IF:第六話 ユージと掲示板住人たち、領主夫妻と面会する
ユージたちが街に到着してから三日。
ついに、領主と面会する日である。
ユージは、ケビンが用意した小綺麗な服に袖を通していた。
「なんかひらひらして落ち着かないなあ……どうかな、アリス?」
「んんー。んんーと。ユージ兄、かっこいいと思う!」
眉をしかめ、腕を組んで考え込んでからユージに告げるアリス。なぜ考え込んだのか。お世辞なのか。
アリスはワンピースにカーディガンを羽織ったシンプルな服装である。
アップにした髪型と相まっていいとこの子供、といった印象だった。
誰が元の世界から持ち込んだ服なのか、と考えてはいけない。服に罪はないのだ。
コタローはなにやらユージの近くに行ったり離れたり、落ち着かないようである。なにあのひらひら、ちょっときになるわ、でもだめよ、かんじゃだめ、だめなのよ、と獣としての本能と戦っているらしい。
「なあクールなニート、ほんとにその格好で行くの? というかなんで持ってきてんだよ……」
「もし異世界に行けたら、こういう機会もあるだろうと思っていたからな」
「はあそうですか。郡司先生は……まあいいか」
「私はいつもこれですから」
ユージ同様に小綺麗な服を着てカメラをまわしているのは、検証スレの動画担当だ。
ひらひらがジャマくさいとぼやいていたが、いつもの格好は許されなかったらしい。
一方で郡司はいつもの格好で、クールなニートも元の世界から持ち込んだ服を着ていた。
スーツである。
働く男の戦闘服である。たぶん。知らないが。
「見ない形ですが、そうおかしなものではありません。それに、服装は交渉材料のひとつにもなりますから」
「これまでにない服を知っている。別の場所から来た説得力が増す。動画担当、俺は計算してスーツなんだ」
「はいはいわかりましたよ」
「ではみなさん。準備もできたようですし、そろそろ行きましょうか」
「……はい」
「ユージ兄、どうしたの? お手てふるえてるよ? さむいの?」
ユージ、手を繋いだアリスからの質問は黙殺である。
かわりにワンッと吠えたコタローがアリスに鼻面を寄せる。ごめんねありす、ゆーじはちょっとよゆうがないの、とばかりに。
10年ぶりの街、それも異世界の街に足を踏み入れたユージ。
到着してからはケビン商会の中で礼儀作法を習ったり、近くを軽く散歩する程度だった。
いよいよ領主、「偉い人」と会うということで、ユージはずいぶん緊張しているようだ。
クールなニートと郡司、交渉班にがんばってほしいところである。あと撮影班。
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領主の館にたどり着いた一行は、侍女に案内されて応接間へと通された。
うわあ、本物のメイドさんだなどというユージの呟きと動画担当の同意は無視されて。
侍女に示されてユージたちは着席する。
護衛はおらず、武器の類は預けている。
丸腰だが、ユージは武器を持たないことへの緊張感はないようだ。
緊張しすぎてそんなことは気にならない、とも言う。
各自にお茶を配り終えた侍女が「それではしばらくお待ちください」と声をかけて退室する。
落ち着かない様子でキョロキョロと部屋の中を見渡すユージ。
アリスはピンと背を伸ばしたまま固まっている。貴族と会うということで、アリスも緊張しているようだ。
特別に通されたコタローは、そんな二人の間をうろうろしている。だいじょうぶかしらふたりとも、わたし、しんぱいだわ、とばかりに。オカンか。
「これは紅茶でしょうか? 推定した時代としてはおかしいような」
「茶葉はある地方の薬として使われていたのですが、発酵させたのは稀人だと言われていますね」
「そうか、過去にも来ているんでしたね。ちぐはぐであってもおかしくはない、か」
緊張するユージとアリスをよそに、ケビンとクールなニートは暢気に会話している。
郡司も座って紅茶を口にして、動画担当はワクワクを抑えきれないかのようにカチャカチャ機材をいじっている。強心臓か。
さすが30人のトリッパーから選ばれた交渉班である。
ユージにとってはただ待たされるだけの長い時間。
実際にはお茶が冷めない程度のわずかな時間で、待ち人がやってくる。
侍女に先導されて最初に入ってきたのは40才前後の男。
黒い髪を後ろに撫で付けた痩せぎすの男だった。無言である。表情も変わらず読めなかった。
ケビンが目配せをして礼をする。
クールなニートたち、わずかに遅れてユージ、アリスも礼をして待つ。
間もなく、女性が入ってきた。
歳の頃は20代後半。
ロングドレスに、二の腕の半ばまで続くロンググローブ。
隠された手足の代わりに、首と胸元は大きく開いている。
でかい。
優しげなたれ目よりも、色気を感じさせる涙ボクロよりも、ユージの視線は深い谷間に吸い込まれていった。
ユージが特殊技能『神の眼』を発動させる。もちろんそんなスキルはない。ユージがさまざまな画像を見て培った思い込みである。
G、いやHか。くそっ、このレベルは参考資料が足りない。そんな考えがユージの頭をよぎっていた。余裕か。巨乳好きはTPOをわきまえられないらしい。
検証スレの動画担当はさっそく隠しカメラを起動したようだ。盗撮である。よい子はマネをしてはいけない。
「お客人、お待たせした!」
最後に入ってきたのは大きな男。
