650 食べましょう!!
莉奈が徐にアーリャの近くに寄り、魔法鞄に手を掛ければ、護衛2人の纏う空気がさらにヒリついた。
莉奈がアーリャに、危害を加える可能性は低いだけで、まだゼロではない。魔法鞄には色んな物が入るから、万が一も考えているのだろう。アーリャが視線で大丈夫だと制しても、莉奈を見る目はあまり変わらないままだ。
「よろしければ、こちらのデザートをお召し上がりになりませんか?」
斬りたければ斬ればイイ。
普段からそれがスタンスの莉奈には、アーリャの護衛達の視線など、どこ吹く風。むしろ、フェリクス王に比べれば、護衛の殺気すら可愛いものだ。
「「デザート?」」
莉奈の言葉に飛び付いたのは、アーリャではなくアーシェスとエギエディルス皇子だった。
エギエディルス皇子なんて、ガタリとイスから立ち上がっている。
「"タンバルエリゼ"があるよ?」
ラング・ド・シャやスポンジケーキなど、今まで作ったお菓子の結晶みたいな楽しいデザート。
楽しみだと喜ぶアーシェスとは違い、エギエディルス皇子の表情は曇った。
「お前、そんな物があるなら、もっと早く言えよ!」
「え?」
「肉食べ過ぎて、腹に入んねぇ」
焼き肉とは限らず、ご自由にと置いてあれば、アレもコレもとつい食べたくなる。
しかも、目の前で人が食べているのを見れば、それも美味しそうに感じてさらに手が伸びた。そんなこんなで、エギエディルス皇子のお腹は現在、許容量ギリギリだ。紅茶くらいがちょうどイイ。
「エドのはちゃんと取っておくから、いつでも食べられるよ」
「なら、明日食う」
自分の分がしっかりあるなら、今は見るだけでイイかと納得した様だ。
莉奈は、アーリャの前にタンバルエリゼを差し出した。
本来のタンバルエリゼに比べれば、ちょっと雑な作りだけど、ラング・ド・シャやスポンジケーキ、ミルクアイスなど美味しいお菓子の集合体で、ワクワクなお菓子。
土台のラング・ド・シャの上にスポンジケーキ。そこに生クリームを塗ってカットした苺。いわば、ラング・ド・シャの上に、小さな苺のショートケーキが載った状態。
これだけでも美味しいのだが、さらにその上に、シュゼル殿下が大好きなミルクアイスが鎮座させてあるのだ。
それを覆う様に糸飴の羽衣を羽織らせたのが、このダンバルエリゼである。
上に乗っている糸飴が陽の光を浴びて、キラキラと光ってスゴく綺麗だ。
「……え、何これ」
「タンバルエリゼですよ?」
想像以上に煌びやかなデザートが出て来て、アーシェスはつい訊き直してしまった。
莉奈の作る料理は、どれもこれもが興味惹かれるモノがある。しかし、このタンバルエリゼは、まるで宝石みたいで綺麗だったのだ。
「スゴい綺麗だけど……どうやって食べるんだ?」
食べ物だよなと、莉奈の料理が初めてのアーリャは、タンバルエリゼを前に戸惑っていた。
莉奈自身も、タンバルエリゼを初めて見た時、どうやって食べたらイイのか分からず、唸ったものだ。
好きに食べればイイのだろうが、綺麗過ぎると何故か崩したくなかったりする。
「スプーンで崩しながら食べてもイイですし、個々を味わいながらでも……まぁ、食べたい様に召し上がるのが一番かと」
「「え?」」
アーシェスとアーリャが、目を丸くさせて莉奈を見た。
だって料理は、食べる人が食べたい様に食べるのが、一番美味しいと思う。
シュゼル皇子が、苺のショートケーキに膝軟骨のからあげを乗せた時は、衝撃だったけど。
アレコレ細かく言われるのも困るが、食べたい様にと言われても困る。初めてのデザートに戸惑い、アーシェスはナイフとフォークを握ったまま固まっていた。
きっと、どこからどう食べようか悩んでいるのだろう。
「数がそんなにないので一皿しか提供出来ませんが、取り分けてどうぞ」
「「え?」」
護衛2人も"毒見"として食べるかなと、莉奈は護衛の前にタンバルエリゼを一つと、取り皿2枚とカトラリーを出した。
アイスクリームは、シュゼル皇子のために常備してあるが、ラング・ド・シャやスポンジケーキなど、作るのが大変な物はたまにしか作らない。
その総合みたいなタンバルエリゼは、数個しか持って来ていなかった。
「「……」」
自分達にもくれると思っていなかったのか、護衛2人は互いに顔を見合わせていた。
置くだけ置いて去る莉奈をチラチラ見たり、顔を見合わせたり皿を見たりと、その挙動は不審である。だが、置いて満足した莉奈は次なる行動に移していた。
「あ、そうだ! アーリャ様、魔物肉の串焼き、あそこにいる兵士達に配って来てもイイですか?」
「え、は?」
タンバルエリゼをどう食べようか、悩ましくしていたアーリャの手が止まった。
唐突過ぎる提案をする莉奈に、アーリャの目は何度となく丸くなる。
フェリクス王の言動もぶっ飛んでいる事もあるが、莉奈の方がさらにぶっ飛んでいた。
先程も言っていた気がするが、魔物肉を食べるとは?
指を差された兵士達は、話の内容まで分からないが、ん? という顔をしていた。自分達の事が話題に上がっているのは、何となく分かった様だ。
「陛下に話を訊いて思ったんですけど、モルテグルには食料はたくさんありますか?」
「……いや」
フェリクス王達が敵ではないとはいえ、そう簡単に国の内情をペラペラ話すのはと躊躇う。しかし、町に入れば分かるのだから、隠しても仕方がない。
アーリャが自嘲していたが、そんな自嘲すら莉奈の言葉ですぐに吹き飛んだ。
「なら、魔物を食べましょう!!」
「「「は?」」」
「だって、美味しい魔物が、あっちこっちにゴロゴロいるんですよ!? 食べなきゃ損じゃないですか!」
莉奈が空を見上げて指を差せば、鳥やマルガイラが飛行している。来た山間方面を指差しすれば、そこにはキラーアントがいるし、通って来た道なき道には、実が成る木が生えていたし動いていた。
この国は、食べ物が豊富だと莉奈は思ったのだ。ならば、食べればイイ。
魔物が美味しいと分かれば、討伐に対するモチベーションも今とは変わるだろう。
「"美味しく食べて、国や町を守ろう!"」
この世界のスローガンは、これに決まりである。莉奈は天高く右手を挙げた。
だが、魔物を食べ物と認識し、豪語しているのは莉奈だけだ。
アーリャ達は返答に困っていたし、フェリクス王兄弟はどこへ行っても変わらない莉奈に、もはや尊敬さえしていた。
「ここまで歩いて来ましたけど、結構な数の食材達が歩いてました。食べましょう!!」
「「「は? 食材が歩いてた?」」」
「食材が歩くって何だ?」
「それに、ゴ、ゴロゴロって……え??」
「「「食べなきゃ損??」」」
「美味しく食べて、魔物を減らす!! コレが一番ですよ」
「「「……」」」
何が一番だ? とアーリャや護衛2人が思ったのは、言うまでもなかった。




