IF:第十話 ユージと掲示板住人たち、モンスターの集団の襲来に備える
「おイモおいしーね、ユージ兄!」
「ほんと、やっぱり自分たちで育てたからかなあ」
アリスが、ふかした『開拓民の救世種』をはふはふとほおばる。
並んだユージも、ジャガイモに似たこの世界のイモを口にして、満足げに笑っている。
開拓地に作られた広場には、切り株を加工したイスが並んでいた。あとトリッパーが持ち込んだキャンプ用の折り畳みチェアも。
「俺の、俺たちの仕事の成果……」
「わかる、わかるぞ名無し。向こうじゃ働いてなかったもんなあ」
「あちっ! あちっ!」
「バターいる人ー! こっちじゃ高いから貴重なバターだから心して食べるように!」
新たな開拓民とともに農作物を収穫してから数日。
今日は「試食会」と称して、小さな広場で自分たちが育てた作物を食べている。
芋煮会ではない。
流派をめぐる争いを避けたのではなく、味噌も醤油も貴重品だったので。
「おいしいね、おとーさん! 少し前はどうなることかと思ったけど……」
「そうだなマルク。ユージさんたちに買われて……雇われてよかったよ」
広場でイモをほおばっているのはトリッパーたちだけではない。
犬人族の親子、マルセルとマルクがぶんぶんと尻尾を振っている。
針子の二人や、元冒険者たちの姿も見える。
開拓地周辺の探索班と引率以外は、作業の手を止めて「試食会」としたようだ。
トリッパーたちの多くはニートで、この世界に来てから初めて働いた者も多い。
開墾からはじめた、自分たちの成果を確認するには大事な機会だったのだろう。
ユージもアリスもトリッパーたちも、新たな開拓民たちも、笑顔が浮かんでいた。
そんなのどかな秋の日に。
「おーい、みんな! 大変だー!」
「おいミート、それを言うならちゃんと『てえへんだてえへんだ』で行かないと!」
「トニーとミートのハートが強すぎる……」
小さな広場に、駆け込んでくる者たちがいた。
「うん? どうしたの?」
「ユージ、暢気にしてる場合ではないだろう。どうした探索班?」
唯一「試食会」に参加せず、活動していた探索班の面々である。
叫びながら走ってきたせいか探索班のトリッパーたちは息を切らして、クールなニートに聞かれても返事ができない。
運動習慣がついても位階が上がっても、しょせんは付け焼き刃である。
「ユージさん、ブレーズ。ここから南に、ゴブリンとオークの集団を発見した。こっちに向かってきやがる」
「準備しニャいと」
けっきょく、何があったか知らせたのは、探索班を引率して指導していた元冒険者の斥候・エンゾと、獣人一家のうちの猫人族で狩人のニナだった。
「ゴブリンとオークですか。最近は減ってたのになあ」
「動じないお兄ちゃんがなんだか大物に見える……」
「ユージ兄、サクラおねーちゃん! アリス、ばーんってやる?」
「アリス、落ち着いてね。必要だったら言うから」
「はーい!」
「エンゾさん、ゴブリンとオークとのことですが、数はいかほどで? また6匹程度でしょうか?」
ガヤガヤと騒ぎ出すトリッパーたちをよそに、一部は冷静な者もいたようだ。
自ら「クール」と名乗ったクールなニート、モンスターが身近な世界で暮らしてきたアリスや新たな開拓民たち、それとユージである。
まあユージの場合はただ暢気なだけかもしれないが。
探索班に同行して、テンション高くユージにまとわりつくコタローとは大違いである。それにしてもコタローは血気盛んか。武闘派雌犬であるようだ。
「あー、それがそこそこ多いんだわ。ゴブリンが50、オークが10ってとこだな」
「ごじゅっ!?」
「ほう、これまでにない数ですね。これは楽しみだ」
「おいおいおいおいマジかよ! エロ担当モンスターがそんなに大量に!」
「待て。クールなニートがおかしい。『楽しみ』ってなんだ」
「50……だ、大丈夫大丈夫、俺は弓矢担当だし、才能あるって」
「カメラおっさん! 急いで準備するぞ!」
「なあ、60ってヤバいんじゃない? ユージの家に避難した方が」
「あ、そっか、ウチなら謎バリアがあるから……えっと、ブレーズさん、ゴブリン50、オーク10ってどれぐらい危ないんでしょうか?」
「ああ、いい質問だユージさん。答えを言うとな、これは……」
元3級冒険者パーティ『深緑の風』。
リーダーのブレーズがニヤッと笑う。
「余裕だ。撃退するだけなら俺とコイツ、二人で充分。囲まれない場所を選べば俺一人でもイケるな。逃さず殲滅したいなら俺らパーティ全員で、程度だ。訓練通り柵を使って戦うんならケガ人も出ないだろ」
「あ、そっか。ここには42人いるわけで」
