662 この世界の奥深さ
「ただ、訊いただけなんですけどねぇ」と首を傾げるシュゼル皇子。
言う方も言う方でスゴいが、聞かされた方は地獄である。聞いているのは確かなのに、まったく頭に入ってこない。
莉奈も未だに、この魔物の名前が覚えられなかった。
そんなシュゼル皇子に、フェリクス王が訊く。
「で、この"玉"は何なんだ?」
フェリクス王の言う"玉"とは、当然この名前の長い生き物の背中に、ギッシリ付いたガラス玉みたいなモノの事である。
「マック、その背に付いている赤い玉を1つ取って下さい」
「え、あ、はい?」
この話の流れから、ローレン補佐官は呼ばれると思わず、つい聞き返してしまった。
「チュネチュネチロックコシピロ・ローリ・ロールの背に付いている"赤い玉"を1つ」
「……え」
私が取るんですか? とローレン補佐官の顔が明白に物語っている。
初見の生き物に付いているよく分からないモノを、取りたくないのだろう。ローレン補佐官の心情を読むのであれば、"自分で取れ"だ。
「よろしくお願いします」
ローレン補佐官は、シュゼル皇子にニコリと微笑まれ……諦めた。
お願いされたら、部下にノーと言う選択肢はない。
仕方がないとチュネチュネチロックコシピロ・ローリ・ロールに歩み寄れば、虫と言うには無理があるくらいに大きい。ローレン補佐官と並べば、そのチュネ何とかは腰くらいの高さがある。
高さがあるから、玉が取りやすいと言えば取りやすいが、ローレン補佐官に言わせれば、そういう問題ではないだろう。
「ん? あれ、結構しっかり付いてますね」
諦めれば切り替えが早いのか、ローレン補佐官は玉を両手で包む様に引っ張っていた。
だが、簡単に取れると思っていたのに、しっかり張り付いているのかビクともしない。しかも、玉自体も意外と頑丈なのか、強く握っても割れる気配すらなかった。
ならばとばかりにローレン補佐官は、握る手にさらに力を込め、まるでブドウの実をもぎ取るかの様に、玉をクリクリと回したり左右に動かしてみた。
ーーポキュン。
しばらくすると、小気味良い音と共に赤い玉が1つ綺麗に取れた。
取って見れば良く分かるが、淡い赤い色をした水晶玉みたいなモノは、ルビーにも見えてスゴく綺麗だ。
キラキラしているから、竜は絶対好きな部類に入るだろうと、莉奈は思った。
「では、兄上。マックがそれを遠くに投げるので、弓で撃ち抜いて下さい」
「あ゛ぁ?」
ローレン補佐官が取ったモノを、チラッと見ていただけなのに、唐突に頼まれたフェリクス王は、不機嫌そうに目を眇めた。
ローレン補佐官が投げるのはともかくとして、その玉を撃ち抜くのは簡単ではない。いくら水晶玉よりは大きいとはいえ、遠くに投げれば投げるほど、的はビー玉か点くらいに小さくなる。
置いてあるモノとて大変なのに、投げたモノに矢を当てるだなんて、至難の技だ。なのに、サラッと兄王に打ち抜けと言うシュゼル皇子。
「出来ないのですか?」
いつまでもやる様子が見えないフェリクス王を、シュゼル皇子は微笑む。
本人に自覚はないのだろうが、口調とその笑みは挑発にしか見えない。
「てめぇ」
フェリクス王にしたら、このくらいの事は朝飯前だろう。
だが、シレッと頼まれればイラッとするらしく、シュゼル皇子を睨む。
シュゼル皇子に、文句の1つでもと口を開き掛けたフェリクス王だが、視界にエギエディルス皇子達が入った。
兄王大好きっ子であるエギエディルス皇子の期待する瞳。
その隣で、ワクワクしている莉奈の瞳。
さらにその隣で、尊敬の眼差しのローレン補佐官。
「……」
長弟シュゼルはイライラするが、末弟エギエディルスの瞳を前に何も言えない。
シュゼル皇子を殴りたいのは山々だが、エギエディルス皇子に免じて許す事にしたらしい。舌打ちしながらも、魔法鞄から長弓を取り出していた。
「キラーアントの方向に高く投げろ」
「はい!」
近くで何かあっては困るので、遠くは当たり前。だから、方角と高さ指定のみなのだろう。
ローレン補佐官は、凄腕のピッチャーかの如く構えれば、指定された場所へ思いっ切りぶん投げた。
何だか知らないその赤い玉は、キレイな放物線を描く様にして、遥か遠くに飛んで行く。投げる時に風魔法を掛けたのか、莉奈達がいくら目を凝らしても見えないくらいに遠い。
しかし、フェリクス王には見えるのか、長弓を構えた手は微塵もブレずに、その先を捉えていた。
ーーヒュン!
フェリクス王が迷いなく矢を射れば、風を切る様な耳触りの良い音と共に、遥か遠く真っ直ぐに飛んで行く。
真っ暗な空、どこにあるか分からない玉。
たとえ当たったとしても、これではまったく分からないなと、莉奈は目を凝らしていたが、その考えは杞憂だった。
ーーボン!
何かが割れる様な音と同時に、その場所が爆発したかの様に弾けた。
あんな小さな玉を撃ち抜いたフェリクス王の技量にも驚きだが、その撃ち抜いた玉が爆発したのには、もっと驚きだ。
使い方にもよるのかもしれないが、あれは爆弾みたいなモノではないか。
その爆発で一瞬、辺りが赤く光った時、遥か遠くの方にキラーアントらしき姿が、ウジャウジャいるのが見えた。巣に戻らず、ずっとウロウロしていたらしい。
ああなるともはや、アレを抑え込むのは無理な様な気がする。
どうするつもりなんだろう? と莉奈はチラッとそんな事が頭を過り、フェリクス王を見た。
「魔力を溜め込んでやがるのか」
まだ点にしか見えないキラーアントには、微塵も興味がないのか、チラ見すらしていない。完全に、玉の効力にベクトルが向いていた。
気にしているのは、莉奈とアーリャ達だけの様だ。
チュネ何とかという生物の背にある玉は、卵でもガラス玉でもなく、魔力を溜め込める魔石みたいなモノらしい。
フェリクス王は一瞬目を見張ったものの、面白そうに口端を上げていた。
「赤は火、青は水、そんな感じみたいですよ?」
背中にある玉に魔力を溜め込む、不思議な魔物がこの"チュネチュネチロックコシピロ・ローリ・ロール"だそうだ。
フェリクス王が、外す訳がないと確信があったシュゼル皇子は、当てた事によりその威力が分かり、至極満足そうに見えた。
舌を噛みそうだし、覚えられる気が全然しない魔物だが、想像以上にスゴい魔物らしい。
そして、この玉から出る微量の魔力が、莉奈の【鑑定】を狂わせた様である。魔力酔いをしたのも、きっとそのせいだろう。
赤=火、青=水、黄=雷、緑や紫も何かの属性を示すモノだとして、虹色は何だろうと莉奈は思う。
複合の可能性もあるのかなと、キラキラしていて1番光っていてキレイな玉を見る。
【鑑定】をしたいところだが、また魔力酔いはゴメンだ。シュゼル皇子に訊こうと思ったら、満面の笑みでこちらを見ていた。
「甘い蜜みたいですよ?」と。
ーーマジか。
魔法の玉の中に、蜜玉が含まれているだなんて想定外だ。
ミツツボアリは見つからなかったが、蜜玉を持つ生き物がいるとは……この世界は奥が深い。




