648 余計な一言
「穴はイイから、シュゼルを呼んで来い」
ここで地面を掘っても、何の役にも立たない。
フェリクス王は、何だかまだポヤンとしている緑の竜に、シュゼル皇子を呼んで来いと指示を出す。
「シュゼル?」
シュゼルとはもちろん、現在王宮で、お留守番中のフェリクス王の弟の事だ。
しかし、野竜である緑の竜にはあまりピンと来ないのか、小首を傾げている。
「白いのの番だよ」
エギエディルス皇子が、仕方ないなと教えれば、緑の竜は分かったのかピキンと瞬いた。
「あぁ! あの"優しい悪魔"!!」
「「「……は?」」」
ヴァルタール皇国の皇子に、なんてあだ名を付けているんだこの竜は……。
莉奈はもちろん、ローレン補佐官やアーシェスも驚愕した後、何とも言えない表情になっていた。シュゼル皇子がこの場にいる訳ではないが、決してそうですねとは言えない。
ひょっとしなくてもこの竜は、シュゼル皇子の"悪魔"的な部分を垣間見たのでは? と莉奈は思う。でなければ、見た目はまるで、女神様の様なシュゼル皇子を"悪魔"と例える者は、人や竜にはいない。
まぁ……何にせよ、人には竜と違って名前があるのだから、そちらで呼んで欲しい。ヴァルタール皇国の平和のために……。
……無理だろうけど。
莉奈なんて、未だに"竜喰らい"とか呼ばれているし、シュゼル皇子なんか番である真珠姫にでさえ、"優雅なアホ"と言われている。こうなると、莉奈が普通に呼ばれる方が奇跡だ。
フェリクス王だけは、言い得て妙とでも思ったのか、クツクツと肩を震わせていた。
「そうだ。その"悪魔"を呼んで来い」
再び命令された緑の竜は、一瞬エェッと面倒くさそうな表情をした。
竜にはあっという間な距離とはいえ、ここからヴァルタール皇国の王宮まで小1時間は掛かるだろう。緑の竜は、行きたくないらしい。
だが、フェリクス王にひと睨みされ、行かないという選択肢がないと察し、すぐに諦めた様だった。
「分かっぱよ、分かっぱぁ」
緑の竜は適当でやる気のない返事をすると、軽やかに地をトンと蹴り、空に飛んで行った。
西に向かったところを見ると、やる気はなくとも、ちゃんとヴァルタール皇国へと行ってくれたらしい。後は寄り道をしない事を祈るのみだ。
しかし、何あの"分かっぱ"って。
あの竜と話をしていると、冗談抜きで気が抜ける。
皆もそれは同じなのか、気を張っているハズのアーリャの護衛さえも、自然と頬が緩んでしまっていた。
だが、そんな緩い時間は秒で終わったけど……。
なにせ、あの緑の竜は飛び立つ瞬間、余計な一言を残して去ったからである。
「"アクトラントーテ"は怖〜い」と。
"アクトラントーテ"?
莉奈は何の事だか分からず、首を傾げた。
"怖い"と言うのだから、フェリクス王を指した言葉で間違いない。
しかし、アチラの世界でもコチラの世界でも、聞いた事のない言葉だった。
「何だろう? "アクトラ何とか"って」
フェリクス王が怖いと言うのは分かるが、アクトラントーテの意味が分からない。
誰に訊く訳でもなく莉奈は唸っていれば、ローレン補佐官が表情が抜けた顔でポソリと教えてくれた。
「神話に出て来る"死"と"冥府"を司る神の名前ですよ」
「……へぇ?」
パンドラの箱同様でコチラの世界にも、民話やギリシャ神話みたいな説話が、色々とあるらしい。
その神話に出て来る神様の1人に、"死"と"冥府"を司る神"アクトラントーテ"がいるそうだ。
だけど、どう考えてもその神話は、人に伝わっている説話だと思う。だから、あの竜はきっと、どこかしらから耳にして覚えていたと推測する。
ボケボケした竜の意外な知識に、莉奈は感心していたが、ローレン補佐官達は頬が引き攣っていた。
それもそうだ。あの竜は、事もあろうかヴァルタール皇国の国王様を、"死"と"冥府"を司る神と例えたのだから。
確かに、フェリクス王は人や竜にも容赦がないので、誰もが畏怖の念を抱く存在だ。でも、それは本人に聞こえない様に言うか、心に留めておくべきでは? と皆はそう思っていたが、ここには似た者が1人いた。
「ははっ、例えが秀逸過ぎる」
ーーパシン。
感心した莉奈の頭に、気配なく近付いたフェリクス王の平手が、落ちて来たのは言うまでもなかった。




