644 驚愕の事実
「あの竜は誰かの番なのか?」
「いえ、野良みたいですよ?」
竜が気になるアーリャが、誰ともなく訊ねていたので、莉奈が答えた。
歯に、変色したミルクワームを挟んで登場して来た時には、背中がゾクッとしたが、寝ている姿は何とも言えない。
「何故、ずっとあそこにいるんだ?」
アーリャはフェリクス王より、竜の方が気になって仕方がないらしく、色々訊きたい様だった。
そもそも、基本的に竜は人里にあまり寄って来ないし、人から見える場所で寛いだりしない。ヴァルタール皇国でさえそうなのだから、他国であるウクスナ公国なら尚更だ。
なのに、来るだけでなく寝るだなんて、超が付く程に珍しい光景だった。
莉奈ですら、何故あんな場所で寝ているのか分からない。
皆が答えを知りたくてフェリクス王を見れば、「知らねぇ」と素っ気ない答えが返って来た。
王竜達がどこかに行ったというのに、あの緑色の竜だけは暢気に昼寝である。
何か理由があるのかと莉奈は思ったが、歯にモノが挟まっていても気にしない竜だ。きっと眠いから寝ている……だけな気がする。
「とりあえず、新しいテーブルをそちらに置きましたので、陛下達はそちらに」
焼き肉パーティーをしたテーブルは、焼き台がそのままだし、油が跳ねてギトギトだ。その状態で談話をさせるのは、何だか気が引ける。
どうせなら皆が話をしている間に、片付けたいなと思った莉奈は、アーリャ達用に用意したテーブルの隣に、新たなテーブルを魔法鞄から取り出し横付けし、イスも設置した。
アーリャの前にはアーシェスが、新しく出したテーブルには、フェリクス王とエギエディルス皇子が並んで座り、ローレン補佐官が向かいに座る。
皆が着席したのを確認した莉奈は、飲み物を勧めた。
「水、レモン水、紅茶、何かお飲みになりたい物はございますか?」
紅茶はレモンやミルクはもちろん、様々な果物を使ったフルーツティーを用意してある。莉奈は説明しながら、手際よく準備していた。
「桃の紅茶はあるか?」
とはエギエディルス皇子だ。
フルーツティーが飲みたい様である。
「リンゴとかマンゴーもあるよ?」
「桃がイイ」
スライスして乾燥させた果物と、紅茶の葉を混ぜたフレーバードティーも用意してあるが、今回はフレッシュな果物をそのまま贅沢に使用した物を出す。
生の方が、果物の甘みや香りが楽しめるし、果物本来の苦みや酸味などもあって、自然で風味豊かな味わいだ。
ちなみに飲み物はそれぞれ、冷たいのと温かいのを用意してある。
「ジャムか?」
莉奈がテーブルの中央に、瓶詰めを並べていれば、エギエディルス皇子が一つ手に取っていた。
それはもちろん、エギエディルス皇子が飲みたいと言っていた、桃の瓶詰めだ。
「ハチミツ漬け。ジャムのフレーバーティーは飲んだ事あるでしょう?」
「ある!」
「そのハチミツ版だよ。ハチミツ漬けにしてある果物を、好きなだけグラスによそって、アイスかホットの紅茶で割って飲んで」
桃やリンゴ、マンゴーやパインアップルなど、カットした果物をハチミツ漬けにして、瓶詰めにしてある。
好きな果物や甘さは人それぞれ、自分好みの量だけでなく、色々と果物を混ぜてもイイ。自分に合ったフルーツティーを作るのも、楽しいだろう。
テーブルの上に瓶詰めがズラッと並ぶと、陽の光も相まってキラキラと輝いて見えた。
「グラスやティーカップもご用意致しましたから、各自お好きな果物を選んで、自分好みのフレーバーティーをお作り下さいませ」
莉奈は一通り説明を終えると、お皿に盛ったラング・ド・シャとメレンゲクッキーをお茶請けとして置き、焼き肉パーティの片付けに向かった。
そのまま魔法鞄にしまうのもアリだが、後の手間を考えたら、簡単に拭いておいた方がイイなと考えたのだ。
「手伝う」
それを見ていたエギエディルス皇子が、桃の瓶詰めをテーブルに戻し、莉奈の元へやって来た。
10人近くで食事した後片付けだ。莉奈1人では大変だと思ったのだろう。
「え、向こうにいてイイんだよ?」
エギエディルス皇子は弟みたいだけど、皇子様である。
片付けなんてさせる訳にはいかないと、お礼を言いつつ席に着く様、促した。
「イイから、やらせろ」
そう言ってエギエディルス皇子は、莉奈から強引に台拭きを取り上げるものだから、思わず笑みが溢れた。
その強引さが、ツンデレみたいでカッコ可愛い。
「ありがとう」
エギエディルス皇子の厚意を、無駄にしたくないので、莉奈は素直に手伝ってもらう事にする。
片付けをし始めすぐエギエディルス皇子は、【浄化魔法】を使おうとしたみたいだったが、何でも魔法に頼るのは良くないと思い直した様で、せっせとテーブルを拭いていた。
そんな真面目なところも、エギエディルス皇子らしくて、莉奈はクスリと笑う。
その様子を見て、手伝いに混ざろうと腰を上げていたローレン補佐官は、座り直していた。何だか、2人の仲睦まじい光景が微笑ましくて、割って入るのは悪いかなと思ったのだ。
フェリクス王は、仲良く片付けをする莉奈達をチラ見した後、ピッチャーに入っている冷たいストレートティーを、グラスに注いでいた。
やはり、ハチミツ漬けの入った瓶詰めは、まったく見向きもしない。
ラング・ド・シャやメレンゲクッキーなど、もはや視界にも入っていなさそうである。
「マンゴーか桃か悩むわね」
「いや、そもそもアイスかホットかでも悩ましい」
アーシェスとローレン補佐官は、ズラリと並んだ瓶詰めを前に唸る。
あまりにも選択肢があり過ぎると、意外とすんなり決まらない。しかし、悩むのもまた、楽しみの一つだろう。
「アーリャは桃が好きだったわよね。桃がイイんじゃない?」
アーリャは基本、いつも誰かがやってくれる立場である。
お好きにと言われる事はないので、悩ましいらしい。その様子を見て察したアーシェスが、桃を勧めている。
「私の好きな果物を覚えていたんだな」
アーシェスが国を出てから随分と経つ。
アーリャの好みが何かだなんて、とっくに忘れていたと思っていた。なのに、普通に言うものだから、アーリャは嬉しさや驚きで複雑な気分だ。
「それくらいは覚えているわ。私は国を出てしまったけど、あなたの兄妹までやめたつもりはないのよ」
桃の瓶詰めをアーリャの前に置いて、微苦笑するアーシェス。
妹の好みまで忘れる程、薄情ではないと笑っていた。
……き ょ う だ い ?
兄妹?
今、兄妹と言っていた??
その会話が聞こえた莉奈は、アーシェスの言葉を頭の中で反芻すると、今度は驚愕の事実に時が止まる。
「"兄妹ーーっ"!?」
驚き過ぎてあやうく、片付けていた皿を落とすところであった。




