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152◇裏切り者

 



「うわクロちゃん酷いなぁ。麗しい亜人さんと双子のお嬢さんを俺ちゃんに割り振るなんて、こんなの心優しい俺ちゃんには荷が重いじゃない」

 『神罰の修道騎士』アルが軽口を叩くと、横に立つ『天恵の修道騎士』イヴが凍てつく視線をこちらに向ける。

「……おにいさんの作戦に、不満が?」

「……あっはっは。ナイナイ。あるわけないじゃない。だからその目やめようよイヴちゃん。仮にもクロちゃんより前からの仲間なんだからさ~」

「出逢ってからの期間なんて、どうでもいいこと、です」

 どうにもこのイヴという少女、クロに好意を寄せているようなのだ。そして少女程ではないが、アル達のボスとも言えるアリエルも快く思っているように見える。

 アリエルの騎士を自称する『祓魔の修道騎士』サラだけは例外だが、あれは嫉妬からくる嫌悪だろう。かくいうアルも、面白い奴だと考えている。

 熱情を冷静に飼いならし、大胆な策の為に細部まで考え抜き、実直でありながら穢れることを厭わない。

 強固な芯を持ちながら、それを覆う形を選ばない。いや、状況に応じてどのようにでも変えられる。

 年齢不相応に柔軟なのだ。その上、根が善良で器が大きく更には強いとなれば、なるほど他者を惹き付けるのもよくわかる。

 けれど、その強さは、時に罪をも許容するだろう。その時、彼がどうなるのか。

 アルはそれが気がかりだった。

「……まぁ、今考えることじゃないわな」

 稲光。

 次いで、音。

「――――」

 旅団三名の声にならない声は、落雷によって掻き消される。

「主はかつて、人類の平和の為に尽力なされた。人類同士が争うことは、主への冒涜だよ。だからお嬢さん方、君達には――天罰が下るんだ」

 アルは魔力への干渉範囲が人並み外れていた。普通の人間が体内や周囲の魔力を使うのに対し、アルは遠方の魔力をも利用出来る。

 魔力濃度が一際高い、天空の魔力も干渉圏内。

「……ダルトラさんが『霹靂』って言うところを『神罰』なんて名乗らせるんだから、ほんとお国柄って滲み出るよね」

 『霹靂の英雄』リガル程の武力はアルにはない。ただ、彼やクロさえも超える干渉範囲によって、神の怒りを体現するが如き雷槌を落とすことが出来るのだ。

「……死んでない、みたいです」

「え~、カッコつけた後に敵がやられてないって、致命的にダサいじゃん」

「…………もともと」

「ちょっとイヴちゃん。陰口は聞こえないところで言ってくれるかな。地味に傷つくからねそういうの。仲間は大事にしておこうよ。ね?」

「……おにいさんに逢いたい」

「すごいな~~ここまで華麗に無視されるなんてな~」

 もはや笑うしかないアルだった。

「くすくす、格好悪いお兄さんなのです」

「あはは、ダサい男なのだぞ」

 消し炭になっていた筈なのに、双子の少女らは手を繋いだ状態で立ち上がる。

 卵の殻を剥がすように、ぱらぱらと炭化した肌が剥落する。

 五体満足、一切の無傷で二人は笑っていた。

「んー、安酒よりはクるわねぇ。でも、高級酒には程遠いわよ」

 牛めいた角を生やした女の方は、姿形が変容していた。

 牛めいた頭部に、蜘蛛の胴体をした、魔物のような姿へと。

「……えぇと、イヴちゃん。主は神罰の効かない敵相手にはどうしたんだっけ?」

「封印、ですね。方法は様々ですが、一言で言うなら」

「言うなら?」

「イヴ達には無理、です」

「あっはっは……まぁ、どうにかするしか無いよねぇ」


     ◇


 ストックはクロの『空間』転移で王都付近まで飛ばされ、そこから王城へと急いだ。魔力探知圏内にしか飛ばせないという関係で、王城へ直接とはいかなかったのだ。

 更に理由があって魔力反応を発するわけにもいかなかったので『囲繞』付与で隠匿。魔法を使えば意味が無い為に全力疾走。

「――――ッ」

 クロは裏切り者にあたりをつけていた。

 そして、罠を仕掛けていた。作動すれば、ストックには伝わる。

 それが、今しがた作動した。

 英雄連合は今回、迎撃戦組と王城残留へと分かれた。残留組は王族の守護を担当するのだ。

 ストックは罠が作動した反応のある場所、第三王女が控える部屋へと到着。

 部屋内部には結界を張っているため、直接転移することも出来ない。王族当人が許可するか、守護担当の英雄で無ければ扉を開けることが出来ない。

 そして、室内にはその英雄がいた。

 『風』魔法でズタズタにされたベッドには、同じく刻まれた――人形が転がっている。

「……あー、なるほど。そういうことだったんすねー。こりゃ騙されました」

 急行したストックを見て、少女――『識別の英雄』チドリソウラ=テンプシィは苦笑する。

 彼女はストックと同じ、情報国家出身。いわば仲間だ。

「何故だチドリ……説明し給えよッ!!」

「さすが『黒』さん。ってことは、本物の王族はとっくに避難してるってことっすか? 嫌だなぁ、流した情報が役に立たなくて、おまけに手土産の首も無いとなると、あちらさんはうちを迎え入れてくれますかねぇ?」

 裏切りが露見したというのに、チドリは何喰わぬ顔でこちらを見ている。

「チドリッ!! 己が何をしたのか、理解しているのか!」

「なにをそんなに怒ってるんすか、『魔弾』さん。うちは誰にも忠誠なんか誓ってないっすよね? だから、裏切りだなんて責められる筋合いがないんす。知識欲に従って情報国家にいただけなんすから、より高遇してくれるとこがあれば乗り換えるのは当然じゃないっすか」

「――――」

 そうか。クロはきっと、そのあたりを訝しんだのだ。

 未知を全て記録し、既知に変えることに至上の喜びを感じるチドリ。

 ならば、そう。異界なんて未知の塊を前にして、果たして連合の味方をしてくれるだろうかと、彼は思った。故に疑った。

 そして事実、チドリは裏切った。

「っていうか、『魔弾』さん。自分で言うのもなんすけど、うち、わりとハズレの部類っすよ」

「な、にを……ッ!?」

 そこでストックは戦慄する。

 新たに、二つの扉が破られたのだ。

 そうだ。

 裏切り者がいるとして。

 それが一人とは限らない(、、、、、、、、)

「うふふ、『黒』さんはどこまで読んで、どこまで対策を用意してるんすかねぇ? 知りた――」

 チドリが倒れる。

 彼女の額を、『魔弾』が穿ったのだ。

「…………残念だ、チドリ。本当に、残念だ」

 胸に去来する様々な感情を、ストックは理性で封じる。

 護衛任務についている者の中にいる、少女の名を口にする。

「無事でいてください――シンセンテンスドアーサー殿!」

 王族の首が手に入らないとわかれば、敵は次に何をするか。

 ダルトラの最高戦力であるクロの実妹、トワを手土産に持ち帰ろうとするのではないか。

 それだけは、なんとしても阻止せねばならない。




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◇ライドコミックスより1~4巻◇
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