657 鑑定の誤表記?
「お姉ちゃ〜ん」と。
声のする方を探していれば、遠くの方の空に夕日に混じって、薄紫色の何かがいるのが見えた。
バサバサと羽ばたくその姿は、見覚えがある。あれはエギエディルス皇子の番である小竜だ。
兵士達にも確認出来たのか、再びザワついていた。
先程、王竜達を見れただけでも貴重な体験なのに、今度は竜の子供だ。カッコ可愛いその姿に、兵士達だけでなくアーリャ達も釘付けである。
「アイツ、何か持ってるな」
エギエディルス皇子と莉奈は、小竜の姿よりその手に持つ"何か"に釘付けだった。
キラーアントを数匹倒した後、木の上でウトウトしていたのは見たが、昼寝をしてから何かを捕まえたみたいだ。
「"ミツツボアリ"じゃないのだけは分かるよ」
だって、小竜が両手で掴んで持っているのは、蟻っぽくないからね。
だけど、獣系ではなく、虫系なのが微妙な感じだ。
「お姉ちゃ〜ん」
会話している最中にも、小竜はドンドン近付いて来ていた。
「お前に土産じゃね?」
「……いらん」
腹部に蜜を貯めた蟻ならありがたいが、それ以外はパスだ。
それにお願いだから、お姉ちゃんとか呼ばないで欲しい。エギエディルス皇子のお土産だという逃げ道が、完全に塞がれるではないか。
「ヴァルタールみたいに竜が持てたら」
小竜を見ていたアーリャの悔しそうな声が聞こえた。
遥か昔に、ヴァルタール皇国を建国した者が、とある竜と絆を深めた事が、始まりとされている。それが、グルテニア王国だったらとか、自分がヴァルタール人だったらとか、色々と思う。
……が、そんな事を考えたところで、現状は何も変わらずだ。
ましてや、竜がいたところで、フェリクス王みたいに立ち回れるかと言われたら皆無だろう。
「私にも竜がいたら」
だが、ぼやかずにはいられない。いれば、何か変えられたかもしれないからだ。
アーリャは、自分だけではどうにも出来ない現状に、ただもがくのだった。
◇◇◇
小竜は、莉奈の前に来ると"何か"をポテリと置いた。
「……」
もはや「何それ」とも訊きたくない。
小竜が持って来たのは、見た事もない生き物だった。
いや、厳密に言えば"生き物だったモノ"、死骸である。
「……」
小竜は「どう?」と言わんばかりに瞳をキラキラさせて、莉奈を見ているから困る。
それはまるで、親に褒めてもらいたい子供の様で、何だか眩しい。
しかし、小竜の狩って来た獲物は、莉奈が欲しがっていた"ミツツボアリ"とはほど遠い生き物だった。
甲殻類のダンゴムシかグソクムシに似たそれは、もはや虫という可愛いサイズではなく、ドラム缶くらいありそうだ。
その虫の胴体をよく見れば、短い手だか足が何だか分からないモノが、たくさん生えている。
一見、超巨大なダンゴムシに見えなくもないが、ダンゴムシの背中にはこんなカラフルな玉はくっついていない。しかも、1個や2個ではなくギッシリと付いている上に、背中にあるまん丸の玉は、赤青黄色と様々で色鮮やかだ。
イクラみたいな卵の様にも見えるが、大きさ的にも占い師が持つ、丸い水晶玉みたいにも見える。
とりあえず、下の虫の存在を忘れれば、透明なガラス玉か水晶玉かの様でスゴく綺麗だ。
だが、これは生き物の背中に付いているモノ。下の生物を見ると、途端に気持ち悪い。
はたして、この玉は何なのだろうか?
