IF:第十一話 ユージと掲示板住人たち、プルミエの街でのそれぞれの行動:ドングリ博士班
「葉もの野菜。ほうれん草に似てるな。これはキャベツっぽい」
「ドングリ博士、こっちにジャガイモがあったぞ! それにトマトも!」
「なあユニコーンはこっちでよかったの? 俺はほら、領主夫人に会えないなら人が多いところで充分満足だけどさ。ほら、別の班は奴隷商館に行くって」
「なに言ってんだ巨乳好き。性的な奉仕を強要されることはないタイプの奴隷制って言ってたろ? じゃあ別にいいんだって」
「はあ、そういうもんなのか」
プルミエの街の青空市場に、騒がしい一団がいた。
ドングリ博士、洋服組B、巨乳が好きです、ニートなユニコーン、数人の名無し。
トリッパーたちは異世界の青空市場をワイワイ言いながら見てまわる。
ユージ班とは違って、農作物を中心に見てまわっているようだ。
どうやらこの班は、開拓地の畑で育てる「この世界の作物」を物色しながら、露店に並ぶ小物を買い物するグループらしい。平和か。観光か。
「そういえば、青空市場に肉屋はないのか」
「やめろドングリ博士! 何の肉を探してんだ!」
「ユニコーン、俺は別に例のアレが食べたいわけじゃないぞ? このあたりでどんな肉を売ってるか興味があるだけで」
「おや、アンタらはお肉を探してるのかい? 露店じゃ秋でもなければ売ってないんじゃないかねえ」
「そうなんですか?」
「そうだよ、この時期じゃちゃんとした肉屋に行かなきゃ! 冒険者ギルドから買い付けてるお店がオススメだね!」
「ああなるほど、冒険者ギルドは素材の買い取りをしているんでしたっけ」
「そういうこった! 秋口ならね、農村から肉を売りにくる農家なんかもいるんだけどねえ」
ドングリ博士に話しかけてきたのは、野菜を売っている露店のおばちゃんだった。
どうやらトリッパーたちの会話を耳にして話しかけてきたらしい。
どこにでも世話焼きなおばちゃんはいるようだ。
ところでドングリ博士は何の肉を探していたのか。普通、肉屋で虫は売ってないだろう。せめて佃煮屋だ。あと缶詰。
恰幅のいいおばちゃんに話しかけられたトリッパーたちは、さりげなくドングリ博士の陰に隠れる。
どうやらこの班の渉外担当はドングリ博士らしい。
それにしても全員隠れようとしたのはなんなのか。当然隠れられるわけがない。
「おばち……お姉さん、俺たち開拓地で育てる野菜を検討してるんです。どれがいいですかね?」
「あらやだこんなおばちゃんを捕まえてお姉さんだなんて! よーし、お姉さん張り切っちゃうかね!」
鼻息も荒く腕まくりする露店のおばちゃん。
このあたりのコミュニケーションは世界が変わっても変わらないらしい。
ドングリ博士は、ほかのトリッパーたちから尊敬の目で見られている。
「まわりはまだ森なんですよ。畑も作ったばっかりだから、まだ土を仕込めてないんですよねえ」
「じゃあやっぱりコレだろ! ああ、でも種イモはちゃんと商人から買うんだよ? これは食べる用だからね!」
「これ、ですか? ジャガイモ? それに種イモって」
「これはねえ、『開拓民の救世種』って呼ばれてるんだよ! 荒れた場所でも育つしちょっとやそっとじゃ枯れなくてねえ。味はまあ、それなりなんだけど。開拓の初期はこれで命を繋ぐのさ!」
「ジャガイモ、いや、種類は違うのか?」
「ドングリ博士、こまけえことは気にするなって! ヨーロッパっぽいけど剣と魔法のファンタジーなんだし!」
「おい、言葉に気をつけろよ名無し」
「味、か。おばちゃん、売ってる野菜を全種類、ちょっとずつちょうだい」
「おっ、太っ腹だね! あいよ!」
植え付けのための種イモや種、苗は商人から買うものらしい。
何を育てるかはケビンとも相談することにして、ドングリ博士はひとまず露店で売られている野菜や果物、このあたりの作物を少量ずつ一通り購入するようだ。
「おいドングリ博士、こっちこっち! 革の小物を売ってるって! 参考になるかも?」
「はあ、どこを探してもいい感じの下着は売ってない。この世界は俺に厳しすぎる」
「胸にしか価値を見いだせないヤツは偽乳で騙されとけ。内面が大事なんだよ!」
「ユニコーンが言う内面ってなんだろう」
30人のトリッパーたちは、転移する前に宇都宮の超大型ホームセンターに寄った。
そこでは保存食や開拓に使えそうな道具、武器になりそうな物のほか、加工に使えそうな物も購入している。
布や糸はもちろんミシンや針といった裁縫道具、それに革の加工具も。
持ち込んだ作物だけでなく、この世界の作物も育ててみる。
持ち込んだ道具で、この世界で売れる商品を検討する。
すでに販売することが決まった服について調べるユージ班とは違って、ドングリ博士班は新たな商品を模索しているようだ。
「おおっ、これなんかかっこいい! すげえ異世……この街っぽい!」
「へえ、革の端切れをうまいことアクセサリーに加工してるのか」
「こっちの木の商品もすごいぞ! クシにバングル、これは……ベルトの留め具?」
