620 魔物より怖い存在
ウクスナ公国の近衛兵であるジンとレイが、次はお前らが名乗る番だとばかりに、フェリクス王を見た。
そもそも、これでフェリクス王が名乗ったとして、名前だけで身元など分かる訳もないし、偽名を名乗る可能性すらある。
だが、情報は必要だと判断したのだ。
返答を待ちながら2人は、莉奈達を観察していた。
この大所帯が全員、冒険者という訳ではなさそうだ。
莉奈の近くにいる男女3人組は、見た目や装備からして冒険者で、この3人はワンチームかなと想定する。
ならば、残りの5人は別のパーティだと考えられた。
リーダーは確実に、このやたら威圧感がある超絶イケメンだ。皆がお伺いを立てている雰囲気もあるから、間違いないだろう。
そして、眼鏡を掛けたふんわりした男は、彼の付き人か補佐役。幼い子供は、このパーティメンバーの誰かの身内だと想像する。
奇抜な服装の彼は、彼らの依頼主なのか、繋がりがイマイチよく分からない。しかも、やたら自分達の知り合いに似ていて、何やら変な感じだ。
……さて、一番の謎はこの少女である。
少年と仲が良い感じだが、姉弟ではなさそうだ。
外見は普通に可愛らしい少女。しかし、先程から魔馬を見る目が、異様にキラキラしていて不気味。
そして、魔物を狩りそれを食らおうとする、ぶっとんだ思考の持ち主なのだから、危険人物で間違いないだろう。
ジンとレイ2人が、莉奈達に抱いた認識はそんなところであった。
はたして、彼ら達が何者なのか、どう答えるのかをジッと待っていたのだが、フェリクス王は面白そうに口端を上げるばかりだ。
「フェリクス」
何も答えずただ見ているだけでは、ジンとレイを苛立たせるだけである。
アーシェスが、フェリクス王を咎める様に言った。
「そのうち、嫌でも分かるだろ」
「あのねぇ」
確かに、ウクスナ公国の近衛兵なら、いずれは知るかもしれない。
だからなのか、フェリクス王は名乗るつもりはなさそうだ。
まぁ、自ら魔王を名乗るのも可笑しな話だし、正直に言ったところで信じてもらえるとも思えない。
フェリクス王が名乗らないのだから、莉奈達は黙っていた。
ジンとレイは、フェリクス王の対応にかなり不服そうだが、言及しない事にした。
ここで揉めてもイイ事はないと、判断したみたいである。
まぁ、イイとため息を吐いた後、話を続けた。
「モルテグルに向かうつもりなら、やめた方がイイ」
「どうしても用があるなら、迂回する事を勧める」
ジンとレイは、何故か山間を抜けて行く近道ではなく、迂回路を勧めてきた。
莉奈は何故だろうと思っていたが、フェリクス王は一瞬目を眇め、すぐに理由が分かった様な表情をしている。
「んな面倒くさい事するかよ」
代わりに答えたのは、エギエディルス皇子だった。
「迂回ってあの山をだろ? 何日掛かると思ってんだよ」
小さな山だとしても、迂回すれば数日は掛かるだろう。
ましてや、目的は魔物を狩る事でも採取でもない以上、食料や体力の心配はなくとも、精神的に疲弊するし飽きてくる。
エギエディルス皇子だけでなく、その提案には否定的だった。
だが、ジンとレイは首を横に振る。
「しかし、あの山には"キラーアント"がいる」
「面倒だが、命の方が大事だろう?」
死にたくなければ、迂回しろとなお勧めてきた。
やはり、噂通りに殺人蟻こと"キラーアント"が棲息しているらしい。
確かに、普通の冒険者や旅人だったら、危険を承知で向かわないだろう。
でも、ここには世界最強の魔王フェリクスがいる。恐れる必要性がないのだ。なので、誰も迂回という選択肢などない。
「そのキラーアントは見た事があるんですか?」
もちろん、莉奈もそうなので頭の片隅にすら浮かばなかった。
むしろ、噂通りにキラーアントがいると知り、ワクワクする。
「え? ああ」
「だから、危険だとーー」
「その中に"蜜壺蟻"はいました?」
「「は?」」
「腹部に蜜を貯めている蟻は、見た事があります?」
「「……」」
改めて危険性を教えるつもりが、逆に頬を引き攣らせる事態となる。
ジンとレイの頭には、次々と疑問が浮かぶ。
まず、"蜜壺蟻"とは何だ?
腹部に蜜を貯める蟻とは?
そもそも、それを知ってどうするつもりなのか?
答えを待つ莉奈を見て、ゾッとする。
この少女……キラーアントを狩るつもりだと。
そんな莉奈のキラッキラした、瞳を見たジンとレイの口からは2度と、迂回しろという言葉が出る事はなかった。




