87 あ~面倒くさい
「とにかく捏ねる」
「……まぁ、パン作りは捏ねるけど」
リンゴの酵母を入れ、捏ね始めている莉奈に、リックが複雑そうな表情で言った。莉奈のざっくりした説明に、なんとも言えない様だった。
「それ、随分と柔らかいけど……?」
ボールに入った材料は、見た目が指に絡み付くくらいに、まだベタベタな状態だ。リックが、それで出来るのかと不安そうに訊いてきた。
「捏ねてくと、馴染んでくるよ」
そこまでが、まず大変なのだけど。
パンにこだわらず"水とん"とかにすれば良かった、と少し後悔する。本当に面倒くさい。
「あ~。め~んどくさ~い。め~んどくさ~い」
「「「……リナ……」」」
イヤな掛け声を掛けながら、パン作りをするリナには皆、苦笑いだったり、クスクスと笑ったりしていた。面倒くさいのはわかるけど、そんな掛け声あるか……と。
しばらく捏ねたり叩いたりすると、あのぐしゃぐしゃだった生地が、まとまってきた。莉奈は慣れた手つきで、その生地を1つに丸くまとめると、濡れフキンをかけて温めたオーブンに入れた。
「……フキンを掛けたまま、焼くのかい!?」
それを見たリックが、ビックリした様に言った。
「え? まだ焼かないよ?」
「え? でもオーブンに……」
リックは、さっぱりわからないのか、不思議そうに訊いてきた。オーブンに入れる、それすなわち "焼く" に繋がるらしい。
「あぁ、発酵させるの」
別にしなくてもいいが、しっとりさも違ってくるし、ふんわり感も違う。
「発酵……?」
と、さらにリックが訊いてきた。
ん? なんか、このやり取り前にもなかったっけ?
「小1時間程、発酵させる」
冷蔵庫で一晩、低温発酵でもいいけど、さっさと作って食べたい。
「発酵って?」
「………………」
あれ? やっぱり、このやり取りやった気がするぞ?
菌が増殖? は違う気がしなくもないし……なんて説明すればいいのかな?
「生命誕生の神秘」
「……は? 壮大過ぎないか?」
近くでじゃがいもの皮を剥いていた、副料理長マテウスが目を丸くした。パンの発酵がそんなにも、すごいスケールだとは思わない。
「わからねぇんだよな?」
いつの間にかいた、エギエディルス皇子が笑いながら言った。
そういえば、エギエディルス皇子と、このやり取りをやったのだった。




