86 パン作り
「……パン?」
モニカが首を傾げた。この表情からして、モニカもパン酵母の件は忘れている。そもそも、そこから莉奈が、料理をする様になった訳なのだけど。
「柔らかい、ふかふかなパン」
莉奈は、魔法鞄からリンゴの入った例の瓶を出した。瓶に入った水は、アップルジュースの様に、透明なベッコウ色である。
「あ~~!! それ!!」
やっぱり完全に忘れていた様だった。
「リックさん、あっちの作業台借りますね?」
角にパン専用の作業台があるのは、この間見た時に気づいていた。今はスープ作りに皆が集中している、だから邪魔にはならないだろう。
「……見ていてもいいですか?」
リックがものすごい興味深そうに、近付いて来た。
そもそも、リンゴと水で、出来ると思っていなかったに違いない。だが、莉奈が色々と作って見せた今なら、出来るのかもと信じている様だった。
「ん? いいけど……全員来たらダメだと思うけど?」
そう、リックの後ろには、作業を止めた料理人達が、莉奈を取り囲む様にぞろぞろとやって来たのだ。
「……お前達……」
リックは呆れた様に言った。とはいえ自分が筆頭なので、強くは言えない。
「だって、気になるでしょう?」
「リンゴと水ですよ?」
「柔らかいパンですよ?」
「リナですよ?」
と、皆が興味津々に言ってきた。
最後のリナですよ? は、よくわからないのだけど?
「……とにかく、お前達はスープ作りに戻ってくれ」
とリックが追い払えば、えーっとブーイング混じりにブツブツ言いながら、皆は持ち場に戻っていった。
「で、それをどうするんだ?」
皆を、持ち場に戻したリックが言った。
……リックさんも、大概だよな、と莉奈は思った。
「……色々とやる」
説明が面倒なので、大雑把過ぎる程の大雑把に言った。
これでわかる者など、いないだろう。
「……リナ……何、その説明」
呆れるような声が聞こえた。給仕係をしていたモニカが横を通りながら言ったのだ。
「だって、色々だもん」
粉と混ぜたり叩いたり、色々だ。上手く説明が出来る訳がない。
「見て学べって、ことかな?」
リックは苦笑いしながら言った。実に勉強熱心で前向きだ。
……ごめん。たぶん、見てもわかんないと思う。
だって、料理番組のパン作り。絶対に1回見たぐらいじゃわからないし……。
「とりあえず、もういらないから、このリンゴは捨てちゃいます」
莉奈は、瓶に入っていたリンゴを、流し台のゴミ箱に入れた。
これも後で、スライムちゃんのご飯になるのかな?
「なんか随分、スカスカになるんだね?」
ゴミ箱に捨てたリンゴを見たリックが、不思議そうに言った。
そう、発酵させた後のリンゴは、スポンジみたいにスカスカになる。ちなみに、このスカスカのリンゴ、食べてもいいけど美味しくはない。
「発酵すると、菌? 酵母菌が食べるんじゃない? しらんけど」
知るわけがない。科学者ではないし、何故そうなるのかまで調べる人いる? 私は調べない。
「リナ……適当」
今度は、洗い物をしながら聞いていた、ラナが呆れ笑いしていた。
「だってしらん。んでもって、ボールに白い粉を入れる」
「「「白い粉!?」」」
言い方が悪かったのか、皆がビックリした様に言った。
「……アハハ……強力粉です」
笑うしかない。自分で言っといてなんだけど、白い粉って説明があるかって話だ。それでいいなら、大体の粉が白い粉である。
ちなみに、薄力粉で作った事はないけど、作ったらどうなるのだろう?
膨らみが弱いし、モチモチはしないと思うし……。固めのパンになるのかな。
「で、強力粉と塩、砂糖を軽く混ぜて……」
大きなボールに、それらを入れて手で軽く混ぜる。もちろん手は洗ってるし、なんだったらウロウロしてるモニカに、浄化魔法をかけてもらいました。
「この、天然酵母を入れる」
リンゴの天然酵母だ。ほのかに香るリンゴの香りがまたいい。
ちなみに、莉奈は目分量で入れているが、皆さんはちゃんと計って下さい。もれなく、失敗します。