「はあ、器用なもんだなあ」
……単に買い物を楽しんでいるだけかもしれない。
ともあれ、ドングリ博士班もまた充実していたようだ。
ドングリ博士、洋服組B、巨乳が好きです、ニートなユニコーン、数人の名無し。
異世界で初めての街、初めての自由行動を純粋に楽しんだ班である。まるで海外ツアーに参加した日本人の自由時間のように。
まあ、どの班も異世界の街を楽しんではいたようだが。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
「よしみんな、準備OK?」
「いいからいいから! ほらトニー、早く早く!」
「待て待て。ミート、ちょっと扉に手をかけてそのまま。よし、OK」
「いきいきしてるなカメラおっさん。はあ、この扉の先にエルフがいないってわかってるのに」
「そう言うなってエルフスキー! エルフは王都に冒険者がいるってわかってるだけいいだろ? 俺はリザードマンの情報を集めなくちゃ!」
「昨日は10級って言われたけど! 今日こそ俺の眠っている力が!」
「ないから。俺もお前も10級だから」
「最初は何を受けるべきか。薬草採取、それともやっぱりゴブリン討伐?」
プルミエの街の石造りの建物の前に、ガヤガヤと騒がしくテンションが高い一団がいた。
名無しのトニーとミート、カメラおっさん、エルフスキー、爬虫類バンザイ!、数人の名無し。
自由行動を許されたトリッパーたちのうち、トニーとミートが率いる班である。
「よし、じゃあ行くよー!」
先頭に立ったトニーが扉を開ける。
中にいた冒険者が一斉に視線を向けて。
ほとんどの冒険者が、視線をそらした。
ヤベエヤツらが来た、とばかりに。賢明な判断である。
いや違う、たしかに班分けした中ではヤベエヤツらが集まっているが、冒険者たちが恐れをなしたわけではない。
もちろん昨日、ここ冒険者ギルドでことの顛末を見ていた者もいる。
それに昨日の話は、見ていなかった冒険者たちにも噂がまわっていたのだ。
素人っぽい一団は、冒険者にとって有力な引退先である新規の開拓団だと。
しかも代官様や領主様と繫がりがあるらしいと。
そして、絡んだヤツらはエラい目にあったらしいと。
君子危うきに近寄らず。
モンスターや盗賊相手に命を張る冒険者たちだが、長いものには巻かれるらしい。
トニーとミート班が冒険者ギルドにやってきたのを見てとって、受付のおばちゃんはサッと動き出した。
おっさんと美人さん、残る二人の受付はトリッパーたちと目を合わせない。
まるで、何かを待っているかのように。
答えはすぐに現れた。
「これはこれは、昨日のみなさま! 今日はどのようなご用件で?」
現れたのは、口の端から頬に大きな傷跡を残す歴戦の勇士。
ここプルミエの街の冒険者ギルド、ギルドマスターのサロモンその人である。
昨日のトラブルを鑑みて、トリッパーたちの受付担当はコワモテのギルマスになったらしい。
「ギルマスさん! 俺たち、新人冒険者として依頼を受けようと思ってきたんです!」
「そうそう、なんたって俺たち冒険者だからね!」
「ゴブリン退治はありませんか? めっちゃ倒して『こ、こんなに……有望な新人が!』って言わせてやるんだ!」
「おいやめろ。最初の依頼はやっぱり薬草採取だろ。それかウサギ狩り」
「そんなことより! ギルドマスター、王都の冒険者について聞いてもいいですか? なんかエルフがいるって」
「リザードマン! リザードマンの生息地はどこですか!」
カオスである。
聞くではなく聞こえていた冒険者たちは半笑いである。中には笑顔で、「俺も新人時代はああだったなあ」と生暖かく見守っている者もいたようだ。
「あー、じゃあいくつかおすすめの依頼を見つくろいましょう。……おい、隠密が得意なヤツを護衛に出せ」
頬の傷跡を歪めて愛想笑いするギルドマスター。
横に控えたおばちゃんに出した小声の指示は、トリッパーたちに聞こえなかったようだ。
昨日トラブルになったトリッパーたちは、ギルマスに気遣われているらしい。
なにしろ冒険者にとって人気の引退先である新規の開拓団員たちで、代官と領主と繫がりがあるのだから。
これ以上、冒険者ギルドに悪い印象を持たれたくないのだろう。
「ありがとうございます! さーてみんな、なんの依頼を受けようか!」
トニーとミート班。
このグループは、新人冒険者として依頼を受けるようだ。
さすが、中世ヨーロッパ風の剣と魔法のファンタジー世界に来ることを望んだ者たちである。
二班入れようとしたら二班目が長くなりすぎて、次話に続きます!
次話、9/30(土)18時更新です!
※9/26修正 「湖の街らしい」が二つの班に参加していましたので修正しました。
アメリカ組班への参加のみです!
■ 新作コメディはじめてます!
「アイヲンモール異世界店、本日グランドオープン!」
ご一読いただけたら幸いです!
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