615 逃げ出すのは人も魔物も同じ
「「「……」」」
フェリクス王以外、唖然である。
まさか、フェリクス王の威圧で硬直したウルッシュバードを、討伐しようと莉奈が考えていたなんて、想像すらしていなかったのだ。
フェリクス王も、蹴散らせばそれでイイだろうと考えていた。
なので、後はあのまま放っておこうと考えていた……がキラッキラした瞳を莉奈に向けられ、出た言葉は「行って来い」である。
唖然としている皆の耳に、遠くの方から奇声が聴こえてきた。
グエェェーーッ!!
何がと訊くまでもない、ウルッシュバードだ。
キラッキラの瞳を向けて突進して来る莉奈に、ウルッシュバードは恐怖を感じたのか、エギエディルス皇子も聴いた事がない様な、鳴き声を上げ、右へ左へと逃げ惑っている。
そんな魔物の鳴き声を聴いたのは、何度目だろうか。
「何故かしら? ウルッシュバードを応援したくなるんだけど」
普通だったら、莉奈のケガの心配をするのだろうが、ウルッシュバードの鳴き声が嘆きに聴こえ、アーシェスは何だか可哀想になってきた。
頑張れー、捕まるなーと応援したくなる。
「ですね。あれ? ウルッシュバードって、あんなに足が速かったですかね?」
とはローレンである。
ウルッシュバードは鈍足とは言わないが、そこまで足が速いイメージがなかった。だが、今はものスゴい速さで足を動かしている。
まさに、読んで字が如く"死ぬ気"で走っているのだろう。
その後ろでは、ランデル達がなんとも言えない表情をしていた。
「ヤツらも、飛ぶのが苦手だとしても飛べばイイのに」
さすがの莉奈も空は飛べない。
そう口にしたのはハービスだ。
「自分が飛べるって事を、忘れてんじゃないか?」
迫り来る恐怖に、思考がすべて吹き飛ぶ事はよくある話だ。
それが魔物でもあるかは謎だけど、と言ったのはランデルである。
「鳥の魔物が、空を飛ぶのを忘れる程の恐怖って……何?」
そんな事ある?
と目の当たりにしながら、首を捻りたくなるマリサ。
「「「……」」」
しかし、ランデル達は自分達で言っていて、今の状況がオカシイ事だと分かったらしく、それっきり無言となっていた。
魔物が人に与えてくる恐怖はあっても、人が魔物に与える恐怖は普通はない……ハズ。しかし、今、目の前で起きているのは、魔物が莉奈から逃げ惑う姿である。もはや、この状況に無言になるしかない。
ランデル達は唖然としていたが、今一番驚愕しているのは、その渦中にいた者達であろう。
ヴィースラ大草原を魔馬に乗って走っていたら、前方からものスゴい数のウルッシュバードが襲って来たのだ。
いくら蹴散らそうがその数は多く、キリがないと体力が削られていた中、強烈な風圧とビリビリと肌で感じる異様な威圧感。
その圧に、ウルッシュバードや自分達も竦み上がっていれば、どこからともなく瞳をキラッキラさせた美少女が、こちらに猛突進して来るではないか。
ギャァと叫びたかったのは、ウルッシュバードだけではない。
ーーその異様な光景は、たとえ人であっても"恐怖"だった。
魔物しかいないハズの大草原に少女が現れるなんて、一体誰が思うのか。
仮にいたとしても、旅の仲間とはぐれ怯えた少女くらいだろう。
だが、向かって来るのは、何故か瞳をキラッキラさせた少女。
何故、どうして、こんな場所に? と次々と頭に浮かぶ中、一番気になるのは……何故、そんなに瞳を輝かせているのだ? という事。
そんな瞳を魔物に向ける者を、旅人達はこれまで見た事がなかった。
百歩譲って、素材に価値のある魔物に出遭った場合はあるかもしれない。しかし、ウルッシュバードにそこまでの価値はない。
まさか自分達? いやいやまさかなと、旅人達はますます混乱するばかりである。
ーーそんな旅人達の心中など知る由もなく、莉奈は着実に近付いていた。
竦み上がっていたウルッシュバードは、本能で生命の危機を感じ、旅人達も聴いた事のない鳴き声を上げ、蜘蛛の子を散らす様に逃げ去っていた。
「あ、ちょっと待ってーーっ!!」
と莉奈が言ったところで、泥棒が止まらない様に、ウルッシュバードも止まる訳がなかった。