2mを超える身長もさることながら、筋肉の鎧をまとった身体は横にもデカい。ついでに声もデカい。ドタドタと足音を立てていたのもこの男だろう。
礼の姿勢から戻るケビンを横目でうかがい、ユージたちも姿勢を戻す。
「ファビアン様、せめて領地では貴族らしい振る舞いをお願いします」
「そうよあなた。客人が驚いているじゃない」
「おお、すまんすまん! なにしろ騎士団生活が長くてな! 貴族の作法など忘れてしまったわ!」
ガハハと大口を開けて笑う男。貴族らしからぬ豪快さである。
想像と違ったのか、ユージたちはポカンと口を開けている。
「初めてお目にかかります。プルミエの街、ケビン商会の会頭のケビンと申します。本日はユージ殿とご一行をお連れいたしました」
「おお、これは丁寧に! ケビン商会か、街で噂が流れているのう。新しい保存食を売り出すのだな? どうだ? うまくいった暁には騎士団が購入することも検討し」
「ファビアン様、せめて先に挨拶を済ませてください。それから本日は商談ではありません」
「おお、そうだったそうだった! 儂はファビアン・パストゥール、この地を治める領主である! まあ普段は王都で騎士として励み、領地のことは妻と代官に任せっきりなのだがな!」
大騒ぎである。
領主の人柄でユージの緊張は緩んだようだが、押しの強そうな人物でちょっと怯み気味である。
「私はオルガ・パストゥールです。主人がいない時は領主の真似事などをしておりますわ」
「私はこのプルミエの街の代官、レイモン・カンタールだ」
領主に続いて夫人、代官が挨拶をする。
ケビンに促されてユージとアリス、トリッパーたちも。
続けてケビンが如才なく時候や街の話題を提供する。
どうやら雑談からはじめるのがこの世界のスタンダードのようだ。
いわゆるアイスブレイクで、このあたりは元の世界と変わらないのかもしれない。当然ユージは知らないが。
ユージとアリス、交渉役のクールなニートも郡司も動画担当も大人しく押し黙っている。
いや、ユージの目はたびたび深い谷間に向かっていた。
あと動画担当の隠しカメラも。
不敬すぎる。
ケビンと領主夫妻の雑談がそろそろ終わろうかという頃。
思いもよらぬ人物が口を開いた。
「あの! りょーしゅさま! りょーしゅふじんさま!」
アリスである。
ぎゅっと拳を握って、思い詰めたように。
「アリス?」
「アリスちゃん、もうちょっと待って」
「よいよいケビン。どうしたアリス殿、言ってみるがよい」
呆気にとられるユージ、反応できないクールなニートと郡司。
不敬ととられかねない行動にケビンは止めようとしたが、むしろ領主がアリスを促す。
「アリスのお父さんとお母さんと、バジル兄とシャルル兄を知りませんか! アンフォレ村に住んでて、アリス、ひとりで逃げて、森、もりに」
「まあ……。レイモン、泥鼠はどうなっているのかしら? それとアンフォレ村の他の村人は?」
「盗賊団、通称『泥鼠』は王都に向かった隊商を襲って返り討ちにあい、24名がその場で死亡。遅れて周辺を捜索しましたが、アジトと思わしき場所はもぬけの殻でした。その後の捜索でもいまだ見つからず、領外へ逃げたものと思われます。アンフォレ村の生き残りは11名。それぞれ親戚や知人を頼り、街と村へ移住しました」
代官のレイモンがニコリともせず告げる。どうやら彼は無表情がデフォルトのようだ。
現段階でアリスの家族の情報はどこにも入っていないらしい。
ケビンが代官の言葉を解説して、行方がわからないと理解したアリスはしょんぼりと肩を落とす。
「そう……。アリスちゃん、ごめんなさいね。領内の安全は私と夫の責任。何かわかったら必ず知らせるわね」
悲しげな表情を見せ、気づかうように手を伸ばしてアリスの頭を撫でる領主夫人。
「あ、ありがとうございます、りょーしゅふじんさま」
「アリス殿、申し訳なかった。領主として、儂は村を守りきれなかった。くそ、儂がおればハルバードの錆にしてくれたものを!」
「りょーしゅさま、ありがとうございます」
貴族に会うという、一介の村娘には考えられない状況。
だがアリスは、緊張よりも家族の行方が気になったようだ。
行方はわからなかったが、領主夫妻も代官も気を悪くした様子はない。
「領内の安全はすべて領主たる儂の責任である。村一つ守れぬとは情けないものだ。何のために騎士をしておるのか」
「あなた、いまは」
「ああ、すまぬお客人。さて、領内の安全は儂の責任なのだが……ケビン。ゲガスから聞いておる、何やら話があるのだろう?」
「はい。そのために、領主様にこの機会をいただき、彼らを連れて参りました」
「ふむ。話を聞こうか」
「ありがとうございます。では……」
ケビン、ようやく本題に入るようだ。
ユージがこの世界に来てから三年目の初夏。
いよいよユージとトリッパーたちの、領主との交渉がはじまる。
剣と魔法のファンタジー世界を自由に出歩けるか、森に引きこもるか。
どれだけの自由を得られるか、その交渉である。
結果次第では軟禁や抗争もあり得るのだ。
ユージ、勝負の時である。
いや。
クールなニートと郡司とケビン、勝負の時である。
ユージと検証スレの動画担当も、ある意味で戦いの時なようだが。欲望と理性と不敬との。
IFだけに、オリジナルのストーリーからいろいろ再構築&書き下ろしです。
ややこしいw
次話、5/27(土)18時更新予定です!





