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 翌日の朝早く、レイアは家を抜け出した。

 護衛達の交代の時間の隙をつき、使用人たちが慌ただしく仕事を始める頃に、平民の娘のような格好で、誰の目に留まる事なく、使用人たちが出入りする裏門から街に出た。

 平民用の服は、以前に学園で校外学習があった時に作ったものだ。校外学習は平民の生活を体験してみるという趣旨だったので、女学生は装飾の少ない簡素なワンピースを纏った。その時のワンピースを活用することにしたのだ。


 家族にも黙って出掛けるなんて、貴族令嬢のレイアにとっては初めての事だ。いつもは馬車から眺めていた景色も、歩いてみればまた雰囲気が違う。そんな事にうきうきしながら、キョロキョロと街を見回す。

 

 悪者を捕らえるための策として、レイアは自らを囮にすることに決めたが、悪者がどこにいるかなんて分からない。ただ、奉仕活動で訪れた事のある孤児院周辺は、下町エリアでも特に治安が悪く、決して一人にならぬようにと護衛たちに言われていたのを思い出し、その近辺に行ってみるつもりだった。

 大通りから少し外れただけで、人影は少なくなる。雰囲気も暗く、足元もぬかるんでいて歩き辛く、貴族街とは全く違っていた。


 ところでレイアは全く気付いていなかったが、彼女の存在は下町では浮いていた。平民に扮しているとはいえ、貴族特有の気品や小奇麗さは隠しようがない。警戒心の薄い可愛い兎を、数多の狼が舌なめずりして狙っていた。このままパーカー侯爵家を狙う賊が現れなくても、他の悪者に襲われるのは時間の問題だろう。自ら巣に飛び込んできた獲物を、獰猛な狼たちが逃すはずもないのだ。


 だが、運が良いのか悪いのか、レイアは彼女の望み通りに、パーカー侯爵家を狙う賊と遭遇することが出来た。彼女が侯爵家を出る時から付け狙っていた賊は、彼女が人の目から外れた一瞬の隙に、彼女を手中にしたのだ。


「あれだけ忠告してやったっていうのに、無防備なお嬢さんだ。忠告を全く本気にしていなかったのかな?」


 背後で聞こえた声にレイアが振り向こうとした途端、レイアは縄でぐるぐる巻きになっていた。まるで生き物の様に不気味に蠢く縄に、あっという間に身体の自由を奪われ、おまけに魔術で反撃しようとしても発現できない。まるで自分の魔力に蓋がされているような感覚だった。


 レイアは混乱しながらも逃げようと、慌てて身体を捩じった。しかし、魔術を封じられたひ弱な令嬢が逃れられる筈も無い。


 縄を操っていたのは、見知らぬ小柄な男だった。陰気な顔つきの、獣の様に爛々と目を光らせた男が、嘲るように笑いながら、レイアを締め上げている。


「なんなの、この縄、魔術が使えない……!」


 魔力を操ろうにもどうにもできない事に、レイアは焦った。


「貴族のお嬢さまが物騒なものを持っているじゃないか。ハハハ。お飾りが美しい剣だなぁ。この剣でお嬢さんの耳をそぎ落として、パーカー侯爵家に送り付ければ、お嬢さまのお父上も我らの要求を呑んでくれるかな」


 レイアが隠し持っていた護身用の短剣を奪い、男は笑った。気が強く才女だと言われていても、レイアは箱入りのお嬢さまだ。こんな悪意にまみれた言葉に慣れている筈も無い。助けを呼ぼうにも恐怖で喉に声が張り付いてしまったようで、掠れた息しか出てこなかった。 


「パーカー様?こんなところで、何をなさって……」


 そこへ、気弱そうな声が響いた。 

 レイアと同じく、簡素なワンピースを纏ったエリス・ラースが、訝し気に立っていた。その傍らには、供の者が二人。供は銀髪の執事と()()の魔術師だ。魔術師は護衛なのだろう。


「あ、あなた、パーカー様に何を……」


 縛られたレイアに気付き、エリスは目を見開いて震えあがった。供の二人がとっさにエリスを庇うべく、動いたが。

 

「に、逃げなさい!」


 レイアが掠れた声で警告するも、既に遅く。エリスはレイアと同じように縛り上げられ、供の二人も、反撃する間もなく縄に囚われていた。


「きゃああぁぁ」


 か細い悲鳴をあげるエリス。


「何だこの縄は!」


「魔力が抑えられている?」


 騒ぐ供の二人の口には、縄が絡みつきその声を奪う。助けを呼ぼうとしたレイアの口にも、縄が巻き付いた。エリスは悲鳴も上げることなく、ぐったりと気を失い、縛られるままになっていた。


