IF:第一話 ユージと掲示板住人たち、全員で異世界の街へ向かう
「手元にあるのはワイバーンの皮を売って稼いだ金だけかあ……獣人さんの奴隷っていくらだろ」
「おい待てなんだその思考」
「郡司先生! コイツ人身売買する気ですよ!」
「俺、やっぱりケモナーは置いてくべきだったと思うんだ」
辺境の大森林、人気がない森の中を歩く騒々しい集団がいた。
「通常、犯罪は現地の法で裁かれます。ただし一部の犯罪については属人主義を定めています。人身売買も該当しますね」
弁護士である郡司の一言で、静まり返ったが。
ユージとアリス、コタロー。それに30人のトリッパーたちは、商人ケビンの先導で街に向かっていた。
大半の者にとっては初めてにして、念願の異世界の街である。
班ごとにローテーションで向かう案も示されたが、すでに領主より「街に入る」許可は得た。
入れると知ったトリッパーたちは、待てなかったらしい。
中世ヨーロッパ風ファンタジー世界の街を前に、入れる確証を得ているのに、森で待っていられる者などいないだろう。
彼らは異世界行きを望んで、ユージ家跡地でキャンプオフするほどの猛者なのだから。
「ですが郡司先生、ここは異世界です。こちらにも適用されるとは決まってないのでは?」
「そうだそうだ、言ってやれ物知りなニート!」
「掲示板じゃ『そもそも異世界人を人間と考えるか』って話になってたぞ!」
「極端だなおい。大航海時代かよ」
「主張するとすれば、この国の奴隷制を『人身売買と捉えるか』の方じゃないか? 犯罪奴隷でない通常の奴隷は、自分を買い戻せるそうだ。一種の労働契約と取れなくもない」
「さすがクールなニート! その線でお願いします!」
一行の先頭を歩くケビンとコタロー、ユージとアリス、アメリカ組。
その後ろでは、ワイワイと議論が巻き起こっていた。
街で何をするつもりなのか。
初めての街でさっそく奴隷を購入するつもりなのか。トリッパーの闇は深い。
ユージたちが異世界の村で調査した際、また街で情報を聞いた際に、この国には奴隷制があることが発覚している。
犯罪奴隷は過酷な労働を強いられるが、通常の奴隷はそれほど悲惨なものではないらしい。
奴隷の主は衣食住を提供して労働に対して賃金を支払わなければならない。
また、奴隷はお金を貯めれば自分の身分を買い戻せるのだという。
ケビンいわく、ほかの国ではもっと過酷なものらしいが。
それと、主が性的な行為を強制することは認められていないそうだ。
トリッパーたちのほとんどが若い男なことを見てとったケビン、農村で居合わせた村長の補足である。GJ。
ユージたち稀人の居住を認めた辺境、またこの国では、奴隷ちゃんハーレムはNGなようだ。幸いである。稀人の闇は深い。
「ルイス、次はあの枝だ!」
「了解、ジョージ! ……チェーンソーってもっとこう、スパスパッ! って切れると思ってたんだけどなあ」
「ルイスくん、それは映画の中だけよ。切りたいならカタナを持ってこなくちゃ!」
ケビンやユージとともに先頭を行くアメリカ組。
ユージの妹のサクラと夫のジョージ、友人のルイスはチェーンソーを持ってノリノリである。
道をさえぎる枝をゾンビに見立てたごっこ遊びに夢中であった。子供か。
あとサクラ、カタナもゾンビをスパスパ切れるわけがない。すっかりアメリカナイズされているようだ。
「きゅいーんってすごいねユージ兄!」
「そうだねアリス。……ケビンさん、こうやって勝手に伐ってもいいんですか?」
「そこは構いません。このあたりにいるモンスターも、跡を付け狙う種はいないようですし……」
「少なくとも今回、33人が往復することになる。獣道ができますね」
「私が心配してるのはそこです。とはいえ、32人が森で暮らすわけです。物資を運び入れるには頻繁に往復する必要がありますし、いずれにせよ獣道はできるでしょう」
「……隠せませんか」
「そうですねえ」
チェーンソーを振りまわすアメリカ組を見て、アリスのテンションは高い。あと、わたしのことわすれてたでしょ、と足元をうろちょろしてアピールしまくるコタローも。
一方で、クールなニートとケビンは「道ができること」を懸念していた。
開拓村として申請するために、ユージの家の場所は領主に報告している。
いまのところ領主は隠すつもりのようだが、この人数で何度も往復すれば、いずれ獣道はできるだろう。
ルートを変えて隠そうとしたところで、見る人が見ればとおった箇所などすぐに辿れるはずだ。
クールなニートとケビンが心配しているのは、モンスターではない。
人である。
それも、悪意を持った。
