659 優しい悪魔? の登場
小竜の唄は音痴だったが、妙に癒されたのも確かだ。
元気を取り戻した莉奈は、空が暗くなっていたので、街灯代わりのランタンを用意する。
「よっこらしょ」
「ババァは寝てろ」
魔法鞄から取り出した"街灯"を地に刺そうとすれば、フェリクス王が横からヒョイと掻っ攫った。
本調子ではない莉奈に配慮したのだろう。フェリクス王は王だけど、雑用みたいな事でも、意外と手伝ってくれる。もう、気遣いの出来るイケメンなんて、モテ要素しかないではないか。
だが、"よっこらしょ"に対してのババァは余計だ。
莉奈がフェリクス王の優しさにキュンとしたのは、ほんの一瞬だけだった。
「えぇっ、適当過ぎる」
しかも、フェリクス王が莉奈の代わりに刺している街灯は、適当な間隔で配置されている。
細かいと言われそうだが、ザックリだとしても、ある程度は等間隔にして欲しい。ポツンと立っている場所もあれば、妙に密集している場所がある。
手伝ってくれるのはありがたいが、ちょっと首を傾げたくなっていた。
「気になるわ〜」
そうボヤいているのはアーシェスだった。
測って配置しろとは言わないが、円なら円、四角なら四角とまとまりが欲しいと、莉奈同様に唸っている。
莉奈の魔法鞄には、色々な物が入っているなと感心していたアーリャと護衛達が微妙な顔をしていた。
「適当にもほどがあると、モヤッとするものなんだな」
「「ですね」」
エギエディルス皇子は苦笑いしていたけど、皆、やはり気になるらしい。
「うるせぇな」
そんな皆に対しフェリクス王は、舌打ちし睨んだ。
まぁ、親切心からやっているのに、総ツッコミされれば舌打ちも分かる。
「ま〜ぶし〜い〜な〜」
光魔法のランタンは、柔らかい光であるものの、光っていれば眩しい。
だが、それすらも楽しいのか小竜が首を揺らし、ご機嫌な様子で目を細めていた。
ふんふんと楽しそうに歌っていた小竜が、今度は身体を揺らし始める。
「何かが〜やって〜く〜る〜ぅ」
「何か?」
何かとは何だと、エギエディルス皇子はキョロキョロ。
兄王が警戒していないのだから、魔物だとしても大した魔物ではないだろう。だが、辺りを探してもそれらしき物が視界にはなかった。
どうやら"何か"とは地上の事ではないらしい。
「速ぇな」とフェリクス王が遠くの空を見ていたからだ。
莉奈はその言葉を聞き視線の先を見たが、薄暗いせいもあり、いくら目を凝らしても何も見えない。フェリクス王に言わせたら、気配と言う事だろう。
だけど、話の流れからして"優しい悪魔"こと、シュゼル皇子が来たのだと分かった。
こちらから向こう側は見えないが、空からなら街明かりやランタンの光で、目的地は分りそうだ。
それにしても速いなと、莉奈も思った。
時計がないから厳密な時間は分からないが、緑色の竜が去ってから、2時間も経っていない気がする。あのイイ加減な緑色の竜は、性格とは裏腹に真面目に行ってくれたらしい。
「シュゼルみたいに初めから竜だったら、こんなにクタクタになる事はなかったのに」
何度目かのアーシェスのボヤきが聞こえた。
ここまで2日間ぶっ通しの鬼日程が、たった1時間で済んだともなれば、ボヤきたくなるのも分かる。だが、竜が魔法を使って配慮してくれるとはいえ、全速力で来るのは普通に怖そうだ。
生身発進の戦闘機には乗りたくはない。
真珠の様に綺麗なシュゼル皇子の竜は、近付く前からモルテグルの兵士達を魅了していた。月明かりにでも、この気品と優美さが伝わるのだから、陽の出ている時に見たかっただろう。
王竜や竜だけでなく、小竜が見られただけで眼福なのに、白竜までとなれば大騒ぎだ。まるで盆と正月が来た様な気分に違いない。
モルテグル兵達は、ずっと興奮が冷めやらなかった。
地にふわりと降りる真珠姫は、性格はともかく実に優雅に見える。
翼から起きる風も最小限だし、地に降りた時の振動も柔らかい。まさに"女王"の名に相応しいくらいに、優美で美しい竜だ。
「ここにいたんですか、小さいの」
ご機嫌な小竜を見た真珠姫は、おやっとした顔をしていた。
まさかここにいるとは、思わなかったみたいである。小竜も真珠姫に会えて嬉しそうだ。ちょこちょこと真珠姫の側に歩いていた。
「何か面白い事はあったか」
ひらりと真珠姫から降りて来たシュゼル皇子に、フェリクス王が口端を上げた。
まるで、その何かが起きる様に、わざと仰々しく出立したのだから、何かが起こっていて欲しい様な言い草だ。
だが、シュゼル皇子もそれを楽しんでいるのだから、息のあった仲の良い兄弟である。
「早々に、ディラー伯が来ましたね」
「ほぉ、何だって?」
「竜に乗って遊んでいる暇があるなら、公務に励んでみては? と」
王宮に用があり、たまたま王都にいたディラー伯爵。
その時に、派手に出立したフェリクス王達を見かけ、用のついでに嫌味を残して帰ったらしい。
フェリクス王も、ディラー伯爵の人となりを知っているのか、笑っていた。
「嫌味をわざわざ言いに来た訳じゃねぇだろ?」
「ハイラーツが滅んだと報告が」
ハイラーツとは、このウクスナ公国とは真逆にある隣国、バレントア王国の小さな村。
ヴァルタール皇国との国境付近にあり、以前、魔物に襲われていると聞いた覚えがある。その町がとうとう滅亡したらしい。
「ほぉ、保った方だな」
王竜により報告があった時は、"直に"と言っていた。
しかも、莉奈の記憶が確かなら、国は見限った様な話をしていた気がする。国から見捨てられ、援軍もなく数ヶ月だ。町の人達は必死に頑張ったに違いない。
「なぁ、それだけ言いに来たのか?」
とはエギエディルス皇子だ。
ディラー伯爵の領地は、そのハイラーツから程近い場所にある。たとえ王都にいたとしても、わざわざ王宮に足を運ぶのは時間と労力を使う。
なので、大抵の場合は、より速い魔法の速達"魔伝"を使う事がほとんどだ。
なのに、何故、王宮に来たのかエギエディルス皇子には理解出来なかった。
「いいえ。王宮に孫娘がいるので、会いに来たのだと思いますよ」
ディラー伯爵の可愛い孫娘は、王宮で働いている。
だが、気楽に会いに行ける場所ではないのが王宮だ。そんな時、ハイラーツが滅んだという報せを訊いた。
急ぐ理由もないが、一応伝える必要はある。ならば、それを理由に引っ提げて、孫娘に会いに行こうと決起したらしい。
その道中、フェリクス王が王竜に乗り、街をグルリと回っていたのを見かけたので、ついでに嫌味を言っただけの話。