「おやおや。邪魔が入ったかと思ったが、おまけが手に入った。おい、お前達。こいつらを運べ!」


 魔術師の男の指示で、大柄な男たちが数人、レイアやエリスたちを担ぎ上げた。

 こうしてレイアは、奇妙な縄を操る魔術師とその仲間たちに、エリスとその従者共々、連れ去られてしまったのだった。



◇◇◇


 レイアとエリスたちは、馬車に乗せられ、ある屋敷に連れ込まれた。

 屋敷の一室には、縄で縛られた数人の先客がいた。彼らも、レイアたち同様、誘拐されたのだろうか。


 屋敷には他にも仲間の男たちがいて、レイアを捕らえた男は彼らのボス的な存在の様だ。ドーグ()という禍々しい名で呼ばれていたが、とても本名とは思えなかった。粗暴で屈強な男たちが、文句も言わずにドーグに従っていた。見た目はそう強そうに見えないが、かなりの実力者なのだろう。奇妙な縄を意のままに操る所を見ると、魔術はかなり使える方ではないだろうか。


 ドーグは捕らえた人質たちを見回し、その中のレイアと目が合うと、ニヤリと嫌な笑いを浮かべた。


「今回は大漁だ。貴族のご令嬢が二人も。一人は狙っていた大物だが、おまけがついているとは僥倖。しかもしかも」


 男は小さな眼鏡を掛けて、レイアとエリス、そして従者二人をジロジロと見ると、嬉しそうに顔を歪める。その目は欲に濁っていて、レイアはぞっと背筋が冷える思いがした。


「ご令嬢二人は貴族の平均値と行った所だが、そっちの従者諸君はなかなかの魔力量。これはいい()()が作れそうだ」


「魔石……?」


 ドーグのおかしな言葉に、レイアは思わず口に出してしまった。それが聞こえたのか、ドーグはにたりと笑う。


「レイア・パーカー嬢。ふふふ。父であるパーカー侯爵と同じ風の魔力に適性あり。魔力量は平均。これならウィンドカッターぐらいなら問題なく扱えると言ったところか?」


 レイアは驚きで心臓が鷲掴みされたような気持ちになった。確かにパーカー侯爵家は、風の魔力に適性がある一族だ。レイアの魔力量も男の言った通りだった。だが、どうしてそれが知られているのか。パーカー侯爵家は適性魔力について外部に一切公開していない。レイアも魔術を行使する時は、適性魔力以外の魔術も満遍なく使い、適性魔力を世間に漏らさないように注意している。魔術を使う者は適性魔力を他人に知られるのを嫌う。弱点を公開するようなものだから。


「パーカー侯爵も頑固な方だ。こちらの忠告通り、厳罰化など諦めればよかったのだ。我らに従わないから、娘がこんなひどい目に遭うのだ」


 ニタリと笑うドーグに、レイアは鳥肌が立つのを止められなかった。だが、どんな目に遭おうとも、パーカー家の一員として、悪に屈するつもりはなかった。父が国の重職に就いている以上、娘として危険な目に遭う事も覚悟していなければいけない。父とて、娘がどんな目に遭おうとも、決して信念を曲げないと信じている。


 ただ。巻き込んでしまったエリスには申し訳ない事をした。このままだと、ただ居合わせただけの彼女も危険な目に遭わせてしまう。パーカー侯爵家の問題に、関係ない者まで巻き込むのは避けたかった。


「我が侯爵家に御用ならば、私が承りましょう。無関係な方は解放なさい」


 気丈にレイアがそう言うと、男は嘲るように笑った。


「ふふふ。気の強いお嬢さんだ。だが、俺としては獲物が増えるのは大歓迎でね。()()()()()()()()()()()()()()


 男の真意が読めず、レイアは眉を顰めた。ただ、ドーグはレイアもそれ以外の者も、解放する気はないという事だけは分かる。

 レイアはチラリと隣に座るエリスを窺った。エリスは殆ど気を失っているのだろう。俯いたまま動かなかった。エリスの側にいる銀髪の執事と()()()()()()も、焦った顔でもぞもぞと身体を動かしているが、レイアと同じく、この不気味な縄に縛られ、魔力の発現が出来ないようだった。


 他の人質たちは諦めきった様な顔で、床に横たわり男をぼんやりと見上げている。レイアたちよりも前に捕らえられ、ここに押し込められていた彼らは憔悴しきっていた。ほんの少し前まで、この部屋にはもっと人質の数が多かった。2、3日に一度、一人、また一人と、どこかへ連れていかれる、そしてその日は、身の毛もよだつような悲鳴が一日中、屋敷の中に響き渡る。そんな心身が擦り切れるような監禁生活を過ごし、彼らは絶望と疲労で縮こまっていた。


「ふふふ。愚かなお前達には、俺の言っている意味が分からないだろう。教えてやってもいいぞ」


 ドーグは気味の悪い笑い声を上げて、懐から不気味に輝く魔石を取り出した。

 レイアも魔術を使う者として、魔石を見たことがある。魔獣などから取れる魔石は、まるで宝石の様に鮮やかな色合いをしているものだ。しかし、男の持っている魔石は、様々な色が混ざり合った不気味な色合いだった。


