行きます! エルフを狩るモノたちは殲滅すべきなのです!」
「私はアリスちゃん次第ですね。アリスちゃんが行くなら私が盾となりましょう」
「むしろダメージ与えそうなんですけど。やいばのよろい かよ」
「俺も行きたい! もうちょっとで魔法使えそうな気がするんだよね!」
「俺は残る。ほら弓矢は防衛戦の方が効果を発揮するし。なんだか弓の才能あるみたいだし」
「外に出るとネット使えなくなるからなあ。俺はパスで」
「集団戦なら撮影担当は必須だろ! しかもこの世界の軍対モンスターって!」
大騒ぎである。
戦闘狂はクールなニートとアリスとコタローだけではないらしい。
いや、単に欲望に忠実なだけ、とも言えるかもしれない。
「よし、希望者を整理しよう。その後は」
「まとめていただいたら、私が走りましょう。参加できるかどうか、時期も含めて確認してきますよ」
「ありがとうございますケビンさん」
「みんなすごいなあ……俺はできれば安全な場所で」
「はい! ユージ兄、アリスも行きたいです!」
「え、ええー? アリス、戦いだよ? 危ないんじゃ、いてっ、コタロー?」
遭遇戦や防衛戦は仕方がないが、わざわざ危険を冒す必要はないのでは、とユージは思ったらしい。
だがユージの家族であるコタローと、義妹のアリスはそう思わなかったようだ。
殺る気満々である。
「ははっ、まあ大丈夫だユージさん。俺も行くつもりだしよ、なんかあったら守ってやるから!」
「エンゾは斥候役で駆り出されるだろう。ユージさんやアリスちゃんが行くなら、俺も行くか。……新婚生活には何かと入り用だしな」
トリッパーたちの参戦に、元冒険者のエンゾとブレーズも乗っかるようだ。
ユージがこの世界に来てから三年目、トリッパーたちが転移してから最初の秋。
秋も深まる大森林で、ゴブリンの住処の討伐作戦がはじまる。
当初のユージを悩ませたゴブリンの頻出の原因は、ついに解決に向かうようだ。
次話、2/3(土)18時投稿予定です!





