139◇魂に刻まれた死罪
「クソ……クソクソ……クソ……ッ! 何故だ!」
培養槽によって、クウィンの肉体年齢が十五の少女程まで成長させられた。
そんなある日のこと。
クウィンを見て、男が嘆いている。
「……なんなんだこの【呪い】はッ! 材料の問題か? いや、奴らにそんな片鱗は……。まさか、神の領域へと踏み入れた罰だとでも! ふざけるな……! 僕はただ、アークレアの民のことを思って……!」
嘘だな、とクウィンには分かった。
クウィンには、多くのものが見えた。多くのものが聞こえた。
例えば、今の男の最後の言葉はこうだ。
『僕はただ、アークレアの民のことを思って……!』
脳で加工され、言葉となったそれの、加工前の音がクウィンには聞こえる。
嘘が通じないどころではなく。本当は何を考えているかが聞こえてしまうのだ。
だから、白衣の男が承認欲求の塊で、およそ他者への心遣いなど持たない人間だということにも、とっくに気付いていた。
「……クウィン、その目はなんだ。僕はお前の心配をしてやってるっていうのに!」
男の手が頬を打つ。音ばかりが大きく、痛みは大してない。おまけに体力もそう無いので、黙っていればすぐに終わる。
「……お前は情緒の面で問題があるな。生後一年であることを考えれば、仕方がなくはあるが……」
息を切らしながらそんなことを言う。
情緒も何も、どうしろと言うのだ。
クウィンは自分のステータスを視る。
【呪い】――『非業の死、確定』。
生きることに何も感じないのに。
こんなものを視て、出て来る言葉なんて――あるわけないじゃないか。
◇
「クウィン」
グレアの声で意識が現実に引き戻される。
気付けば、屯所の前まで戻ってきていた。
グレアの表情は芳しくない。
「……ご苦労だった」
それで全てを察する。
クウィンは彼の望みを叶えられなかったのだろう。
そして、自分がそれに関して何も覚えていないという事実。
自分の『白』で、それに関する記憶を『無かったこと』にしたということ。
グレアの指示だったろうし、クウィンのことだ、どうでもいいから従ったというところか。
「……わたしの役目、終わり?」
「そう、だな。別命あるまで待機、ということになるだろう」
「尋問、は?」
これでもダルトラ側の中枢にいた人間だ。吸い上げられる情報の価値を考えれば、すぐに尋問室に連行されてもおかしくない。
「己の部下に手を出す愚か者はおらんさ。加えて、そもそも無意味だ」
「そう、なの?」
「そうだろう。貴様のことだ、クロノの不利益になるだろう記憶は、既に消しているのではないか?」
考えてみる。
そして、記憶が虫食いになっていることに気付く。
あぁ、そうか。自分はクロの為に、クロの足を引っ張るかもしれない記憶を既に消去していたのか。
「残るは貴様が人として手放すことが出来なかった記憶だろう。それを覗く程、我ら旅団は無粋ではない」
「脅して連れてきておいて、よく言う」
「あの瞬間は敵であった。線引きの問題だ」
都合がいいというより、徹底しているのか。
ともかく、面倒事が無いに越したことはない。
「ぐれあー!」
クウィンの目の前を、高速の物体が通り過ぎ、跳ねた。
小さな子供に見えるそれが、グレアの胸に飛び込む。
「おかえり!」
五、六歳程の童女だ。特に変わったところの無い、何処にでもいそうな子供である。
両目で色が違うという特徴を除けば。
「フリッカーか。よく己が帰還していると分かったな。誰に聞いた?」
「りーべら!」
「おかえりなさーい、だ~~んちょ!」
と、酔っぱらいのように高く揺れた声が聞こえたかと思えば、何者かに抱きつかれる。
酒気と弾力。酒の匂いと、豊満過ぎる乳に包まれる。
「……リーベラ。それは己ではない」
「うっそ。うわ、ほんとだ。道理でだんちょより柔らかくてすべすべしてて可愛いと思ったのよね~」
薔薇を鏤めたような赤みを帯びた毛髪。側頭部のあたりから、牛を思わせる角が生えている。身長はそう高くないが胸が大きく、赤ら顔であるものの造形も整っている。
「あるぇ? おねぇさん、きみのこと何処かで見たことある気がする。あ、これ別に口説いてるわけじゃないから。あはは! 別にそれでもいいけどね~! って『白の英雄』じゃない!?」
酔っているからと信じたいが、緩急が激しすぎてついていけない。ついていこうとも思わない。
「連れ帰った。今日より同胞とする。……それと貴様、酒は程々にしろとあれほど」
「いいんです~。まーただんちょの拾い癖が発揮されたんでしょ。ということは、今日は歓迎会よね? つまりお酒もおっけー! 要するにちょっと時間がずれるだけじゃーんごくごく」
言いながらも彼女は手持ちの容器から酒を呷る。あまり見ない形状だったが、『日本』における徳利に近いように感じた。何度か、『霹靂の英雄』リガルが呑んでいるのを見たことがある。
「ぐれあ! 見て見て! これ、絵描いた!」
と言って、グレアに抱かれた幼女が紙を広げる。
クウィンからは見えないが、グレアあたりが描かれているのだろう。
「ほう、中々だな。将来は画家か?」
「なー! なかなかだってフリッカーも思うよ。思ってた!」
「あぁ、中々だ」
グレアの娘ではなさそうだが、来訪者ではあるようだ。
拾って、そのまま面倒を見ている、と言ったところか。
「んふぅ。仲良いでしょ? 過去生で両親に殺されたみたいなのよね。目の色が揃ってないと不吉だとか言って。たまたま転生してくるところに立ち会って以来、だんちょが親代わりやってるのよねー。似合ってなくて笑えるでしょ? あはは、あれでも子煩悩なのよ」
クロが知ったら、彼を殺すのを躊躇ってしまいそうだな、とそんなことを思う。
「よろしくね、えぇと、クウィンちゃん。おねぇさんのことは、おねぇさんって呼んでいいわよ」
グレアの一言で、彼女もクウィンを仲間として認めたらしい。
後どれくらい、この茶番に付き合わなければならないのだろう。
そんなことを一人、敵地で思う。