「美しいだろう。様々な魔力が絡み合って混ざり合った色だ」


 くすんで濁った色の魔石を掲げ、ドーグはウットリと呟く。その目は狂気に満ちていて、誰の事も見えていない様だった。ただただ、恍惚と魔石を眺めるその様子に、レイアは背筋が寒くなった。


「あれが美しいって、どういう審美眼をしているのかしら」


 ボソッと、近くでそんな声が聞こえた様な気がして、レイアは耳を疑った。この状況にはそぐわない、なんとも緊張感のない呟きに聞こえたのだ。多分、動揺する余りの空耳だろうと、レイアは忘れる事にした。


「この魔石一つで、魔獣の魔石の10倍以上の力を持っているのだ。これさえあれば、剣や杖に付与魔術を施す事だって夢じゃない。使用者の能力とは関係なしに、攻撃力や魔力を上げることが出来るんだぞ!この素晴らしい魔石があれば、ジラーズ王国はこの世界の覇者となるだろう!平和ボケしたロメオ王国など、あっという間に侵略してやるぞ!」


 剣や杖の付与魔術。どの国でも長年研究されている魔術だ。付与魔術の施された剣や杖は、古代遺跡から発見されることがあるが、それこそ一国が買えるような値段で取引される。現在の魔術研究では付与を再現するには、魔石に内包する魔力量が足りず、不可能だと言われている。


「ふふふふ。剣や杖に魔力を付与するにはなぁ、膨大な魔力がいるのだ。それこそ、魔獣ならば200匹は必要になる」


 魔獣200匹分の魔石を揃えるなど、常識で考えれば無理だ。力の弱い魔獣の魔石は殆ど魔力を持たず、役には立たない。強い魔獣が200匹ともなると、まず、魔獣がそんな数見つからない。見つかったとしても倒す事が出来るのは、騎士団や高位の冒険者パーティぐらいだろう。


「その点、この魔石はなぁ。人間から搾り取った魔力で出来ているのだ。この小さな魔石一つに、20人分の魔力が込められている」


 得意気に、ドーグは信じられないような事を言い出し、レイアはゾッとした。昔は人間から魔力を搾り取る刑罰が存在したらしいが、人道的な問題があり、今はどの国でも採用されていない。魔力量や適性に違いはあれど、魔力はどんな人間にも備わっているものだ。魔力は完全に枯渇すると、二度と戻ることはない。下手すると、生命力を維持するための魔力すら失われ、命に関わる事態になる。人の魔力の利用など、誰もが常識と知っている、禁忌だ。


 レイアは目の前の魔術師が、恐ろしくてたまらなかった。ドーグが言っている事が本当なら、彼が持っている魔石は、人の魔力でできているということだ。しかも20人分。

 魔力を搾り取られると、想像を絶する痛みを伴うと聞く。酷い時は、気が狂うほどの。そんな恐ろしい事を、ドーグは平気で行ったのだ。


「無能な人間の魔力を、俺が利用してやるんだ。ははは。平民なんぞ、魔力があっても宝の持ち腐れだ。相応しい者の手に宝が渡れば、素晴らしい世界が作れるのだ」


 魔石に頬ずりをして、笑うドーグ。レイアはその人を人とも思わないような発言に、気分が悪くなった。


「20人で魔石が一つ……。あの程度の魔力量で20人……。随分と効率が悪いのね」


 まただ。ぼそっと呟かれた言葉に、今度は空耳とも思えず、レイアは思わず振り返ったが、人質たちの様子は変わらないし、そんな発言をするような人物は見当たらなかった。レイア以外、その言葉を聞いた者がいる様子もない。極限の状態で、幻聴が聞こえる様になったのかと、レイアは自分の身体を抱き締めた。

 

「それもこれも、この眼鏡と魔力縄のお陰だ。素晴らしい俺だけの魔道具。これがあれば、俺は誰にも負けない!この俺が、世界の覇者になるのだ!まずはロメオ王国を我がジラーズ王国の支配下に置いて、その足掛かりにしてくれるわ」


「まぁ、ふふふふふ」


 今度の笑い声は、はっきりと聞こえた。

 ただ、レイアの幻聴ではなかった様だ。その証拠に。


「誰だ、今笑った奴は!」


 そんな、ドーグの怒声が響き渡ったのだ。

 

★【書籍化進行中】シリーズ1作目「平凡な令嬢 エリス・ラースの日常」

★【書籍化作品】「追放聖女の勝ち上がりライフ」

★【書籍化進行中】「転生しました、サラナ・キンジェです。ごきげんよう。」

★ 短編「女神様がやっちまいなと思し召しです」「悪役令嬢ですが、幸せになってみせますわ!アンソロジーコミック8」にてコミカライズ


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[良い点] うわぁ、すごい!これ以上ないくらい気になるところでのお預け!次の更新心より待っています!!
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