「そういうことだ、ユージ。一人二匹も殺せないな」
ユージの発言にコタローが吠えまくる。わたし、わたしもいるわよ、とばかりに。
あとクールなニートが物騒すぎる。
探索班が知らせた、60匹のモンスターの襲来。
新たな戦力を加えた開拓地においては、楽勝なようだ。
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「でも、なんで急にそんなたくさん来たんですかね」
「お、お兄ちゃんがまともなことを……」
モンスターの襲来を知らされて、ユージとトリッパー、移住者たちは装備を整えて開拓地の柵の前に集まっていた。
元冒険者パーティの斥候と猫人族のニナは「モンスターを誘導する」と言い残して、森に入っていった。
そこそこの数だけに、逃さず一網打尽にするつもりらしい。
あとサクラ、ユージに失礼である。兄に厳しい妹か。
「たぶんだが、街の方は領軍が出張ったからだろ。この開拓地と街の間の森にゴブリンどもの住処があるんだろうな」
「なるほど、ゴブリンたちから見れば南を塞がれた。西は川。そこで北に向かってきた、と」
ユージが抱いた疑問に仮説で答えたのは元冒険者パーティのリーダーだ。
クールなニートが応じて、ユージは「はあ」などと生返事である。開拓団長なのに。
「実戦に勝る訓練はない。ユージ、予定通り任せた」
「クールなニート、ほんとに俺が防衛団長でいいの? クールなニートとか、元冒険者のみなさんがやった方がいいんじゃ……」
モンスター60匹の襲来。
防衛戦の指揮は、ユージが執るらしい。大丈夫か。
「この開拓地のトップ、開拓団長はユージだ。指揮系統は一本化した方がいいだろう」
「ははっ、緊張すんなってユージさん。失敗したって俺たちがカバーできる相手だからな」
「そういうことだ。いざという時はユージの家に逃げ込むわけで、やはりユージが防衛団長の方がいいだろう。それに……」
クールなニートが、チラッと背後を振り返る。
「ユージにいー! アリス、いつでもばーんってできるからねー!」
ふんす、と鼻息も荒いアリス。
ユージが保護した異世界の幼女は、すっかりユージに懐いている。
アリスはプルミエの街の冒険者ギルドマスターから「4級相当」のお墨付きをもらった火魔法の使い手なのだ。
気心知れたユージが指示する方がいいだろう。
「ヤバい緊張してきた」
「60匹を倒すってヒドいことになりそう……」
「落ち着けミート、いまからグロを想像してどうする」
「ドングリ博士、アレは使わないの?」
「予定通り、使わないつもりだ。まだ見せてないし、見せない方がいいだろうと思って」
「あああああ! やっぱりカメラマン二人じゃ足りないって!」
「そうだジョージ! 倒したあと放置したらゾンビにならないかな!」
「ゴブリンゾンビか。あまり聞かないなあ、ルイス」
「エルフにヒドいことするモンスターたちなんて殲滅だ殲滅!」
「張り切るアリスちゃんもかわいいですねえ」
意気込むアリスとは逆に、トリッパーたちは平静を保てていない。
緊張に震える者、ちょっとイッちゃった目つきで武器を触る者、興奮する撮影担当たち、拳を振り上げるエルフスキーに戦闘はどうでもいいらしいYESロリータNOタッチ。
どう考えても、防衛団長は任せられないだろう。
「おとーさん! ボクも戦うよ! もう二度とボクたちの畑を荒らさせないんだ!」
「マルク、立派になって……」
「き、緊張するなあ」
「しっかりしなさいヴァレリー! 男を見せるのよ!」
トリッパーたちから少し離れた場所には、犬人族のマルセルとマルク、針子の二人がいる。
まだ幼いマルクも、針子の二人もクロスボウを手にしている。
三人も戦うつもりらしい。
特に、畑がモンスターとの戦場になったせいで故郷の村を離れることになったマルクは戦う気満々だ。
戦闘経験はないようだが。
そもそも元冒険者たちを除けば、一番モンスターを倒してきたのはユージかアリスだ。もしくはコタロー。
そのあたりも考慮されて、ユージが防衛団長になったのだろう。
「わかりました、ブレーズさん。それにクールなニートも。俺は開拓団長だし、俺がいるからみんなが来てくれたんだし……俺、がんばります! 防衛団長として!」
握りこぶしを固め、ユージが決意を口にする。
そういえば、開拓団長は選択肢を与えられる前になし崩しでユージになった。
ユージが自ら役職を引き受けたのは初めてである。
担ぎ上げられた、とも言えるかもしれないが。
ともあれ。
ユージがこの世界に来てから三年半。
どうやらユージも精神的に成長しているようだ。少しは。
次話、1/13(土)18時投稿予定です!





