646 グルテニア王国の若き王の行方
「7年前、お前が国を出てからしばらくして……グラナーダの東にあるモルガと西のバイツで魔物暴走が起きたんだ」
「モルガとバイツで……」
アーシェスのグラスを持つ手が止まった。
グラナーダとはグルテニア王国の首都である。そのグラナーダを挟む様に、両サイドで魔物暴走が同時期に発生したらしい。
それはまるで、隣国2つから同時に攻められる様なもの。ヤバいなんてレベルではない。他国の情勢に詳しくない莉奈ですら、フェリクス王みたいな人がいなければ、終わりだなと思う。
「東のモルガにはホルン王が、西のバイツには大叔父上が兵を率いて行ったのだが……」
アーリャが心痛の面持ちになり言葉を切ると、アーシェスが息を飲む。
「大叔父は帰還したものの、ホルン王は未だ行方知れずだ」
「……行方知れず……フェリクスには聞いていたけど、やっぱり本当だったのね」
アーシェスは、唇を噛み嘆いていた。
冒険者が集う武器屋の店員であるアーシェスは、真実や嘘も含め、色々と耳に入って来る。
その噂には、グルテニア王国の話もあった。
王族同士が揉めているとか、入国が厳しくなったとか、魔物暴走が起きたらしいとか……。
話をしていた者も、現地で見聞きした訳ではなく、噂の又聞きみたいなモノも多い。しかも、この程度の噂はどの国でもある上に、人を介すれば誇張もあれば尾鰭すら付くので、真偽は不明。
自身で確認しようにも、この頃のヴァルタール皇国も不安定な状況であり、アーシェスも武器屋に雇われている以上、下手に目立った動きをすれば店に迷惑が掛かる。
なので、アーシェスが出来る事といえば、精々納品に行く冒険者ギルドや、店の客に話を訊く程度だった。
フェリクス王やシュゼル皇子に頼りたいところだが、フェリクス王は皇帝と折り合いが悪く、王城にいる事も稀な上に連絡が取れない。
シュゼル皇子にしても、ただの人となっているアーシェスが、気軽に謁見出来る訳がなかった。
日々悶々と過ごしていれば、ヴァルタール皇国の皇帝まで崩御し、さらには魔物暴走が発生したりと、グルテニア王家以上に混沌と……。
アーシェスがグルテニアに向かおうにも、元より厳しい出入国や町への入管などが、さらに厳しいものとなってしまった。
こうなると、グルテニア王国の情報は全くと言っていい程入って来ず、耳にするのはもっぱらヴァルタール皇国の事だ。
そんな状態がしばらく続いた後、やっと知り得た情報は、"グルテニア王家が揉めている"らしい……である。
揉めていると一概に言っても、小さな事から大きな事まで幅広い。
大体、表に知られていないだけで、揉めていない王家など皆無だ。小さな事を含めたら、大抵は何かしらで揉めている。そんな漠然とした情報など、あってない様なものだった。
やっとフェリクス王と謁見し訊けば、伯父でありグルテニア王国の王ホルンは行方知れず。さらには、先王の実弟である大叔父が王座に就いたと言う。
しかも、一時的な仮の王ではなく王だというから驚きである。
グルテニア王国もヴァルタール皇国同様で、余程の事でもない限り直系長子が継いでいく。
なので、先王に子や孫が増えれば、大叔父にあたる王弟の継承権はかなり下になる。
アーシェスの記憶が確かなら、ホルン王には娘が2人いた。長女は既に降嫁し継承権はないが、次女が無事なら次期王は彼女。
だが、彼女は15歳とまだ若い。
……となれば、通例通り彼女が成人するまで、大叔父かアーリャが摂政または仮王となり、国を支えていく事になったハズ。
なのに、何故か大叔父が彼女やアーリャを押し退け、王になったと聞く。
妹アーリャはそれを容認しただろうか?
アーシェスがモヤモヤした日を過ごす中、さらに耳を疑う情報が入って来たのだ。
妹アーリャがグルテニア王国から"分国"し、ウクスナ公国を建国した……と。
もはや、アーシェスには訳が分からなかった。
◇◇◇
フェリクス王達の話を聞いていて、莉奈は難しい話になって来たなと思う。
ランデル達ではないが、莉奈も聞かない方がイイ気がする。
何故なら、中途半端に聞いてしまうと気になるからだ。
ならば、初めから聞かないに越した事はない。
なので、片付けが終わったら、緑の竜の所で一緒に寛いでいようかなと考えていた。
……のだが、1つだけどうしても気になったので、エギエディルス皇子にコッソリと訊いてみた。
「王族が魔物暴走を鎮圧させに行くのって普通なの?」
フェリクス王といい、何故王族が行くのだろうか?
