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君だけの青春が、ここにある  作者: 天満川鈴
前章:21年前
24/31

EP24:1996年7月2日「どうしよー、帰れないー」

 二人目の職員、名刺に書かれているのは【機械情報産業局】。


「インターネットやデジタルコンテンツの振興、これらにまつわるセキュリティの向上に興味あるそうですね」


「はい。日本経済の発展を目指すにあたっては絶対に無視できない分野ですから」


 俺が元々練っていた戦略は「自分の土俵に相手を引きずり込む」ことだった。

 農水省の競馬監督課での成功体験で、それが闘うためのコツなんだと気づいたから。

 訪問票の「興味のある欄」には、俺が通産省で最も俺が闘えそうな分野を記した。

 もちろん警察庁で聞かせてもらった話も役に立つはず。

 二戦目にして、その目論見が上手く運んだ。


 後藤と名乗る課長補佐が微笑む。


「新しいだけに面白そうですよね。僕もこれからのライフワークにしたいと思っているくらいなんですよ」


「そうなんですか」


「では存分に語り合いましょうか」


 ──再び会議室へ。


(井戸、どうだった?)


(すっごく楽しかった)


 後藤補佐との話はディベートというより、本当に語り合いだった。

 どうすればいい、こうすればいい。

 情報産業を統べる立場の人だけあって、話全てが新鮮で興味深かった。

 事前に警察庁でも話していた分、より多面的で深い話ができたと思う。


 もちろん手応えとしても十分。

 上げてもらえたと思うんだけどな……。


 受付に名前を呼ばれる。


「井戸さん、いらっしゃいますか~」


 別室に呼び出される。

 パイプ椅子に座ると、担当職員が低く重苦しい声で告げた。


「残念ですが……」


 霞ヶ関の夏は終わった。


                ※※※


 頬を撫でる生温かい風。

 出口が俯きながら、ぼそりと呟く。


「悔しいね。せっかく評価してもらえたのに、定員埋まるだなんて」


 採用担当の「残念ですが」に続く言葉は「他の官庁をお回りください」ではなかった。


「もっと早く回って欲しかった」


 採用担当はうな垂れながら、二人の補佐の評価を教えてくれた。


 藤田補佐「本人にしてみればハプニングだったろうに機転と度胸で乗り切った。特に知識不足を補おうとした必死さには好感が持てた。最後に落としどころを見つけるバランス感覚もいい。場数を踏んで無くて荒削りな分、かなりの将来性が見込める」


 後藤補佐「インターネットに対する知見は学生のレベルを越えている。論理展開は水準以上だし柔軟な思考力も兼ね備えている。警察庁でも話を聞いたということだったが自分の言葉になっており、吸収力には目を見張るものがある。それだけ素直なのだろう。提言した政策は実現性と有効性の見込めるもの。当局に限れば即戦力とすら言いうる」


 そして二人とも「私が井戸君の面倒を見る。絶対採用してほしい」と締め括ってくれていたそうだ。


 つまり完壁なる絶賛。

 二人からの評価を受け取った採用担当は、一気に俺を上へ上げようとした。

 しかし根回ししている間に定員が埋まってしまったとのことだった。


 採用担当としても、アホ大なのが逆に歓迎だったとか。

 「今後、井戸君の糧になれば」と、ぶっちゃけたところを教えてくれた。

 俺を採用することは「キャリア採用における東大比率を下げろ」という政府の要請に応えられるし、話題を呼ぶことから通産省のアピールに繋がる。

 最終合格できなかったところで内定出した事実は変わらないし、超人気官庁の通産省にとって欠員補充は簡単。

 だからポテンシャルさえ高いのなら内定出したかったと言われた。


「評価してもらえたのは素直に嬉しいよ。まさか四大官庁の一つである通産省から、アホ大の俺がこんな風に言ってもらえるなんて」


「うん」


「でも、内定はもらえなかった。どう評価してくれようと、この事実は変わらない。俺はこの二週間で『現実』を直視することは嫌というほど学んだつもりだよ」


「そうだね……ボクがもっと早く通産省を勧めていればよかったんだ……井戸のポテンシャルは見抜いてたつもりだったのに……」


 言葉を否定すべく首を振る。


「同じだよ」


 「君の行為は厚生省のみならず彼らに対する侮辱でもある」。

 あの一言が、四大官庁に対して二の足を踏ませたというのはある。

 厚生省よりもさらに格上なのだし、大蔵省も警察庁も冷やかしでしか回っていない。

 でも厚生省での悲劇がなかったら、今日ここまで戦えたとも思えない。

 トラウマをバネにして、この二週間で色々学んだのだから。

 農水省を始めとした色んな官庁で場数を踏んでなかったら、というのもある。

 ただですら「場数を踏んでいない」と指摘されているのに。

 仮に早く回っていたとしても落とされる結果自体は同じ。

 そう思い込んでおく方が心にも優しい。


「これからどうするの?」


「アホ大の学生課に行って民間企業を探すつもり。内定とるまで頑張らないと」


「法務省なら多分まだやってるよ。上に検事いるからキャリアとは正直言えないけど」


「矯正局や民事局は回ったけどピンと来なかった。『人』か『やりたいこと』か、どちらかは絶対に優先させたい」


 そうでなければ絶対続けられそうにない。

 これもまた二週間で痛感したことだ。


「また来年やるってのも」


「ここは初心に立ち返るよ。俺はキャリア官僚になりたかったんじゃなくて内定が欲しかっただけ。ダメだった以上は民間企業に全力を費やす」


「そっか。残念だな……井戸と一緒に霞ヶ関で働きたかったのに」


「防衛庁は六本木だろ?」


「空気読んで!」


 お前のいつもやってることだろうがよ。

 俺のことなのに、お前がそんな辛気くさくなってどうする。

 もちろん心配してくれてるのはわかってるし嬉しいけどさ。


 出口が立ち止まる。


「どうした?」


「もう終電終わっちゃったなあってー」


「そうだな」


「どうしよー、帰れないー」


 この江田さんばりの棒読みはなんなんだ。

 田町なんだから、いざとなれば歩いてでも帰れるのに。

 ああ、そっか。

 俺のために来てくれたんだものな。

 歩いて帰すわけにもいかない。


「タクシー拾ってやるよ」


「こんな車の通らないところじゃ拾えないー」


 まだ棒読してやがる。

 きっと遊んでるんだろうな。


「新橋か有楽町に出れば拾えるだろ」


「一人で駅まで歩きたくないー」


「ちゃんと送るってば──あっ、タクシーだ!」


「えっ!」


 タクシーが停まり、ドアが開く。


「出口、乗りなよ」


「あっ、うん……」


 上体を入れ、運転手さんに五千円札を渡す。


「これで田町までお願いします。足りますよね?」


「余裕だよ。お兄さんは乗らないの?」


「方向正反対なんですよ」


 タクシーから体を出す──ぶっ!?

 出口がウィッグを外して投げつけてきた。


「何をする!」


「タクシー代の御礼、受け取っといて」


 タクシーが走り去る。

 ウィッグなんてもらってどうしろと。

 女装して独りでエロゲーごっこしろとでも言うのか。


 ま、いいや。

 有楽町駅に向けて歩き出す。


 霞ヶ関の夏は終わったけど、俺の夏はまだ終わってない。

 官庁訪問は失敗したけど、今日までの経験はきっと無駄にならない。

 今後の就職活動に活きると思うし、活かさないとな。

 心機一転、明日から頑張ろう!


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