665 この国は終了致しました
「さて」
作業台と材料を魔法鞄から取り出す。
薄力粉、砂糖、卵……シフォンケーキを作るのはイイが、ここにはホットケーキの粉やベーキングパウダーがないので、面倒な作業がある。
それは、メレンゲ作り。魔石を原動力にしたハンドミキサーでもあればイイが、そんな便利な物はないので自力。
しかし、運良く泡立て器はある。なにせ、大分前に手先の器用な軍部の人に作って貰ったからだ。
……となると、やはり後は己の体力と勝負するだけ。
フェリクス王なら、簡単に作れそうだなと見たら、「あ゛?」と怪訝そうな顔をされた。
とりあえず適当に笑って返し、卵を卵黄と卵白に分ける事にする。
作業台に視線を戻したら、エギエディルス皇子が横からピョコと顔を出した。
「手伝うか?」
キュン死しそうに可愛い。
「エド、疲れてるだろうからイイよ?」
「気にすんな。面白そうだからやる」
そう言って、莉奈と自分の手に浄化魔法を掛けてくれたエギエディルス皇子に、やさぐれた莉奈の心は癒された。
だが、それも一瞬。
「私にも手伝わせてくれ」
「え?」
「どうやって作られていくのか、自分で試したい」
アーリャが参加表明をお願いしてきたからだ。
実際、莉奈が作っているのを見ていないアーリャは、どうやって作るのか気になったらしい。
アーリャは現公王で前王女。王女や貴族は余程の事がない限り、家事などやらないだろうから、完全に初心者だ。
だが、シフォンケーキ作りは、材料を混ぜて焼くだけで包丁は必要ない。
しかも、色々あるレシピの中でも、莉奈の中では1番簡単なやり方で作る予定だし、難しい事はないだろう。(たぶん)
しかし、何だか護衛2人が微妙な表情をしているので、一応見学にした方がイイのかなと考えていれば、アーリャがやる気を見せた。
「エビュ……エディルス皇子がやるのだからーー」
「人の名前を噛んでんじゃねぇよ」
噛んだアーリャが、エギエディルス皇子に即時ツッコまれていた。
さっきのチュネ何とかよりは断然マシだが、エギエディルス皇子も中々言いづらい名前だ。小竜も今だにエビエビ言っている。
「失礼した。エギエビルス皇子」
「……」
「あれ? エビエギルス」
「……」
「エギエビュルス……すまん、しばらくエギ皇子でいいかな?」
イイ訳がない。
だが、言っている内に、何が正解か分からなくなったらしいアーリャは、申し訳なさそうに謝っていた。
エギエディルス皇子の冷めた視線に、耐えられなくなったらしい。
「……はぁ」
何が"エギ皇子"でイイのかと、エギエディルス皇子は盛大なため息を吐く。
莉奈といいアーリャといい、人の名前に妥協案を出すヤツが多過ぎる。
そう思いながらエギエディルス皇子は、チラッとアーシェスを見た。
「何かしら?」
「お前は言えるよな?」
「え?」
「俺の名前」
何か思う事があるのか、エギエディルス皇子がジト目で訊けば、アーシェスは笑っていた。
「いやねぇ、言えるに決まってるじゃない」
「なら、言ってみろよ」
「あら、私に名前を呼んで欲しいの? 可愛いわね」
ホホッと笑っていたアーシェスだったが、エギエディルス皇子に圧のある笑みを返され、笑ったまま固まっていた。
自然と皆の視線がアーシェスに集まれば、アーシェスは仕方がないとばかりに口にする。
「エギエジルス」
「フェル兄、この国を滅ぼしてもイイぞ」
エギエディルス皇子が呆れていた。
どこまでが本気か分からないが、双子の兄アーシェスも言えず、エギエディルス皇子の中では、もはやこの国は終わったらしい。
でも、言われてみれば、アーシェスがエギエディルス皇子の名前を呼んでいるのを、ほとんど見た事がない気がする。
呼びづらいので、意図的に呼ばない様にしていたのかもしれない。
末弟の言葉に、フェリクス王とシュゼル皇子は笑っていた。
それが冗談だと分かっているから笑えるのであって、この兄弟の事を何も知らなければ笑えない話だ。
そんなエギエディルス皇子は、やや不機嫌そうである。
名前を間違えられると、何となく気分は良くないのだろう。
「エギエディルス、エギエディルス、エギエディルス」
「あ゛?」
「エギエディルスって、スゴくカッコいい名前だよね?」
莉奈は名前を連呼して、エギエディルス皇子を見てニコリと笑った。
確かに覚えづらいし言いづらいけど、カッコいい名前だと莉奈は思う。
「そ、そうかよ!」
莉奈に名前を褒められて、エギエディルス皇子は頬を赤く染め、そっぽを向いた。
唐突だったけれど、褒められて嬉しかったのかもしれない。
そんなエギエディルス皇子を見て、可愛いなとホッコリする莉奈なのであった。