莉奈の想像する王族とは、護られるべき存在……なのに、王族自ら率先して、そんな場所に行くのが不思議でならなかった。
大体、薄っすらだが話を聞く限り、当時ホルン王は、即位して間もない感じだ。そんな時期なら尚更、そんな危険な場所には行かなそうだけど……行ったというのだから、この世界はそれは普通なのだろうか?
「普通じゃねぇよ」
隣でテーブルを拭いていたエギエディルス皇子が、本来なら行かないと教えてくれた。
やはり普通ではないらしい。
……となると、今度は何故行ったのかが気になる。
一つの疑問が解消されても、その答えに対する疑問が増えてしまう。やはり、訊かない方がイイなと莉奈は思った。
「行かざるを得なかったんだ」
そんな莉奈の葛藤を知ってか知らずか、アーリャがポソリと言った。
「国の要であるグラナーダに、魔物が迫って来るかもしれない。なのに、王族が暢気に高見の見物などしていたら、もはや国が成り立たなくなるからな」
それもそうだ。
国家が揺らぐくらいの事態なのに、王族は安全な場所にいて「さぁお前ら、頑張って来い」と言われても、兵や市民の士気はダダ下がりだ。
むしろ、ここはお前の国なんだから、先陣を切れと言われるに違いない。
それこそ、新王が強い王だとアピールさせる場だ。決して弱腰を見せる訳にはいかないだろう。
「で、魔物暴走は治まったのかよ?」
「そんな事より、ホルン王でしょう!?」
身内の安否が気になるアーシェスから、抗議の声が上がっていたが、フェリクス王に睨まれていた。
それもそうだろう。アーシェス自身が確認しに行かなかったのに、フェリクス王にどうこう言うなんて、お前はどの立場で物を言うんだ……という話だ。
大体、フェリクス王に言わせれば、ホルン王の安否より、魔物暴走の是非である。
ホルン王の生死は、ヴァルタール皇国に大した影響はない。しかし、魔物暴走となれば、途端に話は別だ。
抑制しているだけで治まっていないのであれば、グルテニア王国はいずれ疲弊し滅亡するかもしれない。そこまでの事態にならないにしても、不安になっているグルテニア人が、ヴァルタール皇国にドッと押し寄せて来る可能性がある。
やっと落ち着き始めたヴァルタール皇国には、迷惑な話極まりない。
なにせ数ヶ月程前、ヴァルタール皇国の南西にあるバレントア王国の町の1つ、ハイラーツが魔物に襲われたばかり。
その影響で、ヴァルタール皇国とバレントア王国の国境の町は、今や難民で溢れかえっているのに、反対側のウクスナ公国からも流れて来るとなれば、対応に追われる。
アーシェス達には悪いが、グルテニア王家の揉め事などどうでもイイから、魔物も人もこちらに寄越すな……だ。
……とはいえ、そんな不安定な国に挟まれていながら、今のヴァルタール皇国はビクともしないのだから、フェリクス王達の統治力のスゴさが分かる。
莉奈は召喚されたのが、現ヴァルタール皇国で良かったとしみじみ思った。(いや、そもそも召喚はダメだけど)
「魔物暴走は治まったよ」
アーシェスは抗議していたが、アーリャはフェリクス王の言葉を、気にもしていなかった。
何故なら、自分も他国の王より、自国の心配をするだろう。それが当たり前なのだ。
「両方か?」
「あぁ」
時間は掛かったが治まったと、アーリャは言っていた。
きっと、国が総力を上げて対処したおかげだろう。ヴァルタール皇国なら、竜が……と莉奈が考えたところで、フと思い出す。
莉奈がこの世界に召喚されて間もない日、ヴァルタール皇国でも魔物暴走が起きていなかったか? と。
莉奈の記憶が確かなら……フェリクス王が単身、片付けに行っていた様な気がする。
そう、魔物暴走を1人で。
改めて感じたフェリクス王の途轍もない強さに、莉奈は何だか身体がブルリと震えた。
そんな莉奈をよそに、話は続く。
「何故、こんな事に……」
アーシェスがそう問おうとした時、フェリクス王が衝撃的な質問をした。
「その魔物暴走は本当に発生していたのか?」と。
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聖女じゃなかったので、王宮でのんびりご飯を作ることにしました
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