EP31:2017年6月某日「だったら俺は主人公になる、お前はヒロインになってくれ」
ドアが閉まると同時に、出口が週刊パスタの記事を指さす。
「ここ読んでみて」
【厚生労働省関係者の話によれば……彼女は厚生労働省在籍中も……】
さっき読みかけていた箇所だ。
田中君との話で中断してしまっていたが、ざっと目を通す……ひどいな。
読むに堪えない行状がずらずらと並んでいる。
「これがどうかした?」
「この厚生労働省関係者、江田だ」
「ぶっ!」
「厚生省を市民団体やマスコミにチクる」と言ってたくらい。
まさしく江田さんならやりかねないが。
「未だに厚生省落とされたのを恨んでいるらしい。ここぞとばかりに大量の情報持ち込んできたと、付き合ってる記者から聞いた」
「『未だに』って、もう二〇年以上も昔だぞ! しかも江田さんが彼女恨むのは筋違いだろうが!」
彼女がいようといまいと自分が採用されなかった可能性は考えないのか!
「なまじ厚生省と労働省が一緒になってしまったからね。別々ならプライド保てたかもしれないけど、『彼女に負けた』現実を嫌でも見せ続けられるからさ」
「恐ろしい」
もしかして、本田さんの話していた「某省の知人」も江田さんだったのではないだろうか。
いや、それしか考えられない。
あの苦々しげな表情思い出すと、やはり本田さんは嘘の吐けない人のような気がする。
──週刊パスタを閉じる。
「でも、かわいそうだな」
「井戸、どうした?」
「二人とも厚生労働省にキャリアとして採用され、これまでずっと自尊心満たされたり、優越感抱いたりしてきたはず。官庁訪問もその一つだし、もっと大きな機会だっていっぱいあったはず。それでもまだ足りないのかなって」
「自分がないんだよ。他者からの評価でしか自らを評価できない。自尊心や優越感そのものが目的だから、自分のやりたいこともわからない。ゴールがないから、欲望だけが果てしなく進む。そして、いつまで経っても満たされることはない」
「足るを知る」って言葉があると思うんだけどな。
「俺は官僚になれなかったけど、今の自分に満足している。自分の特性を活かして社会に貢献できていると思うし、認めてくれる人達もいる。社員達は俺を慕い、ついてきてくれる。食うに困らないだけのお金も稼げている。決して負け惜しみなんかじゃない」
出口が肩を組んできた。
「加えてボクという親友もいるしな」
「だから胸が当たる!」
「ボクの、この小さな胸に欲情するなんて、変態?」
もうテンプレと化してしまったいつも通りのやりとり。
だけど、動かすのは今なのかもな。
「ああ、変態だよ。だからどうした」
出口が固まる。
「ど、どうしたの? 井戸、いつもと反応違うよ?」
「今までも、今も、この先もずっと出口の小さい胸に欲情してやるよ」
「な、何を言ってんのさ!」
「好きなんだから当然だろう」
出口の目から涙が零れた。
「もう少し……まともな告白してよ……まるでエロゲーの主人公みたいじゃんか」
「『エロゲーにヒロインとして登場してもおかしくない』と言ったのはお前の方だ。だったら俺は主人公になる、お前はヒロインになってくれ」
「ボク達の人生ってエロゲーなわけ?」
「『全ての事象はエロゲーで説明できる』んだっけな。人生だってエロゲーそのものだ」
「あはは。二〇年も昔のボケが、まさかこんな形でツケになって返ってくるとは思わなかったよ」
「不愉快だったか?」
出口が首を振る。
そして空いたもう一方の手も肩に回してきた。
「これが返事」
出口の顔が近づく。
そして幾ばくかの間を置いて、離れた。
「井戸……『同級生2』のエンディングってさ、ヒロインとのウェディングだったよね」
「うん」
「ボク、中身も男っぽいところあるから、純粋にエロゲーにはまってた。だけど一方で、ボクもこんなエンディング迎えたいって、ずっと思ってた」
「うん」
「やっとボクの主人公が応えてくれた。夢を叶えてくれたよ。ありがとう」
礼を言うのは俺の方だよ。
これまでずっと傍にいてくれてありがとう。
もしお前がいなかったら俺の人生は今頃どうなっていたか。
言葉にする代わりに、両手に力を込める。
二〇年も掛けて攻略できた俺のヒロイン。
だけど、これでまだ終わりじゃない。
俺はお前の攻略を一生続けてやる。
そして死ぬまでずっと幸せなエンディング見させ続けてやる。
だから出口、覚悟しとけよ!
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