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復讐完遂者の人生二周目異世界譚【Web版】  作者: 御鷹穂積
美しく歪んだ黄金の記憶
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136◇冷たい羊水と原初の記憶

 



 生まれて初めて見た景色は、自身の沈む液体の所為で歪んでいた。

 口と鼻には何かを嵌められ、時折口とそれの隙間から気泡が漏れる。

 こぽこぽと上へ浮かんでいく水泡は何処かへ逃げようとしているようだったが、目で追って見ると少女が容れられている装置の上部に当たって消えてしまう。逃亡は失敗したようだ。

「おぉ……! 意識が覚醒したのか!」

 筒状の装置。中に黄色い液体が満ちており、そこに少女は入っている。生まれたままの姿で。

 普通の人間で言えば、五歳程の童女を思わせる体躯。

 少女はそこで目覚めた。それ以前の記憶を持ち合わせてはいなかったから、こう言い換えることが出来るだろう。

 少女は、機械の中で生まれた。

 筒越しに、白衣を着た男が狂喜している。

「ようやくだ……! 十体目にして、ようやく僕は造ることが出来た! これは人類初の快挙だぞ!

これでもう、英雄共の狂気に翻弄されずに済む! 世界が変わるのさ! 僕の造った! 正常を積んだ、完璧な――人造英雄によって!」

 原初のとき、神は人の元となる存在を土から創ったと言う。

 それを、古代語でこう呼ぶ――泥人形(ク・ウィン)と。

 そして、同じく古代語で、十までをこう言う。

 ウォーヴィーラウシィフィソークゥレトカイ――ティ

「そうだそうだ。ようやくの成功体。つまり君は人間だ。人には名前が必要だろう。だから、えぇと」

 男性は少女の収まっている筒に貼り付けられたプレートに目を向け、頷いた。

「……そう、君の名前は――クウィンティだ。人が造りし泥人形、十番目にして最初の成功例。よろしく――十番目の泥人形(クウィンティ)

 男の、気味の悪い笑みが、水で更に歪んで見える。

 嫌だな、と少女――クウィンティはそう思った。


    ◇

「クウィンティ」

 と、声がする。

 白衣の男のもの、ではない。

 モノクルを掛けた青年のものだ。常に薄笑みを湛える彼の名前は確か――レイド。

「きみ、すごいな。空を飛ぶ竜の背で居眠りなんて……。とっくに着陸も済んでしまったよ」

 森の中に降り立ったようで、周囲には木々ばかり。

 どうやらクウィンが降りないから、竜を消せないということらしい。

 面倒に思いながら跳ぶ。それと同時に竜が消えた。着地が済むと、グレアが頷くのが見えた。

「怖くないわけ? 寝ている間に落ちちゃったら、とかさ」

 懲りずに喋りかけてくるレイドを煩わしく思いながら、クウィンは呟く。

「……どうでもいい、から」

「どうでもいいって、何がだい?」

「落ちて、死んでも。それなら、それでいい」

 ただ、クウィンには分かる。

 自分はそんな間抜けな死に方、したくても出来ない(、、、、、、、、、)

「それより、どうして森、なの」

「あぁ、旅団の任務は全部極秘だからさ。結果を報告した後で、初めて良い物だけが公開されるって仕組みなのさ。だから帰還も当然、隠密にってことになる」

 彼らに、それを特に気にしている様子は無い。

 表立って自国の門をくぐることも許されない、影の英雄達。

 それでも、彼らはいいのだろう。

 グレアと共に在れるのであれば、どのような形でも。

「『空間』魔法によって屯所へ跳ぶ。痛みも無い」

 グレアの説明が入った。クウィンの為のものだろう。

 だからと言って感謝はしない。

 『黒』き靄のようなものが出現。

 通常の扉よりも大きく、門よりは余程小さい。数人が並んで通るには充分な大きさ。

 他の者達が続々と靄の中に消える。

 ここまで来て逃げるも何も無いので、クウィンも大人しく靄へと足を踏み入れた。

 景色が一瞬で切り替わる違和感を除けば、地続きに歩くのと同じ感覚だった。

 森の中から一点、倉庫を思わせる巨大な空間に出る。

「やー、やっぱりホームってだけでそれなりに落ち着くものだね」

 レイドが欠伸混じりに言う。

「フィーティさまは湯浴みをしてくるわ。フェイス、洗わせてあげてもいいケド?」

「喜んで!」

 巨漢の肩に乗っている童女の誘いに、仮面を付けた女性が嬉々として応じる。

「それにしてもさ、団長。本当に良かったの? クロノくんを見逃しちゃって。彼の目、死んでなかったよ。多分、次に逢う時はもっと厄介になってると思う。『黒』の保有者だしね」

「ちょっとレイド。クウィンの前でそういう話はよしなさいよ」

 クイーンが咎めるが、レイドはどこ吹く風だ。

 面倒臭い。レイドの試すような言葉も、クイーンの気遣いも

「過ぎたことだ。だがなクウィン、次に戦場で逢った時は別だ。奴が敵として立ちはだかるのであれば、おれは剣を抜く。それを止めたければ、奴の方を説き伏せろ」

「……あなた達を殺す、という手もある」

 全員だ。

 全員が、小さく笑った。

おれ以外の旅団員を殺すことは、叶うかもしれんな。此処にいる者が全てではないが、だとしても貴様なら可能だろう。だが、もしそれを敢行した時は――」

「わたしを殺す?」

「莫迦を言え。貴様は仲間だ。ただ罰を与える。――貴様の目の前で、クロノを嬲り殺しにすることになろう。そうはならないと、信じているがな」

「……悪趣味」

 しかし、やはりそういうことらしい。

 つまり、仲間として迎え入れる程に、グレアはクウィンの『白』を買っている。

「次の命令が下るまで各自待機とする。休息に努めろ。――クウィン」

 グレアがこちらを見る。

「貴様はおれと共に来い。その『白』に用がある」

 早速用事があるようだ。

「あぁ、言い忘れていたな」

 グレアが軍服を靡かせて、言った。

「ようこそ英雄旅団へ。我らは貴様の入団を歓迎するぞ」

 あぁ、本当にこの人は。

「……悪趣味」




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