28、初お泊りで女子力を思い知らされる
盆の同窓会で「旦那が家事メンで掃除とか洗濯とかけっこうしてくれる」というのろけ話を、みんなで素直にガッツリ本気でうらやましがったけれど。
あれだ。
あれは普段自分がちゃんと家事をしてるから、たまにしてもらった時に素直に受け入れられるんであって。
人様のお宅で何もせずに、ご飯を作ってくれる人を横目に悠々と読書とか、テレビ観賞とか、どんな責め苦ですか。
家までお迎えに来てくれて、「本でも読んでいてください」と言われたものの、人として女としてそれは勘弁してくださいという事で。
這ってでも何かさせて欲しいくらいで、「後生だから手伝わせてください」と懇願したけれど、「それだと意味がないので」とやんわりと断られた。
「和洋中、リクエストはありますか?」
『連休中は鮎川氏宅にて療養プラン』が持ち上がった際そう聞かれ、なんでも対応できますよ、という笑顔に正直戦いた。
ダメだ、この人本当に何でも出来そうだ。
て言うか出来るに違いない。
打ちひしがれつつ、なんでそんなに出来るんですかと尋ねれば「学生時代に飲食店でバイトをしていまして。放任主義なオーナーだったのでメニューとか好きなようにやらせてもらったおかげで割となんでもできるようになりました。客層の好みを読んで新作を作ったりが楽しくて」
本当にこの人は営業向きだったんだなと思う。
これ以上のダメージは受けたくはない。
「すき焼きにしましょう。ただし肉代は私が持ちます」
当然却下されかけたけど、これだけは譲らなかった。
でもって翌日の昼か夜は残りで「牛すきうどん」にしたらいいじゃないか。
完璧だ。
これ以上この人の女子力を発揮させてなるものか。
連休前日の帰宅途中、古い商店街の外れにいまだに残っている精肉屋さんに寄ってうな重のお返しになりえる霜降りの「すき焼き用」と書かれた牛肉を購入してやった。
受けた恩を仇で返せるほど図太くない。
飛び石連休後半の初日、早々にお迎えに来られた、もとい来ていただいた。
ブラックジーンズに白いVネックのトップス。
これまでポロシャツとか襟付きのアイテムが多かったのに、首筋と鎖骨がヤバい。
スーパーに寄った際、これまた驚愕に打ち震えた。
駐車場に車を停めて、「ちょっと待っててくださいね」と突然言われて一人降りていく。
何事かと思えば助手席のドアを外から開けられ、みっともないくらいビクついた。
いきなり車外からドア開けられるのって今のご時世、けっこう怖いもんで。
カゴを取ろうとしても、カートを取ろうとしても先を越され、手慣れた様子で必要なものを次々淀みなくカゴに入れて行く。
車に戻ればまた助手席のドアを開けられた。
どこぞのプリンセスか! と内心ツッコんだけど……まあ確かに車とか重いドアの開閉はかなり痛む。というか、まだ筋肉を使うと痛い。
いやはや、本当にそつのない御仁だわ。
そんな訳で、冷凍庫には当然のようにブランド物のアイスクリームが食後のデザートに準備してあった。
ああ、これ田舎のお婆ちゃんのトコに行った時に似てる。
もうお腹いっぱいなのに次々出てくるあれだ。
「甘やかしすぎですよ」
まったく。
単身者用に見えるのに対面キッチンという造りで、カウンターの向こうで洗い物をしている鮎川氏に呆れて言った。
ソファの方でくつろいでいてください的な事を言われたけれど、夕食を取った二人掛けのダイニングセットから離れたくはなかった。
鮎川氏から離れたくない、というのではなく、片付けをしてくれる人を放っておくとか私には無理ですわ。
それにしても黒いエプロンが妙にそそる。
私なんてエプロンを全く使わない人なのに。
「恋人を甘やかすのが好きなんです」
視線を落としたまま作業しながらそう言った顔は、とても嬉しそうだった。
「人をダメにすると思います」
我ながら可愛くないなと自覚しながらつい漏らしてしまえば、この年長者は顔を上げて言うのだ。
「甘やかしてダメになるような人は、そもそも好きになりません」
ああもう、本当にこの人は!
そんな事言われたらちょっと落ち着かないじゃないか。
でもね!
甘やかすのは好きだけど、それで堕落するような人はダメって。
「ひねくれてません?」
人を試すような感じするし。
絶対Sっ気あるよ、この人。
散々ご馳走になって、後片付けまでさせておきながら何だけど、少しひいた目で見てしまった。
すると鮎川氏は少し目を見張って「ああ」と得心がいったように唸った。
「だから今まで長続きしなかったのかな。そういう人がいなかったから」
偏屈な意地っ張りを選べばよかったんですよ、とか、どんだけ甘やかしたんですか、と言いたいところだけど。
ふわりと笑って、「やっと見つけた」みたいな目でこっちを見られたら、いたたまれないんですよ。
心臓がざわっとして、動悸ってこういう事を言うのか? みたいな状態に。
休養で来てるはずなのに心臓に悪いってどういう事だろう。
満足げな表情のまま、鮎川氏は続ける。
「甘やかすのも好きですが、甘えられるのはもっと好きです」
さらりと告げられるその要求は、私にはなかなかにハードルが高いんだけれども。
この人はその辺も分かっていて、あえて言ってるんだろうなと不本意ながら分かってしまったので、無理はしないことにします。
偏屈な意地っ張りを選んだ自覚はおありだろうから。