そもそも、"この生き物のモノ"なのか、あるいは誰かに"植え付けられたモノ"なのだろうか? それを考えるとゾッとする。
きっと考えない方がイイ……と莉奈は考えない事にした。
「何だコレ?」
莉奈が無心となっていたその隣で、怪訝そうな声が聞こえる。エギエディルス皇子だ。
莉奈より経験値の高いエギエディルス皇子さえ、分からないらしい。
何だ何だと近付きマジマジ見た後、眉根を寄せていた。
「何でしょうね?」
ローレン補佐官も見た事がないのか、同じ様に唸りつつ見ている。
「ギリッシュピル・バグに似ているが……この背中の玉は……いや卵か?」
フェリクス王ですら知らない生き物なのか、唸っていた。
まぁ、フェリクス王は基本的に強い魔物しか興味がないし、倒した魔物をいちいち覚えてはいなさそうだけど……強かったら覚えていそうだ。
フェリクス王が記憶に残らない=弱い? のかもしれない。
ーー何だか分からないなら、【鑑定】である。
【チュネチロックコシピロ・ローリ・ロール】
チュネチュネチロックコシピロ・ローリ・ロール科の甲殻類。
ブラチュネチロックコシピロ・ローリ・ロールに似ているが、ブラチュネチロックコシピロ・ローリ・ロールとは違い、昼夜問わず活動している。
ブラチュネチロックコシピロ・ローリ・ロールに比べ、チュネチロックコシピロ・ローリ・ロールの生息域はかなり広く、サバサバサチュネチロックコシピロ・ローリ・ロールより巨大化する事が多い。
ギリッシュチュネチロックコシピロ・ローリ・ロールとマビスラブラチュネチロックコシピロ・ローリ・ロールはーー
「……チュネチャロ……コシピロ……ピロピロピロ」
軽い気持ちで【鑑定】して視たら、チュネチャロと字面がわんさかと並んでいる。
通称サスコスと言われるワニも中々の名前だったが、それを遥かに上回るややこしい虫に、莉奈は何だか目が回り始めてきた。
"鑑定も稀に誤る事がある"
以前、フェリクス王がそんな事を言っていた様な気がするが、コレはその状態なのだろうか?
コレが何であるか誰も知らないのだから、正解か不正解か正常か異常かも分からない。
「ぅ……気持ち悪い」
莉奈は【鑑定】を止め、右手で口を押さえる。
莉奈は初めての遠征で、ワクワクと緊張感と入り混じり、テンション高めだった。そのせいで、知らずに頭も疲弊していたのだろう。
それに気付かず【鑑定】魔法を使った莉奈は、とうとう限界突破したらしく、気分が悪くてグールグル。
「リナ!」
エギエディルス皇子の呼ぶ声が、遥か遠くに聞こえる。
だが、莉奈は返事が出来ず、電池切れの人形みたいに、その場にパタリと倒れた。
しかし、硬い地面に当たらなかったのだから、誰かに支えられたみたいである。
「リナ、大丈夫!?」
「あっちの木陰で休ませましょう」
と誰かの声が聞こえたが、莉奈は具合が悪くてそれどころじゃなかった。
エギエディルス皇子はローレン補佐官の言葉を訊き、緑の竜がいた場所に王子スライムをドンと置けば、莉奈を抱えたフェリクス王が、王子スライムの上に寝かせ、莉奈の額にスッと冷たい物がのった。
ローレン補佐官が、水魔法で濡らして絞ったおしぼりを、のせてくれたらしい。気持ち悪さも和らぐくらいに、冷たくて気持ちが良かった。
「少し休んどけ」
フェリクス王がそう言って、莉奈の首に軽く手を充てれば、目眩が少し和らいだ気がするから不思議だ。
どうやら、長旅で疲れていた上に、魔力酔いも起こしていたらしい。
「チュネチャロさん、ありがとう……ございます」
「誰がチュネチャロだ」
莉奈がお礼を言えば、フェリクス王の苦笑する声が聞こえる。
だが、その声が優しくて温かい。どんな状況でどんな場所だとしても、フェリクス王が側にいれば安心だ。莉奈はその言葉に甘え、少しだけ眠る事にしたのであった。




