649 会いたい
あんな適当な性格でも竜は竜なのか、緑の竜はもう遥か彼方に小さく見えていた。やはり、竜は速い速い。
しかし、あの竜が真面目に行ったとして、往復となるとそれなりに時間が掛かりそうだ。
……という事で、シュゼル皇子を呼んで来るまでの間、しばしの休憩である。
もちろん、待つ場所はここだ。
アーリャの住む屋敷に移動してもイイが、シュゼル皇子が来た時に目立つ場所がイイ。それに、ただでさえ、竜が現れた事でザワついているのに、町にまで竜が飛来すれば、大騒ぎになる事間違いなし。
現にモルテグル兵は、フェリクス王が助けに来たと、勘違いしていた。市民なら余計に勘違いするに違いない。
片付けの終わった莉奈と、エギエディルス皇子も席に着く。
莉奈の向かいに座ったエギエディルス皇子は、いそいそとフルーツティーを作り始めている。莉奈はただ、それを見ているだけで何だかホッコリしていた。
アーシェスとアーリャ兄妹は、フェリクス王が言った先程の言葉が引っかかる様子だったが、揃って今は訊かない事にしたらしい。
シュゼル皇子が来たら、どの道またイチから説明する。ならば、その時でイイと考えたのだろう。
しかし、竜がいなくなると途端に、辺りは閑散とする。
だからと言って、魔物に来て欲しい訳じゃないが、静かなものだった。風の音が余計に、もの寂しさを感じさせる程に。
アーリャの護衛2人は、シュゼル皇子が来るまでの間、席に着く様にとアーリャが促せば、躊躇いを見せつつ席に着いていた。
立っているのと座っているのとでは、初動が違うからだろう。
護衛2人は、アーシェスとアーリャの隣に1人ずつ分かれて座ると、剣は膝の上に置き、初動態勢をしっかり取れる様にしている。
武器を所持した者同士の対談は、意外にヒリつく。
側から見たら、先程会ったジンとレイの様に、ピリッとした雰囲気や緊張感が漂っている事だろう。
ましてや一般人なら、足が震えてしまってもおかしくない。
だが、ローレン補佐官は元より武官なので慣れているのか、涼しい顔をしていた。莉奈は莉奈で、強靭かつ極太の精神メンタルを持っているので、普段とあまり変わりはない。
アーリャの護衛2人だけが、何となく警戒しているくらいだった。
「果実の種類が豊富だな」
アーリャはアーシェスが近くにいる事で、さらに緊張感が和らぐのか、一息吐く気分になった様だ。
目の前にあるフルーツのハチミツ漬けやお菓子が気になり、アーシェスに訊いていた。
「アーシェスは普段から、こういうのを飲んでいるのか?」
「コレは初めてよ。リナが作る料理は特別なの」
「リナ……あぁ、彼女か」
そう言ってこちらをチラッと見たので、莉奈は軽く会釈した。
本来なら、立って頭を下げるべきな気がするが、わざわざ立つのも気を遣わせるかなと思ったのだ。
アーリャ自身もそんな事を望んでいないのか、特に怒る風もなく何も言って来なかった。
「この甘い匂いのは?」
「確か、ラング・ド・シャとメレンゲクッキーよ」
「お菓子か?」
「そうね」
「何で出来ているんだ?」
「何だったかしらねぇ」
緊張が解れれば、もはや質問責めである。
知らない物や事が多くて、まるで子供の様にアレコレ訊いていた。アーリャは久々に会った兄の存在が嬉しくて、堪らない感じが莉奈にも伝わって来る。積もる話も色々とあるだろう。
そんな2人を見ていた莉奈も、遠く懐かしい弟を思い出していた。
弟とは8歳も年が離れていたせいか、ケンカというケンカをした記憶はない。両親が共働きというのもあり、莉奈が母の代わりに世話をする機会も多かった……という理由もあるかもしれない。
目の前に座るエギエディルス皇子を通して、莉奈は懐かしんでいた。
家では季節ごとに変わる果物を、ハチミツ漬けやジャムにして、紅茶に入れたりパンにのせたり楽しんでいた。
エギエディルス皇子が飲む、桃のハチミツ漬け入り紅茶は、弟も大好きだった物。毎年莉奈が作れば、弟は紅茶に入れたり炭酸水で割ったり、両親はお酒に加えたりして、毎日の様に楽しんでくれた。
皆を見ていると、あの楽しかった光景が、ついこの間の様に蘇る。
……だけど、もういないのだと思うと、胸が痛くて目が霞む。
莉奈は思わず潤んだ目を乱暴に擦り、席を立つ。
何かしていないと、懐かしさと寂しさで泣きそうだ。
莉奈が立つと同時に、アーリャの護衛2人が、膝の上にある剣に意識を向けた。莉奈が何もしない保証はどこにもないからだろう。
だが、その緊張感すら、今の莉奈にはありがたい。莉奈の寂しさが、緊張感で払拭される様だった。