□ □ ■ ■ □ ■ ■ □ □
ユージたちが家を出てから二日目の夜。
一行は、たき火を中央にして車座になっていた。
テントはない。
夜は肌寒いが、季節は初夏。
ユージたちは寝袋やマントだけで眠るようだ。
稀人だと知った上で居住を認められたが、怪しまれるような素材はできるだけ街に持ち込まないようにしたらしい。
街に入る直前には、ケビンが用意したマントで服やリュックを隠すことになっていた。
「道かあ。それはもうしょうがないんじゃない?」
「そうそう、俺たちが街に行くにも必要だしさ」
車座で話し合っていたのは、昼間に気付いたこと。
道についてである。
「開拓は順調だが、収穫がはやいものでも夏、秋だと思う。人数分の自給自足? 虫を食べる気があるならなんとか」
「食べないから! ほんとに食べるものがなければ考えるけど!」
「持ち込んだ食料もたかが知れてるし、街から運ぶのが現実的だろ」
「あ、川があるんだし水運は? それならほとんど道ができないんじゃない?」
「それはそれで水棲モンスターがいるんじゃないか?」
「リザードマン! リザードマンですね!」
「ケビンさん、川を利用するのはどうですか? 川からユージの家まで道ができても、街からはわかりにくいはずです」
「みんないろいろ思いつくなあ」
「まず、川には水棲モンスターが存在します。船上から水中の敵を攻撃するのは難しく、水運はどうしても博打の要素がありますね。それに、街から上流に向かえば、人里の存在は隠せないでしょう」
「……それもそうか」
ケビン、舟を利用した水運には乗り気ではないようだ。
クロスボウがあり、火魔法が使えるアリスがいるため、多少の水棲モンスターならなんとかなりそうなものだが。
だがたしかに、「隠す」という目的からは外れる。
舟に荷物を積んで、誰もいないはずの場所へ向かったら、むしろ注目を集めるだろう。
「俺たちが生きていくには物資、少なくとも食料が必要。街か農村との取引は欠かせないし、荷物を運搬する以上はひと目につく、か」
「そういうことです」
「そっか、いままで俺とアリスとコタローだけだったからなあ」
ポツリと呟くユージ。
いままでは二人と一匹で暮らしてきた。
たとえばイノシシを仕留めて10kg・20kg単位で肉を得れば、二人と一匹ならかなりの期間、肉には困らないだろう。
もちろん保存のために加工する手間はかかるが。
だがいまは、32人と一匹である。
10kg・20kg単位の肉などあっという間になくなる。
いまは日本から持ち込んだ食料やカ○リーメイト、インスタント食品、森で採取したものを食べているが、いずれ食料は運び込まなくてはならない。
32人が自給自足するには、農地も時間も足りないのだ。
「元行商人として言わせてもらえば、荷車が通れる道が欲しいところですね。背負子のみで32人分を運び込むのはなかなか厳しいですよ。あるいは、人数を増やして何度か往復するかです」
「なるほど……」
「なあ、別に荷車じゃなくてもいいんじゃない? ほら、ネコ車だったら道が細くてもいけるし。あとはカートとか台車……大八車とか?」
「はい! 違いがよくわかりません!」
「種類はなんでもいいだろ。とにかく道がいるってことで」
「ユージさん、みなさんも。そのあたり、代官様に相談しましょうか。領主様も代官様も、みなさんが稀人であることは隠すことに同意されていましたし」
「……そうですね、ここで話していても仕方ありませんか」
「また偉い人に会うのかあ、緊張するなあ」
「おおおおお! 俺、俺も同行する! 領主夫人もいるんだよね!?」
「おい巨乳好きを行かせるのはマズイだろ。相手は貴族だぞ?」
「盗撮は任せた撮影班!」
「私も行ってもいいでしょうか。孤児の保護について少々お話を」
「ロリ野郎は黙ってろ!」
「サクラおねーちゃん、みんななんのお話してるの?」
「アリスちゃん、男たちは放っておきましょ。私たちはこっちでお話ししようか」
街に向けて旅立った、二日目の夜。
大勢で騒がしくしているためか、野生動物にもモンスターにも遭遇することなく、夜は更けていくのだった。
明日。
ユージの家、いまは開拓地となった場所から一番近い街、プルミエの街に到着する予定である。
いよいよ、トリッパーたちは中世ヨーロッパ風ファンタジー世界の街に乗り込むようだ。大丈夫か。いろんな意味で。
街までたどり着きませんでした……
次話、7/8(土)18時投稿予定です!
いよいよ街へ!
※7/8追記 次話更新、18時から遅れます。20時か21時ごろには!





